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23)時読み

本日は一話のみの投稿になります。





 貴婦人のお手本のような高貴な侯爵令嬢と可愛らしい子爵家の令嬢が並んで座っていた。

 エステルは地味な深緑色の外出着でコレットは薄紅色のワンピース姿だ。コレットは強ばった顔で緊張しているのがわかる。

「突然の訪問をお詫びいたします。急いでいましたので手続きを省略しましたわ」

 エステルは侍女が茶を入れて部屋を出ると挨拶もそこそこに話し始めた。

「どんな急ぎの用事ですか?」

 ユージンが尋ね、控えているアロイスは表情は平坦だが、ふたりの訪問の意図が読めないために警戒していた。

「コレットの予知をお知らせしたかっただけですわ」

「予知?」

 ユージンが片方の眉をわずかに上げた。

「荒唐無稽とか、信じられないとか、そういう評価は話を聞いてからにしていただけると有り難いわ。決して冗談で来たわけではありませんの」

 エステルは表情も口調も真剣だった。

 ユージンは、とりあえず話を聞くことに異存は無かった。

 アロイスは精霊石の腕輪をちらりと見たが、意味がないことは承知していた。

 精霊石の判定は、侯爵令嬢の地位と財力があれば、防げる手立てがあるのだ。ふたりがこちらを欺そうと企てていないことを祈るしかない。

「どうぞお話しください」

 ユージンが答えると、エステルは頷いた。

「さぁ、コレット。話してあげて」

 エステルが隣に座るコレットを促した。

「わ、私は、三代前のご先祖が王家に皆殺しにされた、時読みの血筋なんです」

 いきなりの告白に、ユージンとアロイスは目を剥いた。

「こ、コレット、それ、言っちゃっていいの?」

 エステルもさすがに動揺していた。

「で、でも、王子様にお話するのでしたら、きちんとお伝えしたほうがいいと」

「でも、あなた、危ないでしょう」

 エステルはコレットを案じながら恐る恐るユージンたちに視線を向けると、ユージンは見るからに困惑した様子で、

「ひとに言ってはならないことはよくわかった」

 と真摯に答えてくれた。アロイスも隣で頷いている。

 エステルとコレットは、とりあえず胸をなで下ろした。

「それで、その時読みで、なにか?」

 ユージンが話を促す。

「は、はい。二年前に、兄が骨の欠片にされる時読みがあったのです。マディーヌ王国の無数の刃物を爆発物に仕込んだ兵器で。八つ裂きになって骨の欠片になって戦地から帰ってきました」

「え」

 ユージンは思わず再度、目を剥き、エステルも呆気にとられている。

 アロイスは眉間に皺を寄せた。

 そういう武器が自国にあることは、ユージンもアロイスも知っていた。ただし、まだ戦場で使われてはいない。

 コレットの予知が本物か否か、これだけでは判断できないとしても、ユージンとアロイスは冷や汗をかいた。

「私の時読みは、お粗末なのです。身近に関わる近い未来しかわかりません。兄の死は身近な大きな出来事なのでそれだけはわかったのですが。でも、兄の死の原因である戦争のことも、詳しくは判らず仕舞いでした。二年も経って、ここ最近ようやく少しわかってきたんです。つまり、戦争が近付いてきた、ということです」

「なるほど」

 ユージンは密かに深く呼吸し、動揺を鎮めた。

「相手国はマディーヌ王国で、原因はトールコダンの森で殿下が暗殺されたことだともわかりました。討伐作戦の三日前にわかったので、慌ててトールコダンの森の詠唱係に志願しました」

「そう、か」

 ユージンは考え込み、アロイスは彼女の不安そうな視線の謎がわかった気がした。

 コレットが言えなかったこともおおよそ事情は察した。

 いきなりそんなことを言われても誰も信じないだろう。そもそもコレットは、皆殺しにされて消えた家の血筋だ。

「あと、それから、トールコダンの森に行く直前にも、時読みができました。危機の時期が近かったからだと思います。遠いマディーヌ王国の時読みができたのは初めてでした」

 コレットは語った。

 宰相の片腕のふたり。淡い金髪の男性と青みのある銀髪の男性。そのふたりが毒鼬の仲間と会う。

 王宮に入り込んでいる文官らしい。

「上手くいった」と報告をしている。

 これで、戦争を始められる、と。

 戦争を始められる、という言葉に、ユージンとアロイス、エステルは背筋を震わせた。

 ユージンもアロイスも、宰相の側近がコレットの言う通りのふたりであることを知っていた。淡い金髪のカインと、青みのある銀髪のレイソンだ。

 もはや、ただの偶然とは思えなかった。

 コレットは「時読みが少なくてすみません」と申し訳なさそうにしながら立ち上がった。

 どうやら、報告は終了のようだ。

 貴族令嬢らしく綺麗にお辞儀をした。

 エステルも「いきなりの訪問をお許しくださって感謝いたします」と優美に一礼をする。

 ソファに残されたユージンはなんとか衝撃から復活し、「ひとつだけ教えてくれ。戦争の発端は君の時読みでわかったのだろう」と慌てて立ち上がり尋ねた。

「はい。わかりました」

 コレットはユージンの問いかけに驚きながらも足を止めて頷いた。

「それでは、私の死は別として、我が国の王族が戦争開始に関わったか教えてもらえないか」

「関わってないと思います。少なくとも、戦乱が始まるための企ての中には、マディーヌ王家の方は出て来ませんでした」

 微塵も迷いのない答えが返ってきた。

「そうか」

 ユージンは呆然と答え「貴重な情報、感謝する」とコレットに礼をした。

 アロイスが「謝礼を」と言いかけるとコレットは身をすくめ「今は要りません」ときっぱりと答えて逃げるように暇を告げた。

 今は要らないとはどういう意味なのか、ユージンはなにか事情がありそうなのでのちに尋ねようと考えた。

 実のところ、コレットはもう緊張が限界だったので逃げただけだった。事情などない。


 ふたりの令嬢が退出したのち、アロイスは気遣わしげにユージンに尋ねた。

「おふたりを信用されることにしたんですか」

「ふたり、というのはエステル嬢とコレット嬢のことか? それとも、ふたりの兄上たちのことか?」

「両方です」

「どちらも信用したい。令嬢たちも、兄上たちも」

 ユージンはまだ考え込んだまま答えた。

「殿下」

「ここが分岐点のような気がするんだ。私が要だ。戦争を起こしてはならない」

「そう、ですね。その通りです。あの兵器は使わせてはならないと思っておりました」

「当然だ」

 ユージンは、兄たちと話合うつもりだった。

 今までは遠慮しすぎていた。もっと自分から積極的に動くべきだった。とはいえ、士官学校にいても命を狙われる自分がどう動けば良かったのか。思い返してもあのときは逃げる以外に手立てはなかった。

 父を助けられる手段が手に入りそうなのだから、兄たちの信頼を得なければならない。でなければ、ユージンは父の治癒をさせてもらえないだろう。

「レナたちに彼女たちが帰ったことを伝えに行こう」

 ユージンがいそいそと部屋を出るのを、アロイスは苦笑しながら付いていく。レナに会いたいのだろう。

 廊下を歩きながら、ふたりは歌声に気付いた。

「あの歌は」

 アロイスはそれが聖女の歌だとわかったが、同時に声の主は違うことにも気付いた。

 ふいにユージンが走り出した。

「殿下」

 廊下の先、鍵盤楽器の置かれたサンルームにレナたちはいた。

 レナが楽器を片手で奏でながら歌っていた。

 聖女アリサが歌っていたのと同じ、あの変わった歌だった。

 レナも歌えるということが意外だった。ただの歌なのだから意外に思う必要もないのだろうけれど、アリサはあの歌は母親が子守歌で歌ったのだろうと、よくわからない歌なのだと言っていた。

 ユージンはサンルームの手前で立ち止まると、ふらつきそうな足を一歩一歩踏みしめるように進めながらレナに近付いた。

 そばにはマレーネとアシュの姿もあったがユージンの目には入ってこなかった。

 なぜこんなに胸がかきむしられるのか。なぜこんなに切ないのだろう。

 懐かしくて哀しくて涙が込み上げてくる。

 アリサの歌と同じはずなのに違う。アリサの歌には光魔法が籠められていた。

 レナの歌には魔力はほぼ感じられない。僅かに籠もっているかもしれないが、ただそれは自然と溢れただけなのだろう。

 心に染み入るのはレナの声だからだろうか。

 あまりにも愛おしくて。恋しくて。

 こんなにも誰かを大事に思ったことはなかった。

 愛するという感情は魂から溢れてくるものなのだろうか。心が揺さぶられて、理性が置き去りにされてしまう。

「あ、殿下」

 レナが歌を止めて視線を上げる。

 ユージンはレナを抱きしめる腕を止めることができなかった。

「あ、の」

「もう、絶対に離さない」


□□□


 アシュは「絶対に離さない」と言いながら姪を抱きしめる王子に「いや、離してもらわんと困るんだが」と思いながら、空気を読んで黙っていた。

 アロイスは主の奇行をとりあえず見守っていた。きっと、いろいろとありすぎて暴走しているのだろう。主であり、母国の王子であり、幼馴染みで友人でもある彼の心の闇が思いやられる。

 マレーネは呆気にとられたまま「どうすんの、これ」と隣のアシュの様子をうかがい、そっと耳元に囁いた。

「あのね、ちょっとだけ、ふたりきりにしてあげましょ」

「うーむ」

 マレーネは次いで、アロイスにも顔を寄せた。

「そこの少し離れたところに行ってあげませんか?」

 マレーネが指さしたのはサンルームスペース横の廊下だ。

 このサンルームは、部屋というより、廊下の突き当たりがゆったりとしたガラス張りの居間になっていた。

 扉はないので、廊下のベンチに座れば、ユージンとレナから少し離れたところで様子を見ることができる。

 本音を言えばふたりきりにしてあげたいところだが、アシュは姪が心配だろうし、護衛も主を放っておけないだろう。

 そんなわけで、折衷案として、少しだけ離れようというわけだ。

 アロイスがまずは頷いた。

 アシュも渋々同意し、三人は静かに廊下のベンチに移動した。

 ユージンとレナは、三人の動きを視界の端に捕らえてはいたが気にする余裕はなかった。

 放心状態からそろそろ抜け出たレナは「え、と、殿下?」と声をかけてみた。

 ユージンはレナを抱きしめたまま髪に頬を寄せた。

「レナ。歌をありがとう。勘違いしていたことがわかったよ。歌だったんだ、歌が癒やしだったんだ」

「癒やし?」

「あの聖女の光魔法の治癒だと思っていた。でも、違っていた。レナの声のほうが千倍くらい癒やされた」

「いえ、私は、治癒魔法は持ってないです」

「本当なんだ。ずっと、私は心が病んでいた。母は治癒魔法の家系だからと、王家に治癒師の血筋を入れるために側室にされた。それなのに、私には治癒の才能はなかった。国の敵と戦い続けた王家に必要な力がなかった」

「優秀な治癒師がいたのなら、それでよろしいのでは」

「我が国で大事なのは、優秀さより、敵に籠絡されていないかだ。信頼する治癒師がいるか否かは話が別だ」

「殿下、我が国でしたら、王族のほうが信頼できるひとがいませんでしたよ」

「ハハ。そうだな。この国にきて視野が開けたよ。ずっと、治癒の能力もないのに、健康なだけが取り柄の自分が疎ましかったのだけどね、なんのために産まれてきたんだろうと」

「な、なんてことを。あなたがそんなことを言うなんて」

 レナはユージンの口から出た言葉に目を剥いた。

「レナ?」

「健康は一番、大事でしょう。健康でなかったら、夢を叶えるのも難しくなってしまうのに」

「それは、そうだけれど」

 ユージンは急に必死の形相となったレナに戸惑った。

「病気であっても、頑張っているひとだってたくさんいますけれど。でも、でも、病気で大人になる前に死んでしまうひとだって」

 レナは涙が溢れて声が掠れた。

 葉月は合気道を指導できる武道家になりたかった。

 古い武道の研究をしたいと言っていた。指導者を失って消えていった訓練方法を調べたいと計画していた。

 忍者の修行をやってみたいと言っていた。

 レナもできるかわからないが興味があった。下手なりに合気道を何年も習っていたのだから、きっとできると思った。

 葉月に「できなくても、何回も教えてあげるよ」と、まるで出来ないに決まってるみたいに言われて「けっこう上手にできるかもしれないでしょ!」と言い返して笑われた。

 叶えられなかった夢、たくさんの約束。

 生きていたらできたこと。

 葉月は、レナに愛するひとを失う哀しみを与えて消えてしまった。

 死ぬということは、この世ではもう会えないということ。当たり前のこと。

 その当たり前のことが、どれだけ苦しいことか、彼は知らないのだ。

 経験しないとわからないのだ。

 どんなに求めても、もう会えないということが、どういうことか、死がどれだけ容赦のないものか。

 わからないのだ。

 いつかひとは死ぬのだとしても。

 たくさんの夢も、あるはずだった思い出もなく。

 白いベッドで死を待つあなたばかりが目に浮かぶ哀しみを。

 なにも知らずに、健康な体を疎ましいというあなた。

「ごめん、ごめんよ、泣かないで、もう決して言わない」

「言わないって、口にださないだけでしょ、心は違うってことね? 健康な体だったら活躍するんだって、思っていた心はもうないの? 夢を描いて、頑張ろうって。諦めないって、もうそんな気持ちはないの」

 葉月は、入院してすぐのころは、ぜったい治すって、「病は気からだからね」って諦めてなかった。

 でも、もうあの葉月はいない。

 わかっていたのに。違うんだって、今生では、また違う人生を生きているのだって。わかっていたのに。

 涙が溢れて止まらない。

「レナ、私が悪かった。言葉が足りなかった。治癒ができなかったとしても、千人の治癒をする代わりに、千倍の健康な体で、もっと活躍するから」

「ほ、本当に?」

「本当だ。だから、泣かないで。頼むから。愛してるんだ」

「も、なに、それ」

 レナはユージンの腕の中で泣き笑いしていた。



お読みいただきありがとうございました。

また明日は夜20時に投稿の予定です。

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