05-1.彼女はこうして手を血で染める
ベリアルは五年前までは公爵家の正当な跡継ぎだった。
だからこそ、シャーロットとミカエラ殿下の婚約話が進められたのだ。
母が予言した七人の英雄の一人を王族として迎え入れようと企んだのは皇帝陛下だと聞かされたものの、それも怪しいところである。
こうして抵抗を続けるシャーロットをいつまでも見逃すはずもなく、近い内になんらかの処罰が下るだろう。それにより婚約が破棄されるのならば、それでもいい。
「……おいおい、仮にもお嬢様の弟がこんなところに閉じ込められてるのかよォ。公爵家はどーなってんだァ?」
気付いていなかったのか。
そのことに純粋に驚いた。ギルティアの特殊体質ならば、ベリアルの秘密も見抜かれているものだと思っていたのだが、ある程度の制限があるのだろうか。それとも無意識に使っている為、ベリアルは対象から外されただけなのか。
地下牢の灯りを付けさせ、慣れた足取りで歩く私の後ろから文句を言っているギルティアの言葉は正しいだろう。私もそれには同意する。
「暗いしよォ、すげえ生臭い」
「文句ばかりを言うな」
「そりゃ文句もでるだろ。なんだよ、ここ」
「弟に会いに行くと言っただろう」
地下牢の鍵を開ける。
ロイドが扉を開ければ、階段が現れる。地下へと続く螺旋階段を降りた先には、ベリアルがいる。彼は地下室から出ることはできない。
「こんなところに暮らしたがるなんておかしいんじゃねえの」
ギルティアの指摘は正しい。
こういう時ばかりは触れなくてもいいのだが、彼の性格上、そうはいかないようだ。
好き好んで地下牢に部屋を作る人などいないだろう。
少なくともシャーロットはそのような薄暗く寒い場所を好まない。ベリアルもそのような場所を好まない。許されるのならば弟の手を掴んで外へと連れ出してあげたいのは、家族ならば当然の考えだろう。
それが許されないことだということはわかっている。
ベリアルには生きていてほしいと願うからこそ、地下室に彼を閉じ込めているのだ。これはベリアルが望んだことでもなければ、両親が望んだことでもない。
弟はシャーロットの我が儘により地下室に閉じ込められている。
苦しみの中で終わらぬ生に絶望をしながら生き長らえることをベリアルは望まなかった。シャーロットのしている行為はベリアルを苦しめているだけだということは知っている。
優しい弟はシャーロットのことを恨んでいるかもしれない。
「なァ、シャーロット。この下にお前の弟はいるのかよォ?」
螺旋階段を降りる私の後ろから声がする。
ギルティアは文句を言いながらも着いてきたのだが、地下へと続く階段は物音がよく響く。耳の良い弟にも聞こえていることだろう。
「あぁ、いるとも。私の可愛い弟は地下に住んでいる」
足を止めない。
双子の片割れである弟の怒りはシャーロットにも伝わってくる。弟の感情が流れ込む。止めてほしいと泣き喚くことも忘れてしまった弟の元へと急がなくてはならない。
(私のベリアル。私の弟)
ずっと一緒だと信じて疑わなかった。
双子として生まれたのもなにかの縁だろう。シャーロットはベリアルのことが大好きなままだった。
(お前を救い出すためならば、私はなにもかも犠牲に差し出すことだろう)
覚悟は五年前に決めた。
異能力が発動した日に覚悟は決めたのだ。
「従者になったばかりの者が弟に会ったことはない。少々、手荒い真似をするだろうが、それも受け入れてくれ。可愛い弟のすることだ。我が屋敷では弟のすることは全てが許されることになっている。私の所有物であるお前たちも弟には 逆らうことは許さない。それを頭の中に叩き込んでおけ」
シャーロットは断言した。
その時、同行しているロイドがどのような顔をしていたのか。ギルティアがどのようなことを想像していたのか、どちらもシャーロットにはわからない。
どちらも興味がないことだった。
(ベリアルが望むのならば私が叶える)
ベリアルが欲するのならばこの命すらも差し出すことだろう。
* * *
「――ベリアル。起きているかい?」
螺旋階段が終わり、鉄格子の中にいる弟に声を掛ける。
物音はしない。ただ生きているだけの弟の泣く姿を見たのは何年前の話だったかも覚えていない。
「ベリアル」
再度、名を呼ぶ。
そこでようやく私たちの存在に気付いたのだろう。ボロボロになった羽毛の中からベリアルが頭を出した。先日、買い与えた羽毛布団は見る影もない。また新しいものを買い与えなくてはならない。なにが気に入らないのだろうか。すぐに破ってしまう癖が直らない。
「だあれ」
瞬きをしながらベリアルは声を出す。
ベリアルは私と同い年だ。双子なのだから彼も十歳になる。それなのにもかかわらず、幼い口調は直らない。年々、幼くなっているように感じられるのは気のせいではないだろう。今のベリアルにはロイドの顔もわからない。
「だあーれ?」
ベリアルは呪われている。
本来ならばシャーロットだけが母から呪われるはずだった。
双子だと知らなかった母は女のシャーロットにだけ呪いを与えた。
いずれは帝国を護るための英雄となるには必要となるだろう異能力をシャーロットに与えた。フリークス公爵家の名を後世に残すことも企んだのだろう。
呪われた七人の中でも、シャーロットは強力な呪いを与えられた。
人間ならば乗り越えることのできない死を乗り越える力。致命傷を与えられても数秒以内に自己再生をする。寿命以外の理由では死を迎えることができないように呪われた。
それだけならば、シャーロットは母の殺害を企むことはなかっただろう。
母は言った。――破壊と再生の特殊能力を持って生まれるはずだったのだと。
死を拒む自己再生に特化したシャーロットと自分自身すらも破壊してしまうベリアル。
母上の呪いはシャーロットたちに与えられた。
本来ならば一人に与えられることにより、調和するはずだった呪いはシャーロットたちの運命を狂わした。
「ベリアル。私のこともわからなくなったのか」
なぜ、シャーロットの特殊体質はベリアルのものにならなかったのだろうか。
超回復、超再生と呼ばれる自己再生の特殊体質が彼のものだったのならば、シャーロットはどれほどに救われたことだろう。
ベリアルを薄暗い地下室に閉じ込めることもなく、孤独を強いることもなく、破壊に特化した特殊体質により死に至る病を防ぐために行動を制限し、彼だけの箱庭を作る必要もない世界があるのならば、シャーロットはどのようなことをしてでも手を伸ばすだろう。
帝国を危機から救い出す英雄ではなくてもいい。
選ばれた七人ではなくてもいい。
シャーロットは弟が笑って生きていられるのならば、この国が滅びても構わない。それを望むことすらも許されないというのならば、シャーロットは生きてはいられない。
「ベリアル、ベリアル。私のことを忘れてしまったのかい」
純粋な眼を向けられる。
問いかけても簡単な言葉しか話せない。以前のようには話をできない。




