#9
再び逃げ続ける二人。後ろからは小ぶりの破妃が追いかけてくる。破妃は真っ直ぐ、垣紅毛子に狙いを定めたが、撃とうと言う時に限ってさっと横に逃げる。だからなかなか撃てない。そして二人は逃げる。やがて二人は人込みに逃げた。さすがに人前で殺人はできない。もしかしたら無用な殺生をしてしまうかもしれない、そう思い破妃は銃をしまった。
人込みの中、二人は話し合った。刃結男は言った。
「どうする…?」
「愛先生の所にいくしかないじゃない。」
「ここはどこだろう。」
「知ってるわ。愛先生の住んでる町。ここの外れに先生の家がある。」
「じゃあ、行こう…」
だがその時、ひそひそと噂話が。
「おい…あいつは…」
「そうだ、あんな赤毛はあいつしかいない…」
「学校で殺した…」
「学生でありながら某国人のスパイ…」
垣は怖くなって、逃げ出そうとしたが、噂は広まっていった。
「本当か?」
「本当だ。」
「あんな顔してるが、中身は汚い某国人だ。」
「攘夷攘夷!」
そして、大衆の一人が垣に言った。
「お前だろ!お前が、垣紅毛子だな。」
「いいえ!違います!」
「嘘をつけ!写真とそっくりだろ?」
「いいえ!」
「なんだ、垣紅毛子じゃないのか…じゃあ某国での本名があるんだな。だろ?」
「私はそんなんじゃありません!」
「じゃあ証明してみろ…黄身が四を唄ってみろよ!」
垣は助けを求めるように刃を見た。刃は目が濁り、顔がひきつり始めた。マスコミの洗脳工作で無意識に植え付けられた思考が、彼に怒りをもたらしていた。彼は垣を憎むようになったが、それに気づき頭を振り払った。
「刃くん…」
「ごめん!」
刃は逃げ出した。垣は唖然とした。
そして大衆は集団心理により一斉に騒いだ。
「ほらほら、頼りの相棒は逃げたぞ」
「はやく唄え、黄身が四。」
「うったーえ、うったーえ」
銃声。皆が静まり返った。
「みんな、静かにして下さい。私は特殊警察の破妃怖辺穂です。ちょっと紅毛ちゃんに用があるの。ちょっとみんな紅毛ちゃんを抑えててね。」
みんなが一斉にわっと垣を押さえ、破妃はゆっくり垣に近づいた。垣は叫んだ。
「あなたが殺したのよ!あなたがネンノンさんを!」
「ふふふ、そういう問題じゃないわ。あなたは国を愛する者の敵。死んでもらいます。」
そして破妃は銃をかまえた。
だがその時、破妃の右で気配がした。そう、何者かが破妃に物を投げたのだ。破妃は投げた方を撃ったが、それに気をとられた隙に左の方から毒矢が飛んだ。命中した破妃は目を見開いて、そのまま倒れた。
「安心せい。眠り薬じゃ。」
左の方からなんと、垣紅毛子の祖父、刺素世僧が吹き矢を持って現れた。
「刺おじいちゃん!」
周囲はどよめいた。
「某国のスパイだ!」
「こやつが黒幕だ!」
刺は叫んだ。
「皆の衆!よく聞け!垣は敵ではない、被害者じゃ!彼女は政府に確かに刃向かったが、それは政府が間違っているからだ。政府らは何らかの目的で、君たちを操りやすいようにしたのだ!」
「証明はない!」
「僕が証明だ!」
刺の背後から叫び声が聞こえた。愛飢男が立っていたのだ。垣は驚いた。
愛は言った。
「僕は…皆に愛されるために、これまでの人生を積み重ねたが、今、皆の愛を棄てる覚悟で言う!僕は政府の言いなりになっていた!」
周囲はどよめいた。
「たちつてとの預言も政府の茶番だ!あれは伝藤氏を独裁者にするための嘘だ!皆!心から言う…すみませんでした!」
しばらく沈黙が続き、しばらくして拍手がぱ、ち、ぱちぱちと轟いた。皆は愛飢男を許したのだ。
「ありがとう!ありがとう!皆のために、僕の原点、『あいうえおの愛の歌』を歌います!♪“あ”なたがすきよ、“い”までもすきよ、“う”しろに…」
ふと、垣は、刃を発見した。肩を撃たれてよろめきながら歩いている彼を見て、最初に破妃に物を投げたのは彼だと垣は察した。
刺僧は言った。
「刃くんはな、お前を助けるために頑張ったのじゃ。愛がとうとう精神的に行き詰まってわしと相談している所に刃は現れ、君の危機を知らせた。そこで、わしらは助けにいったんじゃ。」
「そうなの…刃くん…ありがとう…」
「いいよ。」
刃は言った。
しばらくして歓声が聞こえ、愛の叫び声が聞こえた。
「ありがとう!皆の愛を感じることができて僕は幸せです!これから僕は、愛飢男、じゃなくて愛植男になります!みんなに愛を植えたいのです!」
刺は言った。
「さ、刃くんは病院に行った方がいいじゃろ。だがわしらには残された仕事がある。」
「どんな?」
垣が言うと、歌を終えた愛が現れて言った。
「考えてみればすべてはあいつと僕が原因だ。歪め…やつと戦わなくては。」
「それでいいのかね。」
「償いのために、僕は彼と戦います。今夜に。」
四人の間に沈黙が来た。夕陽があかあかと四人を照らし、半身が影で真っ暗だ。
刺は言った。
「今夜は快晴で満月らしいな。そうか月夜に決闘か。」
「そう、あの月が満ちる時。」
愛植男は言った。




