01-1.予言者の娘には誰も逆らえない
十年前、神聖ライドローズ帝国の大預言者シャルラハロート・フリークスが予言をした。
「帝国は十年後に滅びの道を辿ることになるでしょう」
シャルラハロートは皇帝である兄に告げる。
そして、驚いている皇帝の様子を確認することもなく、シャルラハロートは目を閉じた。
「しかし、希望はあります」
シャルラハロートは予言する。
それは誰もが逆らえない予言だった。
「六人の英雄と一人の聖女が誕生します。彼らは帝国を救うでしょう」
シャルラハロートの予言は一度も外れたことがなかった。
そして、その予言は帝国中に知れ渡ることになる。
* * *
予言から十年の月日が流れた。
(予言の日まで半年を切った)
十歳の少女、シャーロット・シャルラハロート・フリークスは公爵令嬢である。
建国当初から神聖ライドローズ帝国を支えている名門フリークス公爵家の跡継ぎとして育てられてきた。
なにをしても許される存在であることを許される代わりに、刃向う者を切り捨てる必要性を求められて育てられた。
帝国の繁栄を邪魔する存在だと決めつけてしまえば、善良な市民であっても殺していい。
それが当然だと言い放った父は、人の心を持っていないのではないかと思いつつも、いずれは公爵位を継げばシャーロットもそのような存在に成り果てるのだろう。
公爵になるためには人の心など不要だった。
(この半年でなにができる?)
このまま時間の流れに従えば、シャーロットは、帝国の為ならば愛した人でも切り捨てる鬼となるだろう。
その名は希代の悪女として後世に語り継がれることになるだろう。
帝国の未来を照らすといっても過言ではない大予言者がそう言ったのだ。実の娘に対して呪いのような予言を言い放った大予言者は、人の親になるべきではなかったのだろう。
それがシャーロットの両親だ。
帝国の歴史と同じ歩みをしてきた名家に与えられた広大な領地、莫大な資金。そして父には帝国軍総司令官の地位が与えられ、第三皇女であった母には帝国が誇る大予言者の地位が与えられた。
フリークス公爵家がなにをしても許されると、両親が言ったのは、与えられたものが大きすぎるからだろう。
(従者がほしい。私を絶対的に支持し、裏切らない忠犬が必要だ。それも、私と同じ予言された者がいい)
だから、シャーロットもわがままに育ったのだ。
欲しいものはなんでも手に入れてしまいたい。
大切なものはシャーロットの眼の届く範囲においておきたい。
それが許される立場になるためには、公爵令嬢ではなく、父が持っている公爵という地位が欲しい。
それを手に入れるためには、従順な部下と忠実な番犬がほしかった。
***
「――お嬢様。これより先はハズレの村になります。引き返しましょう」
馬車に同席を許された従者、ロイドは困惑をした顔をしていた。
フリークス公爵領内を視察するという名目で馬車を出させたのだが、それが、ハズレの村と呼ばれている場所に向かっているとは思わなかったのだろう。ハズレの村は資産価値のない村のことを意味する言葉だ。
「構わん。進め」
シャーロットの目的はハズレの村にある。
シャーロットが欲している絶対的な支持を揺るがせない者がハズレの村にいることは、母、シャルラハロートの予言によりわかっていた。シャーロットと同じようにシャルラハロートに予言された者が、ハズレの村で生活をしているのだ。
「しかし、……この先のヴァーケル村はハズレの村です。無法地帯の荒くれ者ばかりが住まう土地です。馬車で突き進もうとすれば、盗賊に襲われるでしょう」
「ならば、歩いて行くか」
「なりません。お嬢様。公爵令嬢である貴女様が、整備されていない無法地帯の地を歩くなどあってはなりません。どうぞ、ご決断をお願いいたします」
ロイドと話しにならない話をしていると馬車が止まった。
窓から外を覗いてみると、ロイドが警告した通り、馬車の周りを荒くれ者たちが囲っている。
武器という武器もない。
今にも折れそうな小汚い農具を片手になにやら騒いでいる。その声に驚いたのだろう。馬は暴れ、操縦士は振り落とされそうになっている。
(なんと無様な姿だ。それでもフリークス公爵家に仕える者なのか)
しかし、無断で領地偵察に来たのにもかかわらず、無様なまでに襲われたと知れば、父も黙ってはいないだろう。勝手な行動を叱咤するかもしれない。
父も立場を考えれば声をあげるだろう。
声をあげなくてはならないはずだ。
(それはそれで見てみたい)
父に怒られたことは数回程度だ。
ここ数年は顔を合わせるのも年に一度の行事になっている。誕生日以外ではシャーロットの住む公爵邸の別邸に顔を出さないのだ。
「しっかりと壁に捕まっていろ、ロイド。無礼者を振り払う」
だからといって、このような辺境の地で簡単にやられているようでは先が思いやられる。
敵を薙ぎ払うこともできない駒は使えない。
盤上の駒のように敵のやり方を読み取れば勝てるものではない。圧倒的な戦力差が勝負を決めるのだ。
窓に人差し指を当てる。簡単なもので良いだろう。農具を持った盗賊には簡単な魔術で脅かしてやればいい。そのまま捕縛できるものがあったはずだ。
「奴らを捕えよ、水の精霊たちよ」
指先から出した魔力によって、窓に描かれた魔法陣から外へ飛び出した水の中級精霊は十人だ。
簡易魔法陣を用いた詠唱破棄の魔術では、精々、この程度が今の限界だろう。いずれは上級精霊を簡易魔法陣で呼び出したいものだった。
大暴れをしている水の中級精霊たちから逃げようと足掻いている盗賊たちを簡単に捕え、そのまま、精霊たちが作り出した檻の中に放り込まれる。
酸素はあるのだから、死にはしないだろう。
無駄に信心深いエルフ族に近しい暮らしをしているヴァーケル村の村民の心を思えば、死んだ方がいいと思えるかもしれないが。
(私に逆らった罰だ)
心を抉るくらいのものがいい。
二度と逆らおうと思えないほどのものがいい。
「ロイド。この荒くれ者の頭領を私の下僕として飼う。振り落とされそうになった操縦士よりは役に立つだろうからな」
「どうしたらそんな決断になるのですか!? お嬢様!」
「なにを驚いているんだ」
ロイドはおもしろいくらいに反応がいい。
だから、傍に置いているのだ。
「ヴァーケル村はハズレの村なのだろう? 父上が放棄した村を私が貰い受けてなにが悪いのだ」
父が放棄しなければ、この村の住人はまともな暮らしができたのだろう。
しかし、手入れをする価値もなかった村には父は見向きもしない。その価値がない村を手に入れたところで、父はなにも反応をしないだろう。
好き勝手なことをしているだけだ。
いつものわがままが始まったとしか思わないはずだ。




