05-2.彼女はこうして手を血で染める
「だあれ?」
「お前の姉だ、姉のシャーロット・シャルラハロート・フリークスだ」
「……しゃー?」
ベリアルは発音すらもあやしくなっていた。
幼い子どものように首を傾げる。
「シャーロットだ。お前は、私のことをシャルと呼んでいた」
シャーロットは慣れているようだった。
「しゃる?」
「そうだ。ベリアル、こちらにおいで」
手招きをしてみれば、疑うことなく羽毛の中から這い出て来る。
歩くことも忘れてしまったのだろうか。両腕を足のように使い、獣のように歩く姿は幼いものだった。
(お前は十歳なのに。私と同じなのに。なぜ、ここまで幼くなってしまったのだろうか)
それらが全て呪いの影響を受けているのならば、シャーロットは急がなくてはならない。
手遅れになる前にベリアルを救わなくてはいけない。五年前の姿とは掛け離れた幼い仕草に絶望する。
(お前はそれでも私に助けを求めないのだろう)
わかっていた。
それでも、止まれなかった。
(優しいお前は私に生きろというのだろう)
それはお互い様のことだった。
互いに大事にしてきた双子なのだ。片割れの考えはすぐにわかる。
* * *
それは異様なものだった。
公爵家のお嬢様であるはずのシャーロットの弟が地下牢に閉じ込められていることもおかしいが、なによりも、その弟そのものが異様な姿をしている。
以前、村長から耳が腐るほどに聞かされた公爵家の双子がシャーロットのことを意味しているのならば、羽毛の塊が這い出てきた奴は十歳でなければならない。
ところが、ギルティアの眼に映るのは五歳ほどの子どもだ。
二足歩行ができない様子を見たところ、頭の中はもっと幼い可能性もある。同行しているロイドの野郎は見慣れた顔をしているのも考えれば、その子どもはシャーロットの弟である可能性がもっとも高い。公爵家の連中がシャーロットを利用する為に偽装している可能性は低く、その程度の策略に翻弄されるような女でもないだろうということは、誰よりも理解をしてしまっている。
――シャーロットの腕が飛ぶ。血が飛び散る。
一瞬、頭の中を過ったのは未来の光景だ。
あの子どもの手がシャーロットに触れた途端、血が飛び散った光景が俺には見えた。武器はなかった。魔術も使われていなかった。それならば、なぜ、シャーロットの腕が吹き飛ぶようなことになったのか。……考えている暇はない。今にも子どもの手がシャーロットに伸ばされている。
「離れろッ!!」
ギルティアは、強引にシャーロットの肩を引っ張り、鉄格子から引き離す。
行き場のなくなった子どもの手はシャーロットに伸ばされたままだ。あの子どもはシャーロットに触れた途端にどのような結末を導くのかを理解していないのだろう。理解していないからこそ、簡単に手を伸ばす。
「ギルティア。お前、主人に手をあげるとは何事だ」
「主人の身を守ってやったんだァ、有難く思えよ、シャーロット」
「ほお? ……私の身に危険が迫っていたかのような言い方をする」
「その通りだろうがァ、テメェは危機感を持てよォ。あの餓鬼、普通じゃねえぞ」
忠告をする暇もなかった。
念の為、シャーロットの右腕を確認する。千切れていない。あの子どもの様子も見てみるが、やはり、予知通り、武器などは手にしていなかった。
それならば、なぜ、シャーロットの右腕が吹き飛ぶような事態になろうとしていたのか。
なにより、俺の腕を平然と払い除けやがったシャーロットの眼を見る限りは、腕が引き千切られることを理解していたようにも見える。
「普通であることは大切なことか。ギルティア」
「アァ? 今はそんな話をしてる暇じゃねえだろうが」
「大事な話だ。少なくともお前の口からは大層な言葉は語られないだろうが。あの子を普通ではないというのならば、その理由を他人の口から聞いてみたくなった」
普通であることは大切なことだ。
少なくとも俺は執着するようなことはなく、好きなように生きてきたが、妹には普通であることを強制してきた。
シャーロットは呪いと表現したこの体質を変えることのできる可能性を秘めた妹には、普通の感性を持ち続けてもらわなければ困る。
いずれ、普通とはどのようなことを意味するのか、それを妹に導いて貰わなくてはいけない。
それができないのならば、わざわざ、我儘娘を溺愛しているような真似をするものか。
あれはギルティアにはない力を持っていたから、それを強化することができれば、この体質を改善することも出来るのではないだろうか。
そう僅かな期待を抱いていた。……それも、全てが無駄な行為であったということはシャーロットに出会い、理解した。
呪いは解かれることはない。
恐らくは術者を殺害する以外の方法では不可能だ。
「そりゃァ、生きていく限りは合わせてやる必要があるだろォ。その基準になることを大事だろォ?」
年相応ではない思考力、年相応ではない言動。それらを含めてもシャーロットは年相応の子どもではない。
そんなことはこの屋敷の人間どもは分かり切っていることだろうが、それが正しいことであるかのように振る舞うのは理解が出来ない。なぜ、子どもらしい素振りを身につけないことを非難せず、野放しにしているのか。親を殺すと発言することを聞かないふりをしているのか、なぜ、この子どもに従っているのか。言いたいことは山のようにある。
それらはシャーロットが望んだことではない、ということもわかっている。
説明はできない。野生の勘と呼ぶべきか、半身に流れているエルフ族の血によるものか、それとも特定の人物に関わる未来を予知できるこの体質によるものか。
それらが混ざったものなのか、別の理由なのか、ギルティアだって理解をしていないようなものだが、恐らくはそれらによる影響があるのだろう。
シャーロットの考えは理解をすることができる。
長年、ギルティアが探してきた理解者はシャーロットであると気付いた時と同じだ。大事に育ててきてやった妹が不要になった瞬間、ギルティアは、理解をした。シャーロットについていけば、あるいは、シャーロットの隣に立てることができれば、ギルティアは理解者を得ることができると確信を得たのだ。
そうすれば世界は変わるだろう。
少なくとも退屈はせずに済む。
「そうだな。それは大切なことだ」
「そうだろォ」
「そうか。それは私たちのような者にとっては退屈な日々となることだろうね」
シャーロットは賢い。
術者を葬り、呪いを解除するなどと夢物語を語ることはあっても、その実効性の低いことも理解をしているだろう。
その先のことが見えているのかもしれない。
それが十歳の子どもの思考かといえば、明らかに違う。呪いの進行により年相応ではない者へと成長させられているのかもしれない。そういう言動には心当たりがある。ギルティアもそうだった。
「お前の眼にはベリアルは危険な者に見えたかい?」
シャーロットは問いかけた。それは当然の問いだった。




