02-1.逆らった者の行方を知っているかい?
「なにがあってもそれだけは許すわけにはいきません!」
顔面蒼白の老人こと、ヴァーケル村の村長は今にも倒れそうな表情をしながらも声をあげた。年齢は祖父と同じくらいだろうか。元気なものである。
「幼いお嬢様には分からないことでしょうが、ギルティアは呪われているのです。エルフ族の血を引いているのです! この村から出すわけにはいかないのです。どうか、どうか、ご慈悲をお与え下さい!」
ヴァーケル村長はよく回る口で様々な言い訳をしていた。
まさかシャーロットが言い訳としか思えない嘘を信じて、手を引くとでも思っているのだろうか。昔から言い訳が得意な人物だったのだということは、ロイドから向けられる呆れた視線が物語っている。
この村にとってギルティアは貴重な存在なのは確かだろう。
騎士であるロイドもギルティアを仕留めなくてはならないと警戒していたくらいだ。それなりの実力があるのだろう。少なくともこの村にとっては貴重な戦力となっていたことだろう。
「聞き飽きた。ロイド、言い訳ばかりの口を閉じさせろ」
「かしこまりました。……村長、首を斬り落とされたくなければお嬢様の命令に従ってください。反抗するのならば、その命をいただくことになりますよ」
ロイドは村長の首元に剣を向けた。
それには村長も黙ってはいなかった。
なにやら言葉にならない悲鳴をあげている。
幼い頃、世話をしていたロイドに殺されかけるとは思ってもいなかったのだろう。バカな話だ。村長が強気でいられたのもロイドがシャーロットを止めるとでも思っていたのだろう。
「母上の眼が見逃したとでもいうのか?」
シャーロットにはそう思えない。
母はギルティアを予言から逃がしはしない。
「帝国の大預言者を疑うというのなら、致し方がない。この村は帝国反逆罪を犯したと父上に報告をしよう。燃やし尽くした後の事後報告だが問題はあるまい?」
シャーロットは指に火を宿した。
それを見て村長は息を飲んだ。
「ギルティアは予言の子ではありません! 彼は混血種です!」
村長の言い分は呆れたものばかりだった。
ギルティアはエルフ族の血を引いているため、予言から外された。その上、予言から外されたため、この村で匿っていた。等々、エルフ族とのつながりを強調するものばかりだった。
エルフ族とのつながりをもっていることは、言われなくても見ればわかる。
人間ではありえない身体能力の高さ、魔術に対する抵抗力の高さ、そして人間よりも尖った耳。全てがエルフ族の特徴だ。
もっとも、純粋なエルフ族ではなく、人間との混血だ。
エルフ族ならば人間を庇わないはずだ。
混血を生み出すことは罪としているが、奴隷商から見ればそれほどに上等の品はない。疎まれているから破格の価格で手に入り、その身体は人間よりも丈夫だから使い勝手がいい。とくに奴隷を酷使することに快感を覚える変態相手の商売には需要があるだろう。
それでも、ギルティアが奴隷商に買われずにいたのは、盗賊団を率いて奴隷商を追い払っていたからだろう。元々、このような辺境の地に奴隷商が来るのにはそのような理由が必要だ。
そこまでしてギルティアを奪われたくはない理由があるのだろう。
「話にならんな。ロイド、ギルティア、帰るぞ」
シャーロットは交渉をするつもりだった。
しかし、それをする気さえもなくなってしまった。
「殺さなくてもよろしいのですか? お嬢様」
「構わない。一応はギルティアの意思を尊重して殺さずにおいておく。だが、これ以上、気に障る真似をするのならば無傷ではいられなくなるぞ」
「かしこまりました。お嬢様が望まれるのならばそれに従います」
首を刎ねろと言えば、ロイドはそれに従うのだろう。
従者となったばかりはシャーロットのやり方に反対ばかりだったというのに、人間は変わるものだ。元々父の私営騎士団から抜擢されたのだから、適応力が高いだけだろうか。どちらしても好ましい態度だから良いことである。
「お待ちください! フリークス公爵令嬢! ギルティアを村の外に出してはなりません! エルフの森が怒り狂うことになります。その上、森の精霊たちにも暴れられてはこの村は滅びてしまいます! どうか、どうかご慈悲をっ!」
村長は必死に頭を下げた。
(なぜ、そこまでギルティアにこだわる?)
明らかに村長の暴走だ。
村長と一緒に掛けて来た大人たちを見る限りでは、ギルティアは好かれているものの、シャーロットに逆らってまで引き留めようとしていない。
その上、村長の言葉には嘘ではないものも含まれていたらしい。ギルティアを渡さないとでもいうかのように森が騒がしくなった。頭の悪い連中だ。
(たかが異種族が私に敵うとでも思っているのか)
見た目で判断をしたのならばそう思い込むのも仕方がないだろう。年齢は変えることができない。年相応の姿を魔術で変化させることは可能だが、わざわざそれをする利益もない。とはいえ、一方的に下に見られるのは嫌いだ。
シャーロットは他人の上に立つ人間だ。見下されるのは好きではない。
「では、これは見せしめだ」
魔法陣を展開する。
森に住まうエルフ族ならば理解することができるだろう。彼らはシャーロットたちよりも優れた読解力と才能を持っている。だからこそ、愚かな人間を嫌うのだ。
「【氷の世界】」
指で弾き飛ばした魔法陣はエルフの森を覆い隠す。
広大な森を全て覆い隠したことにも驚きが隠せないのだろう。
なにもできずにいる村長や村人たちの表情は愉快なものだ。そうしている間にもエルフの森は凍っていく。
賢いエルフ族の何人かが森から飛び出して行った。
住み慣れた故郷を捨てることにより命を守る以外の方法はないと答えを導き出したのだろう。
彼らには追っ手を放つことはしない。
エルフ族はヴァーケル村の村長の愚かな判断により巻き込まれただけなのだ。大人しくしていればよかったのにもかかわらず、意味のない抵抗をするからこのようなことになるのだ。
「森が、凍って……」
「そんな、バカな事が!」
「短縮呪文で、こんな。上級魔術でも出来ないだろう……?」
村人たちの驚く声は心地いい。
ありえないことをした相手を見る眼は、恐怖だ。化け物を見るような視線を一身に浴びる。そのような眼を向けられることは慣れている。
それなりに大切に思っている領民に向けられるのは腑に落ちないが、致し方がないだろう。
提案に応じなかったのだ。
交渉する価値がなければ、そのような者たちは実力を見せつけてやればいい。実力差を見た後に、刃向おうとする者はいない。いればその命を奪えばいい。それが父上に教えられた交渉術の一つだ。
逆らった者は全て殺せばいい。
それが貴族特権として許されているのだ。
「この村の所有権は、私、シャーロット・シャルラハロート・フリークスが貰う」
フリークス公爵家の恐ろしさを理解していないのならば、その身に覚えさせればいい。それを行使することが許されているのだから、使わない理由がない。
「条例は後ほど使用人に届けさせる。あぁ、そうだ。よく覚えておけ。逆らえば、エルフの森だけではなくヴァーケル村も凍り付くことになるぞ」
魔術の行使が幸いしたのだろう。村長は力なく頷くだけだった。




