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悪女シャーロット・フリークスは英雄になりたくない  作者: 佐倉海斗
第0話 彼女の名は、シャーロット・シャルラハロート・フリークス
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04-3.公爵令嬢はなにを望むのか

 娘に死なれたくはなかったのだろうか。


 それならば、なぜ、血を分けた息子であるはずのベリアルのことは殺そうとしたのだろうか。


 それが選ばれた七人の英雄か、そうではないかの差であるのだというのならば、シャーロットは何度でも死を選ぶことだろう。この特殊体質させなければ命を捨ててやった。


「十歳の子どもの台詞じゃねえな」


「一般的な子どもの振る舞いを期待しているのならば、ここでは仕事が務まらないぞ。ギルティア、私はくだらない冗談はあまり好きではない。私の所有物に手を出すようなことはしてくれるなよ」


「へえへえ、わかりましたよォ」


 本当に理解をしているのだろうか?


 疑わしいことはあるものの、今のところは放っておいてもいいだろう。


「お嬢様。ジェフリーはそのような会話が苦手ですので、どうか、大広間ではそのような会話をなさらないようにお願いいたします」


「ん? そうであったな。彼は料理の腕は良いのだが、極度の怖がりだった。ロイド、お前の気を遣う才能はやはり欠かせないものだよ。私の傍に置くのはやはりお前ではなくてはいけないな」


「お心遣い感謝いたします、お嬢様。お嬢様のことですから、私が口を出さなくてもご理解いただいているでしょうが、扉を開ける為には会話の流れを止めなくてはなりませんでしたので。出過ぎた真似をいたしました」


 ロイドは謝罪をする。


 しかし、それは当然のことだった。シャーロットが慕っている調理人のジェフリーはシャーロットの死を恐れている。目の前で首を斬り落とし、自殺を図ろうとした姿を目撃したのだ。当然だろう


「それをするのがお前の役目だろう。ロイド」


 これは悲しいことなのだろう。


 ロイドに言われるまで忘れていたのだ。


「お前に言われなければジェフリーを傷つけていたところだった。これからもその役目を果たしてくれ。これはギルティアでは出来ない仕事だからな」


 ジェフリーがそのような話題を嫌がるのには理由がある。


 それを忘れてしまうことは今までなかった。


 一度だって忘れたことはなかった。


 しかし、ジェフリーが嫌がる理由を覚えていることは英雄となる為には不要な記憶であると判断されたのだろう。母がシャーロットにかけた呪いの作用には帝国の存続を第一に考えるように強制する力が備わっている。それは私情による帝国への裏切りを防ぐ為なのだろう。


 人格そのものへの影響は少ないものの、他人への興味関心は少しずつ削られていく。


 それは、シャーロットがシャーロットであるために必要な記憶であったとしても、必要な関わりであっても、英雄には必要がないと判断すれば消し去ってしまう。


 心の奥深くに沈めてしまうという方が正しいのかもしれない。


 外部からの刺激があれば、その記憶を取り戻すことは可能だ。ロイドがその役割を担っているのは、私が私であり続ける為の手段の一つである。


 彼は、五年前、シャーロットが引き起こした自殺未遂の第一発見者だった。


 血塗れだったという当時のシャーロットの傍付きを兼ねていたジェフリーは発狂寸前だったらしい。それから、趣味を兼ねていた調理に専念する道を選び、シャーロットの傍を離れていった。


 食事を通じてシャーロットが生きていることを確かめることが彼の精神を保つ方法へと変わってしまった。


 そこまでしなくては精神を保てないのならば、多額の退職金を払い、職場斡旋をするから仕事を辞めてもいいといったのだが、それを拒み、公爵邸に居続ける道を選んだのはジェフリーである。


 ロイドの言葉を聞ければ思い出せる。


 それだけが、シャーロットがシャーロットで居続けられる唯一の方法だった。


 このような方法により呪いの進行速度を妨げることはできても、呪いを防ぐことはできない。


 確実な方法を探さなくては、いつの日か、シャーロットはロイドたちを傷つけてしまうだろう。


 いつの日か、ベリアルへの関心を削られてしまうかもしれない。


 それを防ぐ為にも、シャーロットは母を殺さなくてはならない。


 シャーロットがシャーロットとして生きていく為には、母の命を奪わなくてはならない。


 それを知ればロイドたちはなにを思うのだろうか。


「お嬢様、いかがなさいましたか?」


 いつも通りの光景だった。


 ロイドは私の座る椅子を引く。当然のようにそこに座る。


 それはいつまで続けられるのだろうか。


「いいや、なんでもない」


 日常が壊れていくような音が聞こえた気がしたのは、シャーロットの気のせいだろうか。ギルティアを公爵邸に連れてきた時点でなにもかも手遅れになってしまっていることはわかっている。


 このまま、緩やかな呪いの進行を維持しようとするのならば、ギルティアを見放すべきだったのだろう。


 共鳴現象は呪いの進行にも関わってくるのはわかっていたことだった。


 それでも、シャーロットには残された時間が限られている。


 シャーロットがシャーロットで居続けられる間に終わらせなくてはならない。


「……いただきます」


 並べられた温かな食事を見ても食欲がわかない。


 それでも食べようとフォークで野菜を口元に運んでみたものの、食べられない。


 食欲がない。


 無理やり自分の口の中に放り込んでみたものの、それは砂のような触感がする得体の知れないものだった。


 見た目は緑の野菜だ。野菜を口にしたとわかっているのにもかかわらず、それを飲み込むことができない。


 この症状を知っている。


 シャーロットの身体を蝕んでいる呪いが進行しているわけではない。だが、これは母上がシャーロットたちを呪ったからこそ引き起こされているものだ。


 共鳴現象に似たようなものだろうか。


 ベリアルの身になにかが起きたのだろう。


 最近は大人しかったものだが、ギルティアを連れ込んだことが刺激となってしまったのかもしれない。


 飲み込みたくもないものを無理やり飲み込んでみれば、それを拒絶するかのような吐き気に襲われる。これ以上は食事を進めることはできない。すぐに対処しなくてはならない。ベリアルが苦しんでいる。


「ジェフリーに伝えてくれ。今日は食事はいらない、と」


 座ったばかりの椅子から立ち上がる。


 食事を作ったジェフリーには申し訳なく思う。彼の食事はいつだってシャーロットの為に作られているものだった。いつだってシャーロットの身体を気遣った食事からはジェフリーの優しさが溢れていた。


 シャーロットのことを大切に思ってくれる彼らの為にも、シャーロットは人でありたいと願っていた。


 もしも、彼らの存在がなければ、シャーロットは呪いの進行を抑えることなどできなかっただろう。


 母の思い通りに英雄として育っていたことだろう。


 それは人として生きたいと願わなければあっという間に身体を蝕んでしまう呪いだと、気付くこともできなかっただろう。


「体調が優れませんか、お嬢様」


 ロイドは心配そうに声をかける。


 食事をすることは人として過ごすことの大前提だ。食事をしなければ瞬く間に人ではなくなってしまうとでもいうかのように、シャーロットは食事の時間を大切にしていた。


「体調を崩すようなことはないよ。私は人よりも丈夫な体をしている」


「簡単な検査ではわからないこともございます。食欲がないのならば、身体の調子がおかしいのではないのでしょうか。お嬢様、それでしたら、大広場まで足を運ばなくてもお部屋に食事をお持ちいたします。お嬢様の変化に気付かず申し訳ございませんでした。さあ、お嬢様、お部屋に戻りましょう」


 差し出されたロイドの手を取ることができなかった。


 心配をしているということは頭では理解することができる。それなのに、それは不要なものであると認識してしまっている。恐ろしい速さで思考を蝕んでいく呪いに対処できていないのかもしれない。黙ってしまっているシャーロットに対してロイドの手は差し出されたままだった。


「お嬢様、いかがなさいましたか?」


 もしも、シャーロットが呪いに打ち勝つことができなければ、ロイドもシャーロットから離れていくのだろうか。


 シャーロットの我が儘に振り回されることは御免だと逃げ出してしまうのだろうか。それを引き留めようともしないのだろうか。


 嫌な言葉ばかりが頭の中を過ってしまう。


 ロイドの性格を考えれば、そのようなことはありえないのだと分かっている。


 そのようなことを引き起こさない為にも、ベリアルを助ける為にも、シャーロットは母を殺さなくてはならない。


 シャーロットがシャーロットとして生きる為にも、母にかけられた呪いを解かなくてはならない。それ以外の方法はないのだからしかたがないのだ。


「ロイド。私に着いてくるか」


「お嬢様がお望みになるのでしたら、どこまでもお供いたします。ですが、今日は止めておきましょう。体調が優れないようですから」


「体調が優れないのは私ではないよ」


 シャーロットの言葉にロイドはすぐに理解を示した。


「それは失礼いたしました。お坊ちゃまの方でしたか。それでしたら、お坊ちゃま専属の医療班を直ちに向かわせましょう。お嬢様、大変申し訳ございませんが、ジェフリーを刺激するわけにはいきませんので、場所を変えさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 ロイドの提案にシャーロットは頷いた。


 今度こそロイドの手を握る。


 ロイドの手は温かい。彼が生きている証のようなものだろう。状況を把握できていないのか、傍観しているだけなのか、ギルティアは黙ったままだった。無言で見ているのはシャーロットの様子を観察しているつもりなのだろうか。


 視線だけでうるさい男が公爵邸に出入りをしていると知れば、それはベリアルも癇癪を起すだろう。


 これが癇癪によるものならばいいのだが、呪いが進行している影響ならば急いで対処方法を探さなくてはならない。


「大丈夫だ。私も向かう」


 本来ならばロイドを連れて行くべきではないだろう。


 彼は今も、ベリアルのことを公爵家の人間として見てくれている貴重な人物だ。


 多くの使用人がベリアルのことを化け物として認識しているのにもかかわらず、彼だけは呪いが発症する前のベリアルの姿こそが本性だと信じてくれている。


 それならば今のベリアルの姿を見せない方が良いのかもしれない。


「お嬢様がお望みになるのでしたら、どこまでお供いたしますよ。心配をなさらないでください。私はお嬢様の傍から離れることはありませんので」


「私はそこまで言っていない」


「さようでございますか。出過ぎた真似をお許しください」


「かまわない」


 シャーロットの言いたいことがわかったのだろうか。


 ロイドは不思議なところがある。それに何度救われてきたことか。


「ギルティア、お前も着いて来い」


「へいへい、わかりましたよォ。で、どこに行くんだァ?」


「私の弟のところだ。私の従者になるのならば一度は顔を見せておくべきだろう。なんせ、可愛い弟に認めらなければ屋敷内にはいられないのだからな」


 ロイドとギルティアを比べるのは意味がないことだろう。


 そもそも、私と共にいる年月が違い過ぎる。それでも、シャーロットの隣に立つべきなのはギルティアではなく、ロイドであればよかったと思ってしまう。


 それは叶わないことだ。


 シャーロットがシャーロットであり続けられるとは限らない。


 ギルティアを見るとその不安に駆られる。


 シャーロットは人として生きたいと思うが、それは不可能ではないかとこの男を見る度に思ってしまう。


(そうなってしまえば、ロイドは私の隣にはいないのだろう)


 シャーロットがロイドを手放してしまうのだろう。


 そのような未来が来なければ良いと願ってしまうのは、贅沢な願いだろうか。


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