ベータテスト
道場破りがやってきた翌日。
知千佳は片付けをするために道場へとやってきた。昨日はばたばたとしていてけっきょく後回しにしてしまったからだ。
それほど大立ち回りをしたつもりはなかったのでたいして荒れていないと思っていたが、床は足跡だらけになっていた。
イヅナは道場に土足で上がり込んでいたからだ。
「なんであいつ土足だったんだ……」
知千佳も他人の道場で戦うとなればわざわざ靴は脱がないだろうが、自分の家でそれをやられるとむかつくのだった。
知千佳は雑巾を用意し、床を拭きはじめた。壇ノ浦家の道場の畳は合成樹脂製なので汚れを落とすのは比較的簡単だった。
「後はあたるくんだけど、これは私が下手に触らないほうがいいよね」
道場の壁際では人形が真っ二つになっていた。部品が飛び散っているが、修理するときに何が必要かなど知千佳にはさっぱりわからない。このままの状態で姉の千春に見てもらうのが一番だろう。
掃除も終わり帰ろうとしたところで知千佳は気配を感じた。背後に何かが、唐突に現れたのだ。
背後に迫られるまで気配を感じられなかったのだからよほどの達人だろう。知千佳は警戒しながら振り向いた。
そこには、小太りの女が立っていた。
「お姉ちゃん……じゃなくて、もこもこさん!?」
その女は狩衣を着ていた。姉もおかしな格好をいろいろとするほうではあるがさすがにここまで時代がかった格好はしないはずだった。
「え? どうしたの!? 何か重大事件でも!?」
異世界から帰ってきて以来、もこもこは知千佳の前には姿を現さなくなった。手助けはあくまで異世界限定であり、元の世界に戻ったのなら手は貸さないとのことだったのだ。そして、どうしてももこもこの力を借りたい場合は、道場にある神棚の前で呼びかけることになっていた。
そのはずなのに、もこもこのほうから姿を現している。ならば、どうしても知千佳に伝えたいことが起きたのかと考えたのだ。
『おう! 実はだな。スマホゲーを作ってみたのだが、実機がないと最終的なテストができなくてな。貸してもらいたいのだが!』
「どーでもいい用件だった!」
『どうでもよくはない! エミュレーターだけでのテストでは必ず何かしら問題が起こるのだ! やはり実機でのテストは必要不可欠なのだぞ!』
「滅多なことでは出てこないって言ってなかった?」
『いや……昨日呼びかけられたし……もういいかなって……』
「そっちが言いだしたことだから別にいいけどさ。で、スマホゲーって?」
『うむ。我らは異世界に行ったであろう?』
「行ったけど」
『それは類希なる経験なわけで、それを活用せん手はないだろうと思ったのだ。手始めにノベル化し、コミカライズして、アニメ化するだろ? で、ハリウッドで映画化する前ぐらいにゲーム化がくると思ってだな。今から作成を始めているのだが』
「捕らぬ狸の皮算用もここに極まれりだな! どんな妄想だよ!」
『そうか? 案外ありえる気もするのだが』
「それって高遠くんが主人公なの?」
『いや、特定の誰かが主人公というわけでもないな。というか、あやつを主人公にすると即死能力に全部持っていかれる展開にしかならんのだが!』
「倫理面で多大な問題もあるしね」
『まあのう。動画サイトなんかを見ていると死だとか殺だとかの文字はことごとく伏せ字にされておるしなぁ。世知辛い世の中よ』
ちなみに、それらの文字が含まれるとAIの判定によって収益化に制限がかかるらしいので、動画制作者が自粛しているとのことだった。
「別にスマホゲー作るのはいいけどさ。最近その手のゲームってちょっと微妙な感じになってきてない?」
知千佳自身も話題になったスマートフォン用のゲームをプレイしたりはするのだが、すぐにやめてしまっていた。たいていの場合、イベントで周回させられるばかりになり、同じようなことしかしていない気になってくるためだ。
『確かに凋落が見えてきているような気がしないでもないが、要はやりようであろう。市場規模自体はコンシューマーゲームを上回っておりかなりのものなのだ! 今からでも大ヒットを目指せるはずだ! ガチャで射幸心を煽ってがっぽがっぽよ!』
「そんな邪な思惑で守護霊にのこのこ出てこられても困るんだけど……スマホ出せばいいの?」
呆れながらも、知千佳はスマートフォンを取り出した。知千佳もゲーム全般を幅広くやっているし、興味がないと言えば嘘になる。
『とあるサーバーにテスト用の実行ファイルを置いてるので――』
何が何やらさっぱりわからなかったが、逐一もこもこの言うように操作していくとアプリがインストールされた。
「でもさ。テストって言われてもそんなこと長々とやってる暇はさすがにないんだけど」
知千佳もよくは知らないが、それでも最近の複雑なゲームをテストするのは大変だろうという想像ぐらいは付いた。
『何。テストシートを作ってチェック項目を網羅せよとは言っておらん。まずは本当に実機で起動できるかの確認だ。それと軽く触ってみて、ぱっと見の問題がないかだな。その程度のことをやってくれと言っているだけだ』
「それぐらいならいいけどさ。どんなゲームなの?」
アイコンはただの四角だし、タイトルは仮と書いてあるだけなので内容はさっぱりわからなかった。
『よくあるやつだ。仲間キャラやらをガチャで出して、パーティを編成して、戦闘ステージに出撃して、何ウェーブか敵と戦うやつだな』
「ほんと、よくあるやつだね。今さらそんなので大丈夫なの?」
同じ内容のゲームをいくらでも思い出すことができた。二番煎じどころか、煎じ過ぎて味がしないぐらいだろう。
『大丈夫であろう。奇をてらってもユーザーはついてこんのだ! いつもと同じという安心感はメリットにもなりうる! 作るほうもノウハウが蓄積されているから見通しが立てやすいしな!』
「なんでもこもこさんにゲーム開発のノウハウが……」
『とにかく起動してみるがよい!』
アイコンをタップすると、オープニングデモが始まった。
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私たちはバスに乗って修学旅行先に向かっていた。トンネルを抜けるとそこは……明るい草原だった。
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「え? これって?」
『お主が喋っておるという設定だな。ちなみに声優は我だ!』
「何かむかつくな!」
『ストーリー進行は基本的には異世界での体験を元にしておる』
バスに賢者シオンが現れ異世界召喚についての説明が行われる。ギフトが与えられ、生徒たちは街へと移動した。
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矢崎卓「こうなったらみんなで協力するしかないね」
壇ノ浦知千佳「そうだね。みんな一丸になって頑張ろう!」
篠崎綾香「仕方がないわね」
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街の背景と立ち絵が表示されての会話劇が始まった。
「展開が違うんだけど?」
矢崎が妙に爽やかだし、実際には置いていかれた知千佳と綾香が素直に協力していた。
『囮にして置いてったりするとクラスメイトがばらけて面倒くさいだろうが! 街を拠点にしてあれこれするゲームなので、まずは街に行ってもらわんと話にならんのだ! そういうわけで、皆で仲良く街に行きましたとなっている!』
「何か納得いかないな!」
『割り切れ! ゲームとはそういうものだ!』
「別にいいんだけどね。どうせフィクションなわけだし」
『街まで行けばガチャを引けるようになるわけだ。ちなみにデモはさくっと飛ばせるので、リセマラにも優しい仕様だ!』
「そこまで気を遣うなら、初回ガチャいくらでもやり直せますシステムでいいのに……」
『そこまでするのも何か違うように思うのだが』
「まあね。どうせ欲しいのが出るまでやるんだからもう選ばせろよ、と思わなくもない」
『まずはガチャだな! パーティメンバーを編成できねば話にならん! 今回はテストなので三十万星結晶をプレゼントしてやろう。課金せずともガチャ引き放題だ! 試してみるがよい!』
「お。それはうれしいね」
ガチャ画面に移動した。星結晶三個で一回、星結晶三十個で十回連続召喚となっている。
「この星結晶ってどっかで見たことあるね」
『うむ。塔で出会ったライニールが使っておったものだ!』
「あぁ……そんな人いたよね……」
ライニール。とことん運が悪く、その運の悪さを女神から与えられる星結晶、通称詫び石で補填していた青年だった。
『ちなみに十連三千円ぐらいを想定しておる。今のところこのぐらいが相場としてコンセンサスがある感じだな。十連六千円とかやってしまうと炎上しかねない!』
「十連三千円でも冷静になって考えるとずいぶんな値段だと思うけどね」
『スマホゲーにとってはここが肝だな。課金圧をいい感じに調整して、うまいこと搾り取るのだ!』
「タダならとりあえずやってみようかな」
知千佳はとりあえず一回召喚のボタンを押した。
満面の笑みを浮かべた賢者シオンがデカデカと画面に登場した。
「どういうこと? この人ついてきてんの?」
『こやつが召喚するという設定のガチャだな。塔に出てきた女神とどっちにするか迷ったのだが、あっちはそれほど出番もなかったので、こっちにしてみた』
「クラスのみんなは一緒に行動してるんだよね? また召喚するって何なの?」
『細かいことは気にするな! ガチャなんぞ適当に光って、期待を煽る演出を入れておけばいいのだ!』
「何か雑なんだよなぁ……」
画面をタップすると、シオンが光を放ち、中からカードが現れた。
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R[何なのこれ?]壇ノ浦知千佳
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「私じゃん……」
バスの座席に座る知千佳が、隣の席にいる城ヶ崎ろみ子に話しかけているシーンが描かれたカードだ。確かにこんな状況で、こんなセリフを言ったような記憶もある。
『R。いわゆる外れだな!』
「何かいらっとするな!」
『しかもサポートカードだ』
「混合ガチャとか害悪でしかないじゃん……」
「仕方がないな。テスト用特別召喚をさせてやろう。大当たり確率激増で激アツだ!」
もこもこの手引きに従って操作すると、特別十回召喚ボタンが現れた。
知千佳はボタンを押した。
シオンが光を放ち、そこから次々にカードが現れた。
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SSR[がんばれ♥がんばれ♥]壇ノ浦知千佳
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チアリーダーに扮した知千佳が描かれているカードだ。SSRなので当たりの部類だろう。枠や背景がキラキラしていてやたらと豪華だった。
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SSR[完璧で究極の]壇ノ浦知千佳
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アイドルのような衣装を着ている知千佳が描かれていた。衣装は実際にアイドルである秋野蒼空が着ていたもののようだ。
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SSR[寄らば斬る]壇ノ浦知千佳
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羽織袴を着たサムライ風の知千佳が描かれている。
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SSR[それはアグリーですね]壇ノ浦知千佳
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眼鏡をかけてスーツを着たキャリアウーマン風の知千佳が描かれていた。
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SSR[包囲掃滅陣]壇ノ浦知千佳
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騎士のような格好の知千佳が戦闘の指揮を執っているシーンだ。
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SSR[夜に忍ぶ]壇ノ浦知千佳
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黒い忍者装束の知千佳だ。手には苦無を持っているので、投擲がメインなのかもしれない。
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SSR[聖女ビーム!]壇ノ浦知千佳
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白いドレスを着ている知千佳だ。キャプションに聖女とあるのでそうなのだろう。目からビームを放っている姿だった。
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SSR[お注射しましょ]壇ノ浦知千佳
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白衣を着て、ナース帽を被っていて、注射器を持っている知千佳だった。
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SSR[案内するにゃ!]壇ノ浦知千佳
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猫耳と尻尾が付いている知千佳だった。衣装はメイド服らしいので猫耳メイドということらしい。
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SSR[エゴイスティックブラックスミス]壇ノ浦知千佳
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触丸が変形したバトルスーツを着ている知千佳だ。この格好だけは知千佳も実際にしたことがあった。
「私しか出ないんだが!」
『異世界でヒロインっぽいのお主ぐらいだったし』
「いたでしょ! いくらでも!」
『だいたいすぐ死んでいったから……』
「ゲームなんだから生きてることにしとけばいいだけでは?」
『いいではないか……同キャラばっかのスマホゲーなんていくらでもあるではないか……』
「あるけどさぁ。見せられるほうの気持ちも考えようよ」
『え? ラッキー! 私、超目立ってる! とかではないのか?』
「んなわけあるか!」
『まあ、さすがにお主だけではキャラが足りんのでな。後々実装予定だ』
「ガチャに文句言ってても仕方がないし、とりあえず戦ってみてもいい? 戦闘がメインコンテンツなんでしょ」
『おお、そうだった。賢者から出されたミッションをクリアしていくという形式だな。ファーストミッションはドラゴンを倒すことになっている』
「いきなり?」
『実際にはドラゴンから逃れて街へ行けというものだったがな。逃げるだけとかゲームとしてどうかと思うので倒せるようにしておいた』
「確かに、逃げてクリアって言われても微妙だもんね」
知千佳はパーティ編成を行った。五人まで登録できるので、ナース、アイドル、チアリーダー、サムライ、聖女を設定する。
そして草原のステージ1へと出撃した。
それぞれの格好をした知千佳が五人ずらりと並んだ。
「ひどい絵面だな……」
ゲームによっては同キャラのスタイル違いを同時に編成できなかったりもするが、このゲームでは編成に制限はないようだった。
『そうか? 可愛い女子がずらりと並んでいて壮観ではないか!』
「全部私だけどな!」
戦闘開始が告げられ、敵が現れた。透明でぷるぷるとした緑色の塊。おそらくはスライムだろうが知千佳は首を傾げた。
「ねぇ。こんな奴ら向こうで見たことないんだけど?」
『そういうもんだろうが! 漫画やアニメがゲーム化されるとオリジナルにいなかった敵やらキャラやらがしれっと出てくるものなのだ!』
「まあ……ちょうどいい感じの序盤雑魚はいなかったから仕方ないのかな?」
『だいたいこんなメディアミックスで適当にゲーム化するようなもんは、システム使い回しで雑魚敵なんかちょっと色変えて突起増やしましたぐらいのものだろうが! まじめにオリジナル雑魚キャラを考えとるぶん我のほうがまだましというものだ!』
「スライムでオリジナル雑魚キャラを主張するってずいぶんと面の皮厚いな!」
『そうそう。戦闘は基本はオートで進行。適宜クールタイムのあるスキル技を発動するというスタイルだ。スキルとは別に必殺技ゲージが溜まると撃てる必殺技もあるぞ!』
「わざわざ説明してくれなくてもいいぐらいの定番感あるね!」
各種の知千佳がスライムを殴ったり、蹴ったり、ビームを放ったりして全滅させていた。さすがに最初のステージの雑魚敵は簡単に倒せるようだ。
「これって……クソゲー感あるね……」
何ステージか進むとレベルも上がってきたが、今のところはたいして面白い要素がなかった。何かしら攻略のために工夫する要素がないと何の張り合いもないのだ。
『最初はそんなものだろう。いきなり複雑なシステムを押し付けてもユーザーには理解し切れん! 離乳食から与えていくべきなのだ』
「ユーザーの舐めっぷりがすごいなぁ……」
『そんな感じで進めていくとファーストミッションのボスが登場だな!』
「シナリオ展開とかないんですかね!」
『そこらへんは潔いシステムになっておってミッションの最初と最後にちょろっと紙芝居っぽいのがあるだけだ! だいたいスマホゲーのシナリオなんぞみんなスキップしておるだろうが!』
「さっきから偏見がすごいな! でもシナリオがないと単調過ぎない?」
『いちおう絆システムはあるぞ! 一緒に出撃したキャラ間での絆レベルが上がっていき、一定レベルに達すると絆エピソードを見ることができるのだ! 無理矢理見せられるシナリオと違って、これなら見たい奴だけが見ればいい!』
「絆も何も全員私なんだけど?」
『それは……自己肯定感が上がるといったところだろうか』
「ボスっぽいの出てきた! 懐かしいって言うと何か違う気もするけど、見たことある奴だね」
いくつかのステージを経てボスステージに到着すると、そこで待っていたのは見覚えのある姿をしたドラゴンだった。異世界に行って最初に襲ってきた敵であり、異世界初の即死犠牲者だ。
「実際には高遠くんが倒しちゃったけど、ゲームなら私でも……」
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「我が領域に踏み入るとは愚かなり、人の子らよ!」
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「喋ったけど!?」
『それがどうした?』
「こいつそんな賢そうでもなかったよ?」
『いや、あれこれ情報を総合すると、こやつは草原らへんの竜信仰の対象で、人々に崇められておったようなのだ。竜言語なるもので人とコミュニケーションを取っていたらしいので知能はそこそこにあるのだろう。さすがに竜言語で喋られても理解できんし、アティラは普通に人の言葉を喋っとったので、こやつも喋るということでいいのではないかと』
アティラは峡谷で出会ったゴールデンサンダードラゴンだ。人に変化もできて言葉も喋ることができた。あの世界でのドラゴンは喋れるのが普通なのかもしれない。
「野生のモンスターぐらいに思ってたよ。裏設定はともかくボスだから倒すだけなんだけど」
知千佳は、ここまであまり使っていなかったスキルを発動した。
チアリーダーとアイドルで攻撃力アップのバフをかけて、サムライと聖女で攻撃する。ナースは回復技を温存だ。
サムライの剣技と聖女のビームがドラゴンに炸裂する。相手の体力はわからないが、それなりのダメージを与えたようなエフェクトが表示された。
次は自分の番だとばかりにドラゴンが大きく口を開ける。
ドラゴンブレス。口から吐き出された炎の奔流が知千佳たちを襲った。
知千佳たちは全滅した。
「は?」
一撃だった。ろくに何もできないまま、ゲームオーバーになってしまったのだ。
「はぁぁあああああ? 勝てないじゃん! こんなの!」
『人間ごときがドラゴンに勝てるわけなかろうが!』
「そんなとこにリアルはいらないんだけど! だったらどうしろっての!?」
『レベルを上げて物理で殴れ!』
「離乳食はどうしたよ!」
『だいたいだな! ドラゴンが弱いわけがないだろうが! 簡単に倒せるほうがおかしいのだ! 昨今のラノベやらゲームやらのエンタメでのドラゴンの扱いはどうかと思うのだが!?』
「やっぱりクソゲーじゃん! そーゆーのクリエイターのエゴってやつだよね!?」
『むぅ……しかし節目節目に印象に残るようなボスは必要ではなかろうか? 順調に進んでいて、この調子だと楽勝だなと思ったところに冷や水ぶっかけてくるようなヤツが! あれ強かったよな! と後に懐かしむ声が出てくるようなヤツが!』
「それを最初のボスでやんなって言ってるの! ファーストミッションなんてまだチュートリアルみたいなもんじゃん!」
『わかった、わかった! じゃあそこは調整の余地ありと!』
「余地とかじゃなくて必須でしょ。こんなのどうやったって倒せないじゃん!」
『倒せるぞ。原作準拠の方法で』
「原作って……あ、もしかして高遠くん? でもパーティにいないからどうしようもないけど」
『ガチャを引け! と言いたいところだが、そんなことをしておっては日が暮れるからな。テスト用に編成したパーティがあるのでそれを使うがいい』
パーティ編成画面を確認すると編成済みのパーティが登録されていた。
「でもさ。ゲーム上での仕様ってどうなってるの? 最強キャラって扱いが難しいんじゃない?」
夜霧の能力を素直にゲーム仕様に落とし込むなら、必中確定発動する即死魔法といったところだろう。例外なくどんな敵にでも通用するとなるとさすがにゲームバランスが崩壊しそうだった。
『うむ。これまでの圧倒的な強キャラをゲームに出した例で言えば、最初から登場せずに遅刻してやってくる。用事を思い出して帰ってしまう。などがあるな!』
「どうにか元の設定を活かしたままゲームに登場させようとした苦労が垣間見えるよね」
『さすがに同じことはできんので、ちょっと工夫をしてみたぞ』
このゲームではどうなっているのか。興味を覚えた知千佳は夜霧のいるパーティを出撃させた。
「寝てるんだけど!」
夜霧は、立ったまま寝ていた。
『どうだ! 遅刻、帰るに続いての最強キャラの扱い方! ずっと寝てる! だ!』
「ずっと!?」
『起きたら勝ってしまうだろうが』
「うーん……キャラ設定を活かしてる……と言えるのか、これは?」
今のところ雑魚戦では何の役にも立っていないが、様々な格好の知千佳がスライムを蹴散らしているのでゲーム自体は進行していった。
「寝たまま歩いてる!?」
ウェーブとウェーブの間に歩くシーンがあるのだが、夜霧はその間も寝たままだった。
『夢遊病?』
「ほんと雑だな!」
そんなことを言っているうちにラストウェーブに到達し、前回と同じくボスキャラであるドラゴンが登場した。
顎を大きく開きブレスの準備に入る。そして、ドラゴンは倒れた。
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MISSION CLEAR!
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画面にはでかでかと白々しい文言が踊っていた。
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桐生裕一郎「やったぞ! ドラゴンを倒した!」
壇ノ浦知千佳「やったね! これもみんなの協力のおかげだよ!」
鳳春人「僕のサポートが有効だったね」
橘裕樹「おっと! 僕の活躍も忘れてもらっては困るな!」
――――――――――
「何にも協力してないけど!?」
『どうだ! 常に寝ているので能動的に攻撃はできないが、攻撃されると百%の確率で、攻撃前に反撃して即死させるのだ! 原作ガチ勢も大満足の仕様だろうが!』
「やっぱりクソゲーだよね!」
『いや、能動的に攻撃できないという縛りがあるし、敵側のターゲット選択はランダムだし、毎回狙われるわけではないし、案外バランスは取れているのではないかと』
「高遠くんを単独で出撃させたらいいんじゃないの?」
『……そんな……抜け穴が!』
「誰でもすぐに思い付きそうだけど!?」
客観的に考えればこの仕様では駄目だとすぐにわかりそうなものだった。だが、天才的なアイデアだと思い込んでしまうとこんな簡単なことでもわからなくなってしまうのかもしれない。
『ぐぅ……だったらパーティは必ず五人で登録するように……』
「弱い奴を入れとけばすぐに死んで高遠くんだけになると思うけど」
そもそもの話、パーティの初期編成が何人だろうと夜霧がいれば絶対に負けないのでゲームとして成立していなかった。
『寝てる奴だけ生き残ったらゲームオーバーだ!』
「麻痺で全滅ってゲームはあるけど、寝てるだけでそれはおかしくない? いくらなんでも起きるでしょ。ってなるし」
『いや……それは……待っておれ! 仕様を練り直してくるのでな!』
捨て台詞を残してもこもこは消えていった。
「何だったんだ……でも待っておれって、まさか……」
もしかして、これぐらいの気楽さで今後も出てくるつもりなのではないか。
知千佳は少しばかり不安になってきた。
解説(書籍版ではあとがきで各話解説をしていましたので、各話ごとに書いておきます)
千春ともこもこはキャラ被り感がありますので、もこもこと知千佳の絡みはもうなくてもいいかと思ったのですが、それはそれで寂しい感じもありますので、いつでも出てこられますよ? ぐらいの温度感にするための話です。
実際、この作品のゲーム化は難しいですよねぇ。雑に夜霧が負ける仕様とかにされると納得できないじゃないですか。
※書籍版ではSSR知千佳乱舞のところにカードイラストの挿絵が入ってて可愛いです。




