ジジイ、今日の朝ごはんがカップ麺だったんだけど
――おはー、あたす。
地方在住の祖母風一人称を用いて朝のご挨拶をしてみた。
六月二十六日、日曜日、午前八時。滝川はベッドの上からメモリー不足のPCのように起動した。ねみー。
ゾンビのようによろよろ移動してドアを開ける。今日のごはんはナニかなーと、廊下の床を見て、滝川はぎょっとした。カップ麺が置いてあるだけだった。盆にも載っておらず、床に直置きである。
――ついにここまで手抜きするようになったのか……。
斬新過ぎる食事に驚愕と落胆と憤りを感じつつ、滝川は部屋の中で麺を啜る。窓から朝日が差し込み、波の音が聞こえてくる。朝ごはんはともかく、海の朝は良いね。うん。
カップ麺を食べ終えた滝川は、昨日と同じく財布携帯腕時計セットを装備。昨日は結局クノイチを励ます会(たった今命名)があって古道具屋に行くのをすっかり忘れてしまった。
――この時計、いくらで売れるかなぁ。おっといけねー、ジジイに文句を言わねば。いくらなんでも今日の朝ごはんはあんまりだ。
滝川が一階に降りると、紀伊介はダイニングのテーブル席に座っていた。たしか民宿の人はここでメシを食ってるとかクノイチが言ってたな、と思い出す滝川。
紀伊介だけでなく、春日井も座っている。二人は何やら小声で話し合っているところだった。紀伊介はいつものようにサングラスをかけているのでわからないが、春日井の表情は引き締まっていて緊迫感に満ち溢れていた、が、滝川が現れるとまたいつものおっとり上品な表情に戻った。
「おはようございます、クリステルさん」
春日井はぺこりとお辞儀した。胸がぷるんと震える――って、なしてパジャマなの?
「おはよーござます」
とりあえず挨拶しておいた。――だからなぜにパジャマ……。滝川は春日井のパジャマを凝視した。薄いピンク色の花柄のパジャマだった。胸元のボタンは二つ解放され、魅惑の谷間が外界に晒されている。
「おいこら、ワシにも挨拶せいや」
「あ?」
――そうだった。ジジイに文句を言わねば。
「ジジイ、今日の朝ごはんがカップ麺だったんだけど」
滝川は言った。
「うむ。若者を意識して作ったのじゃ」
一ミクロも悪びれずに紀伊介は言った。
「ぬわにが若者を意識した、だよ。朝飯がカップ麺なんて有り得ねー」
「せっかくワシが腕によりをかけて作ったもんに、なんちゅーことを言う娘じゃ」
「腕により? 阿呆か。――って、あれ? 新は? いないの?」
そう、普段なら新が食事を作っている。というかこの民宿の仕事全般を新が担っている。
「あーっと……ちと、あれじゃ、風邪を引いてのう」
「はーん」
紀伊介の言い方は歯切れが悪いことこの上なかったが、滝川は全然気付いていなかった。
――風邪ならしょうがないか。カップ麺、好きだしね。うん。