十分遅れとるよ
滝川とクノイチはその足で古道具屋に向かった。道中、滝川は首を傾げた。クノイチの体の傷、それに赤い彗星号がところどころ凹んだり傷ついているのだ。車輪が回転するたびにガラガラと奇妙な音まで立てている。ここまでボロかったかな、と思う。
――成川め。クノイチをイジメやがったうえに赤い彗星号にまで……おのれ。正拳突きでもかましておけばよかったぜい。できないけど。ってありゃ、あたしはこんな凶暴な女子だったかしらん。
なにはともあれ古道具屋にゴールイン。古道具屋の名前は『近堂』だった。
古い商店街の中の一角に店を構えていて、様々な商品が所狭しと並んでいた。テレビからエアコン、冷蔵庫などの電化製品から巨大な招き猫やウクレレ、百科事典、たんす、卓袱台、カツラ、竹刀、兜、藁人形……ぱっと目に付いたものを挙げてみるがキリがないのでやめる。まあ、ゴミ屋敷と僅差、といった佇まいである。その混沌とした空間の中で、主らしきおばあさんは丸椅子に座り、ノートパソコンの画面を眺めてマウスをかちかちしていた。意外とデジタル通なおばあさんなのかもしれない。
滝川が「買い取りなんですけど」と言うと、おばあさんは顔をLEDばりに明るくして「いらっさーいらっさー」と奇怪な挨拶を寄こしてきた。
「……これなんですけど」
滝川はおばあさんに腕時計を差し出す。おばあさんは老眼鏡をくいくいと指で持ち上げ位置を調整、腕時計を受け取り鑑定を開始、した直後、鑑定は終了した。
「千五百円だーね」
店主のおばあさんはあっさりと言った。
「えぇ!? おばあちゃんっ、そりゃいくらなんでも安すぎだよっ! ロレックスだよ!?」
「ロリックス?」
「そんな幼女好きみたいな名前じゃねえ!」
「本来は二千五百円で買い取るところなんじゃがねー」本来的な買取値がそもそも安い。「これを見てみぃ」
「どれ?」
おばあさんはずずいと腕時計を滝川の眼球のまん前に近寄せる。ふーむ、きれいな時計である。どこにも欠点は見当たらないように見える。
「十分遅れとるよ」
「……」
十分遅れてるから千円引かれたらしい。――意味わからん。なんてこったい。
しかし、滝川はその値段で納得していた。実はそんなに価値があるものだとは思っていなかった。持っていても虚しいだけの代物だ。大体、見る人や見る場所、見る大人が変われば、価値なんてころころ変わってしまうんだ。
うん、そう。
いくらでも、変わっちまうんだ。変わっていけるんだ。
さて、あたしはどんな大人になろうか。とりあえずクリステル級のすげー大人になってやる。
いつかクノイチに、大人になる方法を教えないとね。
滝川はおばあさんから千五百円を受け取る。