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氏族

「協力感謝ですよ、諒子! おかげさまで脱走者はどうにかなりました!」


 いろいろとあった翌日。諒子がカフェで新作のクリームブリュレとダブルベリーソースのふわふわ幸せパンケーキを堪能していると、キャロルがやってきた。


「協力と言われましてもけっきょくいいようにやられただけかと思うのですが。あと、当然のように相席にならないでもらえますか」

「私と諒子の仲じゃないですか。あ、なんだったらここは奢りますよ?」

「先払いであることわかって言ってますよね?」


 諒子は、言うだけ無駄だろうとは思っているが、それでも何か言ってやりたかった。


「諒子はいいようにやられたと言いますけど、あそこで足止めしていなければ被害が……いえ? けっきょくあそこには高遠くんがいたのですから、そっちとぶつかってただけ……」

「馬鹿にしにきたんですか?」

「いえいえ、マジ感謝ですよ!」

「あそこにいたのは蝙蝠の獣人なんですよね? あと二人はどうなったんですか?」

「イヅナくんは、壇ノ浦さんちで倒れていたところを捕獲できました!」

「なぜそんなことに? けっきょく、彼は何がしたかったんですか?」


 幼少期から閉じ込められていて、自由になって、なぜクラスメイトの家で倒れているのかがまるでわからなかった。


「道場破りをしたかったらしいんですよね。で、あえなく壇ノ浦さんにノックアウトされてしまったわけなのですよ」

「何でも切り裂く能力者という話でしたよね?」

「あたるくんが真っ二つになりましたが、被害はそれぐらいとのことでした」


 大惨事ではないかとひやりとしたが、あたるくんは人形とのことだった。


「壇ノ浦流弓術、恐るべしですよ。私ではどうやっても異能者と素手で戦うなどできませーん」

「では、悪霊とやらはどうなったのですか?」

「そちらは私どもでは中々把握がしづらいのですよ。もちろん、以前に捕獲したわけですから、霊体といえども感知する方法はあるのですが」

「うむ。我が倒したのがその悪霊だったらしいな」


 もう一人、いつの間にか諒子のテーブルに女の子が増えていた。


「え? もこもこさん、でしたよね?」


 外見は幼い少女だが、これは知千佳の背後霊が操っているロボットだ。異世界で動かしていたのは知っていたが、こちらに帰ってきてからも操作しているとは思ってもいなかった。


「うむ。槐からロボをレンタルしているのだ。今は三体同時運用の練習中だな」


 元々どこかの組織が作ったロボットらしいが、今では槐に所有権があるらしい。それをもこもこが借りているとのことだった。

 街の中をうろうろさせていたところ、カフェの中にキャロルたちを見かけたのでちょっかいを出しにきたらしい。


「おぉ! 三体もあるのですか?」

「なんだか……都市伝説みたいになるのでは……」


 さっき見かけた少女を別のありえない場所で見かける。それはちょっとした恐怖だろう。


「で、悪霊はもこもこさんが退治したのですか?」

「おう。どういうわけか我を狙ってきよったからな。返り討ちにしてやったわ!」

「ということは、脱走者については全て片付いたわけですね」

「そのようです。ところで! 後ですると言っていた説明をしてもらいたいのですが!」

「説明?」

「式神とかですよ! 何なんですか! あれは!」

「キャロルはご存じなんじゃないんですか? 忍術ですよ」

「りありぃ?」

「もう見せてしまっているのに嘘をついてどうするんですか」

「いや、その、忍術なら忍術でいいのですが、なんだかやけにサイバーニンジャじゃありませんでしたか?」


 キャロルは『機関』の仕事で様々な異能に関わっているはずだ。今さら式神ごときに驚くのはおかしいと諒子は思っていたのだが、どうやら忍者としてのあり方に疑問を覚えているようだった。


「キャロル。周りをよく見てください。着物を着た人も、ちょんまげの人もいませんよ。いつまでも手裏剣を投げて、マキビシを撒いてるわけにはいかないのですよ。お札はタブレットになりますし、刀は電磁加速するようになるのです」

「それは……そうかもですが……忍者のイメージが……」


 キャロルが落胆していた。


「ふむ。話はなんとなくわかったが、キャロルよ。お主はもう日本には忍者がいなくなったかと思ったのだな? そう落ち込むものではない。合理だけを追求するのなら刀など使う必要はないのだから、その点では旧来の名残があるともいえよう。形は変えつつも生き残っておるのだ」

「そうですね。実際、旧来の形をある程度残しているのには意味があるのですよ」

「それは何なのですか?」

「たとえば古い妖怪などには銃器が通用しないことがあります。彼らは銃が何なのかをよくわかっていないので、自分がやられたとイメージすることができないのですね。ですので形だけでも、彼らが理解できる武器である必要があるわけです」

「……妖怪……おー! やっぱり諒子は対魔忍だったのではないですか!」

「違いますって!」

「これは何の集まりなんだ?」


 キャロルと言い合っていると諒子の背後から声が聞こえてきた。振り向くと、鳳春人が立っていた。


「ああ、そうでした。話がしたいというから呼んだのでした!」


 キャロルが思い出したかのように言った。


「あの。私が一人でスイーツを楽しんでいる場に、勝手に来たり、呼んだりしないでもらえますか?」

「どういうことなんだ? それにそちらは皇家の……」


 春人は少々混乱しているようだった。


「ああ、我は異世界で会ったときと同様にロボなので気遣う必要はまるでないぞ!」

「どういうことなんだ?」


 春人はますます混乱しているようだった。


  *****


 キャロル以外に用はないのだが、キャロルはこの場を離れるつもりはないらしい。仕方なく春人は席に着いた。


「で、何やら聞きたいことがあるのですよね?」


 キャロルが話を向けてきた。


「だから君に連絡を取ったんだけど……この場で話せと言わんばかりだね」

「あら? よほど話しづらいことですか?」

「そうでもないけど、わざわざ無関係の者に聞かせるような話じゃないと思ってね。わかったよ」


 この顔ぶれなら聞かれて困る話でもない。春人はここで聞くことにした。


「獣人の支配者。その後継者争いがあったと聞いたけど、それは具体的にどんな状況だったんだ?」


 よく考えてみると、以前聞いた話だけではその経緯がよくわからなかったのだ。後継者を決める代表的な方法は遺言だろう。これまでは争いなどなく皇家が継承していたはずなのに、今回はなぜ争っているのか。そのあたりに疑問を覚えたのだ。


「なぜそれを部外者の私に訊くのですか? 家族の方に訊けばよいのでは?」

「家族とは少々折り合いが悪くてね。できればそれは最後の手段にしたい」

「なるほどなるほど。ですが、私も獣人関連は専門外……ではあるのですが、蝙蝠の獣人の件で一通り調べましたのでそのあたりの事情は合点承知の助でーす!」

「その回りくどいのは何なんだ」

「会話の潤滑油というやつですね! 用件だけを端的に。そんなのは実に味気ないと思いませんか?」

「わかったよ。好きなペースでやってくれ」

「そんなに複雑な話でもないのですけどね。まず、各氏族、それぞれが印と呼ばれる物を持っています。鳳くんは鳥の氏族ということでしたよね。印は見たことがありますか?」

「勾玉のことかな? 本家での集会のときに持ち出してきて祈りを捧げているんだけど」


 勾玉。曲がった玉が語源であるとされているように、Cの字の形になっているものだ。鳳本家で見たことがあるが、妙に金属的な光沢を放っていたことが印象に残っている。


「私も実物を見たわけではないのですが、おそらくそれなんでしょう。ここから先はちょっとうさんくさい話なんですが、それには何らかのエネルギーが溜まっているようでして、そのエネルギーが一番多い印を持っているのが、獣人の支配者。ということらしいのですよ」

「そのエネルギーとやらは移すことができる?」

「そうなんでしょうね。これはですね、皇の頭首が生きている間に一族の者に継がせるのは簡単なんですね」

「なるほど。獣人は皇には逆らえなかった。印を差し出せと言えばそれだけでよかったのか」

「で、印を持った頭首が死んで帰ってこなかったわけですが、そうなると残った氏族で次の頭首を決めるしかない、となるわけですね」

「印の奪い合いが起こったと」

「正確には奪うのはエネルギーだけなんでしょうね。空っぽの印を返して、また溜めといてね! ってことなんでしょう」

「なるほど……状況は理解できた」


 その溜めたエネルギーでもって、獣神から支配の力を授かるといった流れなのだろう。だが、獣神はすでに死んでいたため、勢力争いに勝った小西家がエネルギーを集めても、支配の力は得られなかったのだ。


「私が知ってるのはそれぐらいですよ? あとは、その影響で裏社会に混乱があるぐらいでしょうか。これからどうなるのかは予断を許さないといったところですね!」

「その裏社会のゴタゴタやらで槐が零落しておったのか」


 幼い槐を模したロボットが頷いていた。


「そういえば、君はけっきょく何者なんだ?」


 異世界で槐本人ではないというのは聞いていたが、正体はわからずじまいだった。


「我は壇ノ浦もこもこ。壇ノ浦家の守護霊だ。電磁波を操って現世に干渉できるのでな。ロボットだとかを操ったりもできるわけだ」

「それは……恐ろしいな」

「おうおう! まともに恐ろしがってくれる奴がおってうれしいぞ! この力がどれほどのものかピンときとらん奴が多いのでなぁ」


 その気になれば、世界を滅ぼせる力だろう。逃げ出した獣人などという局地的な脅威よりも、まずはこちらに対応しなければならないのではないかと思うぐらいだ。


 ――何なんだ、この街は。おかしな奴らがゴロゴロと。


 この場にいるぐらいだ。二宮諒子も何かしら裏の世界に関わりがあるのだろう。


「心配せんでも我は壇ノ浦家を守るだけの存在だ」

「でも、無駄にロボットで遊んでるじゃないですか」


 諒子が苦言を呈した。


「暇潰しであることは否定できんな。なんというのかな、異世界に行って以来なのだが意識が活性化しておるのだよな」

「ほほう? 以前はそうではなかったのですか?」


 キャロルは興味津々といった様子だ。


「うむ。いろいろとやってはおったがぼちぼちといったところだ。今ほど活動的ではなかったな」

「ということは、暇潰しでも何でもやっておいてもらったほうがよさそうですね。余計なイタズラをされても困りますし?」


 諒子が納得していた。どうやら、長いものに巻かれるタイプのようだ。


「イ、イタズラなんぞせんが?」


 いかにも何かやっていましたと言わんばかりの態度だが、そんな心の機微まで表せるぐらいにロボットを操れるのは驚異的だった。


「さて。鳳くんの聞きたいことには答えられた感じですかね? ここから先はただの興味本位なのですが、獣人のあれこれを知ってどうするのか訊いても?」

「獣人の統制が取れていないのは問題だろうと思ってね。どうにかする術はないものかと考えていたんだよ」

「鳳くんは獣人でも下っ端のほうなのに、そんな大それたことを考えていたのですか?」

「おそらく統制が取れていない獣人はそれぞれがバラバラに動きだすはずだ。そうなると表側にも影響があるかもしれない。そうなると僕個人にも影響があるかもしれないだろ?」


 これまでは皇家が全ての獣人を牛耳っていた。表だっては活動せず、あくまでも裏の世界からその権力を行使していたのだ。だが、その軛が外れたのならどうなるか。考え過ぎかもしれないが、獣人たちが無茶なことをやらかして表沙汰になる可能性を否定できなかった。


「考え過ぎではないですかね? いくら統率が取れてないからって、無闇な行動で立場を悪くするようなことはしないのでは?」

「だといいんだけどね。獣人って基本、そんなに頭がよくないんだよ」


 しょせんは獣とまで言い切ってしまうと語弊があるかもしれないが、ただの人よりは本能に忠実である傾向はあった。理性よりも感情を優先し、衝動的な行動に出てしまうかもしれないのだ。


「ふむ。それが関係あるのかわからんが、何やら仕掛けられたようだぞ?」

「何だって?」


 いつの間にか妙に静かになっていた。周りを見れば、店内には春人たち以外の姿がなくなっている。


「人払い系の術!?」


 諒子が慌てて立ち上がった。続けて春人たちも席を立った。


「おー! 忍術ですか!?」

「忍術の人払いは、素行の悪い客を演じて、嫌な雰囲気にして他の客を追い出すなどですが」

「あんがい泥臭いですね!」

「とにかくここを出ましょう!」

「一足遅かったようだな。これは言い訳なのだが、さすがに遠隔操縦では周囲の様子をつぶさには感じとれんのだ」


 もこもこが外を見ながら悔しそうに言った。

 春人もカフェのウインドウから外を見た。まだ日中だというのに空は夕焼けのように赤く染まっていて、建物は影絵のように存在感がなかった。


「狭間……ですね」


 諒子が緊張の面持ちで告げた。


「ほほう。我は遠隔操縦をしている状態なんだが、通信はそのままだな。狭間とはこのようなものか」

「私は初めてなのですが、もこもこさんもですか? 幽霊の人は狭間にいるのかと思っていました!」

「我が普段いるのはお主らと同じ世界というか空間だ。ここは位相のずれた別空間のように思えるな」

「君ら、ずいぶんと落ち着いてるな!」


 明らかな異常事態に春人は冷静ではいられなかった。


「確かに安閑にはしていられません。意図しない狭間落ちは、脱出方法が不明な場合が多いですので」

「何やら来おったぞ? あやつらが仕掛けてきたと考えるのが妥当なところか」


 自動ドアが開き、二人の少女が入ってきた。


「面倒くさいなー。人払いだけでよかったんじゃないのー?」

「いやー、騒ぎになったら面倒っしょ」

「鶏の奴でしょ? 騒ぎになるほどとは思えんけど?」


 一目で獣人だとわかった。なぜなら、頭部に猫耳が生えているからだ。おそらくは小西家に関わりのある者たちだろう。見た目はそっくりな二人だが、白髪と黒髪ではっきりと区別はできた。


「猫耳! 語尾にニャーとか付けないのですか!?」


 どうでもいいことにキャロルが憤慨していた。


「付けねーし。って、何か無関係の奴らもいるっぽくね?」

「ほらな! これでよかったじゃん。ここなら殺しても問題ねーし」

「そうかぁ? わざわざ巻き込まなかったら関係ねーの殺す必要もなかったじゃん」

「あれ? あいつって皇の奴じゃねーの? 殺していいのか?」

「面倒くせー! 全員殺す! これでいいんだな!」

「OK! 余計なことは考えんな!」


 少女たちの獣化が進む。腕に獣毛が生え、掌には肉球が出現し、爪が伸びたのだ。獣毛により二人が白猫と黒猫であることがはっきりとわかった。


「ちょっと待ってくれ。何やら思惑があるようだけど、僕が目的なら話し合いでどうにかならないか?」


 そう言いつつも、春人が目当てである理由に心当たりはなかった。


「あぁ? 何? 自殺でもすんの? 却下な。猫対鶏だよ? ぼろっぼろになるまで弄ぶに決まってんじゃん」

「そうそう。死体もってこいって話だからさ」


 どうやら話にならないようだった。


「ここは諒子の出番ですよ! サイバーニンジャガジェットでやっちゃってください!」

「今は何も持ってないですよ」

「ほわい!? 何故に!?」

「普段から武器なんて持ち歩くわけないでしょう。許可がないと持ち出せないですよ」

「じゃあ仕方がないですね」


 次の瞬間、実に滑らかにキャロルは銃を撃っていた。会話の途中でするりと銃を取り出し、ろくに狙いも付けずにいきなり撃ったのだ。


「あぁ!?」


 だが、銃弾が効いている様子はなかった。白猫は、心臓を狙った弾を肉球で受け止めたのだ。


「キャロル。やっぱりヒグマ程度ではないですよね?」

「そもそも、ヒグマだとすると拳銃程度では倒せませんけどね」

「仕方ないな。一匹は我がどうにかしてやろう」


 もこもこが操る槐が一歩前に出た。


「一匹というのは?」


 春人は訊いた。なぜ限定するのかがわからなかったのだ。


「槐ボディの耐久性がいまいちよくわからんのでな。とりあえず最高出力でやってみるが、壊れるかもしれん」

「わかった。もう一匹は僕がやろう」


 もこもこは白猫を敵と定めたようなので、春人は黒猫と相対した。


「はあああぁあぁあああぁぁ!? 僕がやるぅ? 舐めてんの? ねぇ? 鶏なんてさぁ、猫の餌じゃん! 勝てるわけねぇだろうが!?」


 黒猫は苛立ちを露わにした。格下の獣人に舐めた口を利かれたことがよほど腹に据えかねたのだろう。確かに氏族の格は鳳家のほうが低い。戦闘能力でも猫には敵わないだろう。屋外ならまだしも屋内ならなおさらだ。だが、春人はそれほど黒猫に脅威を感じていなかった。

 ズドンと、低い音がした。

 黒猫が白猫を見た。もこもこの拳が、白猫の腹部に深々と突き刺さっていた。


「やはり脆いな。拳が砕けたわ」


 もこもこが拳を引き抜く。確かに手首から先がぐしゃりと変形していた。腹を貫いたのかと驚いたが、潰れてそのように見えていただけらしい。


「ぅ……」


 小さなうめきをあげながら、白猫が崩れ落ちた。


「ミカ!」

「動くな!」


 黒猫が白猫へ駆け寄ろうとしたところで春人は叫んだ。もちろん、そんな言葉に意味などない。意味はないはずだが、その言葉は黒猫に影響を与えた。黒猫は、足を絡ませ転けてしまったのだ。


 ――やはり支配するとまではいかないか。


 獣人を支配する力。その一端を春人は垣間見た。あの島での経験から、春人は朧気ながらにではあるが、その力を扱えるような気がしていたのだ。


「お前! 何をした!」

「とりあえず勝敗をはっきりさせておこうか」


 春人は、右手を黒猫へとかざした。


「うぐう!」


 起き上がろうとした黒猫が潰れた。上からの押さえ付ける力に耐えられなかったのだ。

 春人の力、つまり鳳家の力とは、重力を操る力だった。鳥の獣人が空を飛べる。なんとなくそういうものだと思っていたが、普通に考えればおかしいのだ。

 人の背に生えた程度の翼で空を飛べるわけがなく、そこには何らかの力が働いているはずだった。春人は自分の出自を知り、その力に自覚的になったのだ。意識して操ろうとすれば、それはすんなりと春人の手に収まった。


「おっと。殺すなよ? ここから出る方法を吐かせねばならんからな?」


 もこもこの忠告を聞き入れ、春人は力を抑えた。


「おい。ここから出る方法を教えるのだ」

「だ、誰が……教えるかよ!」

「ふむ。元気なのは結構なことだ。だが、お主の相方はどうかな? 獣人はそこそこに頑丈なようだが、壇ノ浦の一撃を喰らってただでは済むまいよ」


 春人は白猫を見た。かすかに動いているが、虫の息といった様子だ。


「ミカ……ミカっ!」


 黒猫が手を伸ばす。春人は力を加え、その手を押さえ付けた。


「今の我の身体は実に脆かった。衝撃を伝え切る前に壊れよったのだ。故に即死はしておらん。だが、いつまでももつとはとても思えんな」

「黒い! 黒いですよ! もこもこさん!」


 キャロルがなぜか喜んでいた。


「はーはっはっはぁ! もっと褒めるがよい!」

「それは褒めてるんでしょうか……」


 諒子は呆れていた。


「……ミカだ! この術はミカがやってるんだ! ミカじゃないと解けないんだよ!」

「へ?」


 もこもこが高笑いをやめた。


「……あー……どうすればよいのだ?」

「もこもこさん、かっこ悪いですよ!」

「そちらは意識を取り戻すのを期待するとして……話を聞かせてもらおうか」


 この状況で逆らう気にもなれないのか、黒猫はゆっくりと事情を話しはじめた。


  *****


「なるほど。見せしめのつもりだったのか」


 そう複雑な話でもなかった。小西家は獣人の頭首の座をまだ諦めてはおらず、力尽くで各氏族を傘下に加えようとしていたのだ。そこで、鳳家で一番どうでもよさそうな春人をまずは殺そうとしたらしい。これから順にお前らの氏族を削っていくという宣戦布告のつもりだったのだ。


「おかしいだろ……なんで鶏なんかに負けるんだよ……」

「僕もここまでやれるとは思ってなかったよ」


 黒猫はすっかりやる気をなくしたようで、白猫の側で介抱しようとしていた。


「最悪の場合、術者を殺してみる手もありますが」


 諒子が物騒なことを言いだした。


「待て。どうにかならんかと今手を尽くしておる」

「何か手があるのですか?」

「我の本体は外におるので最悪どうにもならんでも平気ではある」

「それはあんまりですよ! どうにかしてください!」

「そのロボットはレンタルなんですよね? 狭間に放置なんてことになるのは問題なんじゃないですか?」

「……早急に手を打った!」


 どうにかする方法はありそうだった。

 しばらくして、店外の様子が激変した。影絵のようだった街が元通りになったのだ。


「ずらかるぞ! 倒れた女子(おなご)がいるなど、人が戻ってくれば大騒ぎだ!」


 黒猫が白猫を抱きかかえる。春人たちは慌てて店の外へ出た。


「もこもこさん。なんだか俺をいいように使い過ぎだと思うんだけど」


 少し困ったような顔をした高遠夜霧がそこに立っていた。もこもこの打った手とは、彼を呼ぶことだったらしい。


「すまんすまん! この恩は忘れぬからな。何かで埋め合わせはするから!」

「まあ、いいけど」


 猫の獣人たちはもう姿を消していた。すぐさま治療のために帰還したのだろう。


「あの……これは高遠くんがどうにかしたのですか?」


 諒子が恐る恐る訊いた。


「うん。前は無理だったけど、今はなんとなく何かの術だけを殺すってのもできるようになったんだよ」


 何が殺せるのやらさっぱりわからない。やはり夜霧とは敵対するべきではないと春人はあらためて考えた。


「ええと、鳳くんだっけ。もこもこさんがごめんね」

「我が何かやったわけではないぞ!」

「えー? でも、術者を気絶させてしまったのはもこもこさんじゃないですか?」


 キャロルが混ぜ返すように言った。


「いや、僕の事情にみんなを巻き込んでしまったんだ。謝るなら僕のほうだよ」

「そうだそうだ! 鳳が悪い! そういうことにしておこう!」

「もこもこさん。たぶんだけど、鳳くんはそんなに悪くないんじゃないか?」

「では、(わたくし)めが解説してさしあげましょう!」


 キャロルが意気揚々と何があったのかを説明しはじめた。


「誰が悪いかというと襲ってきた奴が悪いってことになりそうだけど」


 一通り話を聞いた夜霧はそう結論付けたようだ。


「だろうが! 我のせいとかではないであろうが!」

「槐の家が貧乏になってた理由がわかったよ。これ、槐も危ないんじゃないのか?」

「ふむ……確かに獣人のごたごたが本格化してくれば皇にも影響があるやもしれぬな。今は力をなくしているとはいってもこれまでの積み重ねがあろうし、次期頭首にとって邪魔な存在であるやもしれんし」

「襲ってきたのは小西って人だっけ」


 何気ないその一言に、春人は戦慄した。夜霧なら槐を守るために力を使うことを躊躇わないのではないか。そんな予感を覚えたのだ。


「だ、誰がとかは一概には言えないのではないでしょうか! その、こう言った問題は複雑に絡み合ってますから、目立った人物を排除したところで解決できるとは思えません! そう! もっと情報を集めて慎重に、熟慮の上で動くのがよいはずです! ええ、そうです!」


 諒子が慌ててまくしたてた。よほど夜霧に動いてもらいたくないらしい。


「のーぷろぶれむです! 獣人やら何やら! そーいったあれこれは、鳳春人! 鳳春人にお任せください! 彼が何もかも解決してみせまーす! ね!」


 キャロルが実に適当なことを言いはじめた。キャロルも、春人や諒子と同じ予感を覚えたのだろう。


「え? いや、そうだな。高遠くん。皇本家には影響がないように最善を尽くそう。君が何かをする必要は一切ないよ」


 実際のところ、夜霧に動かれるのは非常に都合が悪かった。最悪の場合、獣人勢力の全滅もありえるだろう。夜霧が介入する前に、全ての問題を全力で解決する必要があった。


「そう? だったらいいけど」


 夜霧もそれほど深刻には考えていないのか、それ以上この件に深入りするつもりはないようだった。


「そういえば、もこもこさん。槐の手が壊れてるけど……」

「直す! 直すから! よし! 篠崎のところに行こう! あそこの設備でどうにかなるだろ!」


 夜霧ともこもこが去り、キャロルと諒子も速やかに去っていった。


「さて。なんだか妙なことになってきたな」


 獣人がまとまっていないのは問題だと思っていたが、のんびりと構えていられる状況ではなくなってしまったようだ。


「でも、いきなり大きなことを言っても仕方ないか」


 まずは、鳳家での地位を確立しなければならないだろう。

 獣人全体の問題はその後だと春人は考えた。

解説(書籍版ではあとがきで各話解説をしていましたので、各話ごとに書いておきます)


 結構みんな色々できるんですよ? 夜霧がいたらそっちで全部解決しちゃうから出番ないですけど! みたいな話。

 槐ボディは人間程度の頑丈さではあるのですが、さすがに人間よりは柔軟性がないため、人間の身体のつもりで動かすと壊れます。いや、普通は壊れないんですが、もこもこさんが無茶をした感じですね。補足しておくと、人間に取憑いて操るというような場合なら、拳が砕けるほどの被害にはならないかと思われます。

 あと、どうでもいいですが、黒猫の方は名前がでてきませんでしたが、モカという名前です。

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