03-3.勝ち目がない? 誰に言っているのだと笑う
それを考えれば、シャーロットだけならば忌々しい呪いだと思わなかったかもしれない。弟にさえ被害がなければ、英雄となるのだから力が必要なのだと受け入れてしまっただろう。それができないのは、忌々しい呪いの巻き添えとなってしまった弟が苦しんでいるからだ。
「なあ、お前と一緒にいれば呪いを解けるのかよ」
「保証はできないよ。だが、解呪できる可能性は高まる。ギルティア、お前には私の共謀者になってほしい。表向きには従者の一人としてだが、呪いに打ち勝つ協力者として共に歩んでほしいのだ」
差し出したシャーロットの手を見つめ始めたギルティアはなにを考えているのだろうか。
確実ではない方法だと知りながらもシャーロットの手をとるか、確実な方法を探し求める日々に戻るか、そんなところだろうか。だとすれば、その悩みは意味がないものとなるだろう。
「わかった。お前に従ってやる」
「ふふっ、生意気な口の利き方は気になるが、協力者となるのだから眼を瞑ってやろう」
「お前もな。子どもの癖に見下しやがって」
ギルティアは不服そうだった。
(見た目よりも年上か)
年相応の扱いは受けて来なかったはずだ。
しかし、シャーロットに生意気な態度をとられるのはギルティアの自尊心を傷つける。
「当たり前だろう? 私は主人で、ギルティアは従者だ。協力者とはいえ基本的な関係は変わりない。だが、私のことはシャーロットと呼べ。人前ではお嬢様と呼ぶのが無難だろうが、……好きなように振る舞うことを許可しよう」
納得していないのだろうか。
気が強いのは構わないのだが、ここまで反発されると屋敷の者たちと上手くやっていけるのか心配になる。面倒事を引き起こさない限りは自由にしておくつもりなのだが、必要に応じて、対策を考えるとしよう。
「そういや、術者ってどんな奴なんだよ?」
「聞くのが遅いのではないか?」
「うるせえ。で、どんな奴なんだよ」
頭が悪いのだろうか。
それともなにも考えず、勢いだけで決めたのだろうか。
「予言者シャルラハロート・ローズマリー・フリークスだ。名を聞いたことはあるだろう?」
今度は眼を見開くだけではなく、口も開いたまま、言葉にならない声をあげた。
器用な奴だ。さすがに辺境の地に暮らしていたとはいえ、大予言者である母の名には聞き覚えがあったのだろう。驚くと変な顔をする癖でもあるのだろうか。ギルティアの顔を見る度にしばらく笑いをこらえるのが大変になりそうだ。
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ! 大予言者シャルラハロート・フリークスが術者だって? そんなバカな話があるかよ!」
「なぜ? 術者に関する情報を知っているわけではないだろう」
「知らねえけど、知らねえけどさ! 大予言者が術者? 一体、なんだって俺にこんな呪いをかけたっていうんだよ!? 予言者って奴は帝国を救うとか言ってるんだろ? なんでそいつが俺たちを呪うんだよ!?」
戸惑いを隠せないのだろう。そうなることは想定内のことだった。
母は偉大な人である。帝国の今後を左右するだろう未来を的中させてきた。その偉大な功績があるからこそ、彼女の言葉は帝国民に影響を与える。
「母上は帝国の守護者、神々の化身、英雄、選ばれた存在などと様々な表現をしているが、どれか一つは耳にしたことがあるだろう。お前は母上が予言をした七人に該当している。お前の呪いはそれによるものだ」
帝国の危機を救う為の生贄に選ばれたと考えれば、仕方がないことだと諦めてしまうのだろうか。いや、ギルティアはそうは考えないだろう。
国という存在に囚われてはいない。
ただ自分自身の思いのままに生きるような男だろう。
だからこそ、その手を取ってやったのだ。
シャーロットの目的を達成する為には帝国に対する愛国心は邪魔でしかない。そのような言葉だけの誠意など求めてはいない。私は目的を果たす為ならばこの命を捨てても構わない。
「ギルティア・ヤヌット、お前に与えられた特殊体質は母上の呪いによるものだ。お前の人生を狂わせたのは私の母上だ」
「なんでそれで笑っていられるんだよ。シャーロットの話が本当なら、お前は自分の母親に呪われたってことだろ?」
「そういうことだ。お前は話が早くて助かるよ。与えられた特殊体質も上手に使いこなしているのだろう?」
シャーロットのような戦場では活躍をしない特殊体質ならば、手に入れる価値はないと思っていたところだ。
嘘だと疑わないのも、シャーロットの指示に大人しく従ったのも、特殊能力によるものだろう。ここまで傍で見てきたことを踏まえた上での推測ではあるが、ギルティアに与えられたのは未来予知に関する特殊体質なのだろう。
それが自分自身に関する範囲のものか、意図的に予知することができるのか、それによっても利用範囲が変わってくる。その上、エルフ族特有の精霊の加護もあるのだろう。エルフ族が住んでいた森がざわついたことも踏まえれば、上級や最上級の精霊の加護を与えられていると考えるのが無難だろう。
従者として傍においておくのには、もったいない。
将来的にはシャーロットの右腕になるように教育を施すのもいいかもしれない。
「そのような眼を向けるな、ギルティア。なにも無謀な作戦を持ち掛けているわけではない。私は解呪方法を知っている。それを実行することに対してもなにも戸惑いを抱いていない。私と同じような化け物であるお前とならば、願いもかなえることができるだろう。なにも戸惑うことはない」
「は? おい、解呪方法を知ってるなら、なんでなにもしなかったんだよ」
「出来なかったんだよ。私だけの力では敵わなかった」
解呪方法を理解したのは去年のことだ。
それには時間が限られている。複雑な条件も含まれている。万が一にも帝国全土に広がった呪いを解呪されるようなことがないように仕組まれているのだろう。
「母上は疑い深い人だ。私の考えなど見抜いているのだろう」
母は、私が呪いを破ろうとしている可能性に気付いているのだろう。
だからこそ、私の誕生日以外では屋敷を訪れることはない。年に一度、私と弟の誕生日だけに母は屋敷を訪れる。大勢の武装した護衛を連れて来る姿は異常なものだった。
そこまで警戒をするのならば帰ってこなくてもいい。
誕生日を祝ってもらわなくてもいい。私だけ祝ってもらっても嬉しくない。
「十歳の子どもを放っておいても、自分自身の安全を確保したいのだろう。父上も母上もそういう人だ」
「は? お前、まだ小さいのに親と一緒に暮らしてねえのか?」
「両親とは年に一度しか顔を合わせていない」
シャーロットはそれが普通だとは思っていない。
しかし、寂しいと思ったこともなかった。
「……寂しくねえのか? まだ親と一緒にいたい年齢だろ」
「同情は止めてくれないか。私はそのようなものを欲したことはない。なにより、与えられないようなものを乞うような真似は好かないのでね」
シャーロットだけを愛するのならばそのようなものはいらない。
五年前、弟を座敷牢に放り投げた父上に言ったのはシャーロットだ。
「この辺境の地の公爵邸は私たちのためだけに立てられたものだ。五年前、父上に誕生日プレゼントとして強請ったものだよ。立派な造りだろう?」
ここはシャーロットのためだけに立てられた檻のようなものだ。
公爵家の令嬢として振る舞うことを生まれた時から強要されるシャーロットの脱走を防ぐ為の檻であり、いずれは帝国の英雄となるだろうシャーロットの実力を強化する為の箱庭だ。
ここにいる限り、弟は殺されることはないだろう。
その身を呪いで食い尽くされる時までは生きているだろう。
両親はそれを理解した上でシャーロットに与えた。受け取ることを拒否した愛情の代わりだと泣きそうな顔をして言っていた母の顔を思い出すと、なにもできなくなる。
「いけない。話が逸れてしまったな。本題に入ろうか」
シャーロットには愛しい者がいる。守らなければいけない存在だ。
シャーロットの大切な片割れだ。双子として生を受けた弟のベリアル・フリークスだ。
公爵家の正当な子ではないという扱いを受けている為、貴族ならば誰もが与えられるミドルネームを剝奪された弟の存在を知っている者は少ない。
両親と共に過ごすことができた五歳の誕生日までは弟にもミドルネームが与えられていた。座敷牢ではなく、シャーロットと同じような環境が与えられていた。
いつも一緒だった。
いつまでも一緒にいるはずだった。
「解呪する為には術者の血が必要だ。私と共に術者を討て。そうすればお前の人生を弄んでいる呪いは解かれる」
「俺に人間を殺せというのかよ。冗談じゃねえ」
冗談ではないといっているものの、顔は笑っている。
エルフ族は好戦的な種族ではなかったはずだ。一般的な人間も好戦的ではないと捉えても構わないだろう。目的の為ならば手段を選ばないのは人間独自の思考回路だ。それを踏まえれば、ギルティアはエルフ族よりも人間に寄っているのだろう。ある程度の時間を人里で暮らしていた影響だろうか。
「冗談ではないよ。私は本気だ。お前だってその程度のことを戸惑うような常識はないだろう? その身は目的の為ならば手段を選ばないはずだ。その為ならば常識的な思考は消えてなくなっている。全ては帝国のためだと刷り込まれているだろう? 隠す必要はないさ。私だって同じだ。私たちは異常者なのだから」
「お前は少し戸惑えよ。自分の親を殺すって言ってるんだぜ? わかってるのかよ。今のシャーロットには理想論でも俺が手を貸せば叶えられることだ。殺した後に後悔しても意味はねえぞ」
「後悔はしないだろうな。私にとって術者を葬るのも目的を果たす為の通過点だ。その後もやるべきことは山のようにある」
シャーロットは公爵家の令嬢だ。同時に後継者である。
両親を失えば公爵家を継がなければいけない。
なにより、十歳のシャーロットに取り入ろうとする親戚たちの意向を無視して進めなければいけなくなってくる。
それが大変なことだとわかっていた。
「はっ、親の命を通過点呼ばわりかよ。いかれてやがるな」
なにが楽しいのだろうか。
ギルティアは声を出して笑い始める。頭の悪そうな笑い方だ。
「その方が楽しめる。シャーロットとなら退屈はしなさそうだしなァ」
「そうか。この話はこれで終いだ。ギルティア、廊下にいるロイドを呼んで来い」
「へいへい。早速、こき使うのかよ」
ギルティアは不服そうに声をあげた。
(協力者か)
ギルティアが欲しているのは協力者ではない。
共に長い人生を生きるパートナーを欲しているのだ。シャーロットをその相手にしようとしているのだろう。
「協力者とはいえ、従者も兼任させるのだから当然だ。私の命令には従えよ」
シャーロットは笑った。
弟さえ救えるのならば、なんでもよかった。
(期限は半年)
弟の命が尽きるのが先か、宿敵である母を討つのが先か。
どちらが先かは目に見えている。
それでも、止まるわけにはいかなかった。
(ギルティアは使える)
シャーロットはロイドを呼びに行ったギルティアの背中を見つめる。
反抗的ではあるものの、ギルティアはシャーロットの命令を拒否しなかった。
まるで友のように接してくるのは気に入らなかったが、いずれ、同僚になることを考えればそのような扱いに慣れるのも必要だろう。




