05-3.彼女はこうして手を血で染める
「俺には、その餓鬼がシャーロットの腕を千切る奴に見える」
「そうか。そうだろうね。この子は私の腕を簡単に吹き飛ばせる」
シャーロットは肯定した。
ギルティアが予知した通り、シャーロットの腕が吹き飛ぶ寸前だったのだ。
「お前が私の肩を引っ張ったのは、それが見えたからか。それならば、お前はもう少しだけ先の未来も見ておくべきだった」
「先の未来だとォ?」
「そうだ。主人思いの忠犬はいいが、少しは先のことも考える癖を身に付けろ。少なくとも私に対しては相当のことがない限り、様子見をしても構わないだろう。ロイド、これはお前も同じだ。二人ともなにもせずに見ておけ、お前たちの主人の異常な姿をその目に焼き付けておくといい」
なにを言っているのだろうか。
シャーロットは見ていろと言わんばかりに鉄格子に触れた。今、自分で、腕が吹き飛ぶと口にしたばかりだった。
――シャーロットの右腕が吹き飛ぶ。血が飛び散る。
頭を過ったのは、先ほどと同じ光景だ。
それを阻止するなとシャーロットは簡単に言いやがった。腕を吹き飛ばされてもいいということか。
――千切られた腕は床に落ちた。シャーロットの表情は変わらなかった。
左目には未来が視える。
未来予知、便宜上、ギルティアはそう呼んでいるこの体質は嫌いではない。
この体質があったからこそ、村を襲う連中の行動を先読みすることができた。
なによりもシャーロットの存在を知ることができたのはこの体質があったからこそだ。この体質が呪いによるものであると知ったのも、シャーロットを目にした時だった。
――飛び散った血がベリアルの顔を汚した。ベリアルは泣いていた。
まだ視ていろというのか。
そろそろ動かなければ、シャーロットの腕は、本当に千切られてしまう。子どもの手がシャーロットに触れようとしている。
――シャーロットは笑った。血がついていることも気にせず笑った。
――ベリアルは泣いた。血で染まった顔を歪めた。
痛覚がねえのか。
(それにしても腕を引き千切られて笑うのはやべえだろう)
もう少し先の未来を見ておけと言ったが、シャーロットはなにを考えているのか。痛覚がないか、もしくは他人よりも鈍いから平気だというのか。それとも、別の意図があるのか。
――シャーロットは千切られたはずの右腕でベリアルを撫ぜた。
続けて視えた光景に眼を疑った。
「お嬢様!!」
ロイドの声に頭が揺らされた。
未来予知の光景が途切れた。途切れた途端、シャーロットの右腕が吹き飛んだ。
* * *
「おい!? やっぱし腕が吹き飛んでるじゃねえよォッ!?」
「お嬢様!! う、腕が……!」
ロイドの声もギルティアの声も煩い。
静かに話すことができないのだろうか。ベリアルに触れられた途端、吹き飛んだ右腕を見る。地面に落ちたものは消滅するだろう。可能ならば検体として保管しておきたいが、それができないようになっている。
調べ上げることができれば、この身体を蝕み続ける呪いの解決策を思いつくかもしれない。それを防ぐためだろうか。それとも落ちているだけの右腕を蝕んでいるのは母にかけられた呪いではなく、ベリアルの特殊体質による影響を受けたからなのだろうか。
どちらにしても、それを調べることもできないまま、床に落ちた右腕が消滅していった。
「うるさい。まったく、騒々しい連中だ。ベリアル、お前もそう思うだろう?」
「あ、あ、あ……」
「ベリアル? どうしたんだい。お前が泣くなんて珍しい。そうか、大声をあげられたから驚いたのか。それは悪いことをした。後から注意をしておこう」
シャーロットは見当違いのことを口にする。
ベリアルはシャーロットの腕を吹き飛ばすつもりはなかったのだ。ただ、優しく接してくれる人に触れたかっただけだった。
「あ、あああああああ!!」
「ベリアル。泣かないでくれ。お前を泣かせるつもりはなかったんだ」
「あああああああっ!!」
「ベリアル。抱きしめて慰めてあげたいのに。それができない姉を許してくれ」
シャーロットは嘆いた。
ベリアルの声が地下室に響く。
子どもの癇癪を見ている気分だ。
(前回、ベリアルの元を訪れた時はそんなことはなかった。まだ会話が成立していた。それを考えると退行現象の進行度が速まっているのだろう。早めに対処方法を考えなくてはならない)
今のシャーロットにはベリアルを抱きしめることはできない。
シャーロットと同じ年のはずの幼い双子の片割れは気が狂ったかのような泣き声をあげる。それだけで空気が揺れる。言葉にならない悲鳴をあげているようにも見えた。それは体質が現れた頃から変わっていない。
もしかしたら、力を発揮した直後は精神年齢が回復をするのかもしれない。
「ベリアル。……あぁ、腕がないと不便だ」
「あ、あ、あ、あ……」
「泣き止んだか」
「あ、あ……」
「すまないね、ベリアル。驚かせるつもりはなかったんだよ」
シャーロットは、千切られた右腕があった場所に視線を移せば、千切られたはずの腕が回復をした。
超回復、超再生と呼んでいる体質もここまで来ると化け物でしかない。
千切られても潰されても、回復するとわかっていることだ。
首を掻っ切ろうとしても再生能力が早く、死ぬことができなかった。
大量の出血により意識喪失をしただけであり、眼が覚めればなにもかも元通りに戻っていた。回復をするのも速くなっている。シャーロットにも影響が出ているのだろう。
この体質は他人に影響を与えることができる。
そうでなければ、すべてを破壊する体質を与えられたベリアルが生き続けられているはずがない。
呪いの進行を抑えることはできなかったものの、目にも見えない速度でベリアルの体を回復させているのはシャーロットが能力を使い続けているからこそのことだ。そうでなければ、ベリアルは数年前には死んでいたことだろう。
右腕が回復した為、その腕でベリアルを撫ぜる。
今度は千切れることはない。強度も吹き飛ばされる度に上がっているようにも思える。ここまで強度があがったことはなかった。
呪いの進行が進んだのか、それとも、同じような境遇であるギルティアが傍にいることにより共鳴現象が引き起こされたのか。
どちらにしても、これでベリアルを撫ぜてあげられる。
「は? え? どうなってやがる……」
困惑した声が聞こえた。
(彼奴の眼には未来が視えているのだろう)
今回の件によりそれが確定した。
ギルティアは隠すこともなく、動揺したままだった。よく変わる表情は見ているだけならば愉快ではあるのだが、あそこまで変わると敵に情報を与えるようなものだろう。よくも今まで生き抜いてこられたものだ。感心する。
「私は人よりも丈夫な体をしていると言わなかったか?」
「いやいや、それどころじゃねえけどなァ!?」
「うるさい。ベリアルが泣いてしまうだろう?」
シャーロットの最優先はベリアルだ。
ベリアルが泣かずに済むのならば、それが一番だ。
「そいつが泣いたのは俺の声じゃなくてお前の手が吹き飛んだからだろォ!?」
「ギルティアの目にはそう映ったか?」
「当たり前だろ!?」
ベリアルはシャーロットのことを認識していないだろう。
ただ、差し出された腕を掴もうとしただけだ。
それなのにここまで泣かれるとは思ってもいなかった。
てっきり、大声に驚いただけなのだろうと思っていたのだが、ギルティアの指摘通り、目の前で腕が吹き飛んだことに対する衝撃により、一時的に意識が回復したのだろうか。
「そうか。……ロイド、お前はどう思う?」
「お嬢様のお身体が心配です。すぐに救急班を呼びましょう。腕は動きますか? 痛みはありませんか? なにか支障が出るようなことがあってはなりません」
ロイドはいつも通りだった。
ベリアルの心配はせず、シャーロットの心配ばかりをする。
母に呪われているシャーロットが腕を吹き飛ばされたくらいでは、死ぬこともできないと知っているのにもかかわらず、ロイドは心配をするのだ。
「ベリアルの心配はしないのか?」
「坊ちゃまはお嬢様の加護を受けております。もうじき、眠りにつかれることでしょう」
「加護なんて可愛らしい表現をするのだな。意外だよ。これは呪いのようなものだろう」
「お嬢様、坊ちゃまが生きていられるのは、お嬢様の加護があってこそのことでございます。それを呪いと表現するのは誰も望むことではございません」
加護などと都合の良い表現をロイドは好む。
それはベリアルを刺激しないためのものだ。五年前、ベリアルに超回復の影響を与えたシャーロットが命じた言葉を守っているだけだ。本心ではどう思っているのか、わからない。
ロイドはシャーロットの言葉を忠実に守り続けるだけなのかもしれない。
「……ベリアル」
ベリアルは生きたいと望んだことは一度もなかった。
ベリアルを失うことを恐れたシャーロットの我儘を聞いているだけだ。
わかっている。
せめて苦しむことはないようにと、母がかけてくださった痛覚を麻痺させる呪詛のお陰で穏やかな日々が手に入っているようなものだ。それでも日に日に破壊衝動は酷くなっているのだろう。
「必ず、そこから出してあげる」
五年前の日々に戻りたかった。
(そのためならば、なんだって捧げる)
ベリアルが笑って生きていけるのならば、シャーロットはなにを失ってもいいとすら思っていた。
「だから、もう少しだけ待っていてくれ。きっと、術者を殺してみせるから」
母が憎くて仕方がない。父が疎ましくて仕方がない。
ベリアルを見捨てることを選んだ両親のことが嫌いになったのは五年前だ。日に日に彼らに対する憎しみが強くなっていく。
ゆっくりと眠りについていくベリアルの髪に手を伸ばす。
少しでも触れてしまえば破壊の力は発動する。何度も何度もその攻撃を受け続けてきたからだろうか。痛覚が鈍くなってしまった。少しだけ痺れるような違和感だけが伝わる。ベリアルに触れても温もりを感じなくなってしまったのは、悲しいことだった。
「ベリアル」
右腕の痺れが酷くなる。
耐久度があがったとはいえ、それは一瞬で吹き飛ばなくなっただけの話なのだろう。数分も触れ続けていれば、呪いに蝕まれて、腕は使い物にならなくなる。
「お前を血で汚したくはないのだよ」
それでも、シャーロットの血には呪いの進行を抑える力がある。
超回復の体質は血を介して伝わる。ここまで進行してしまっているベリアルには直接血をかける以外には方法がなかった。
「ごめん。これも、ベリアルの為なんだ」
右腕が再び吹き飛んだ。その血はベリアルにかかる。
血で汚れた中で眠っているベリアルは穏やかそうな顔をしていた。少しの時間だけでも構わない。ベリアルが穏やかに過ごせる時間がほしい。




