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 壇ノ浦流弓術は、平安時代ごろに創始されたとされる武術だ。

 いわゆる古流武術であり、弓術だけに留まらず戦闘に関する技術を一通り網羅している。

 元々は家伝ではなく広く門戸を開いていたが、時代を経るにつれて実質的には一子相伝といった様相を呈していき、現代においては壇ノ浦家だけが伝える知る人ぞ知る門派となっていた。

 こう聞くと、技を秘匿するためにそうなったと思われるかもしれないが、壇ノ浦流は技を隠すことに固執はしていない。もちろん、知られないに越したことはないのだが、技の全てが秘密になっていることを前提に戦うことは逆に危険ですらあるのだ。理想は、知られようが、対策されようが関係なく勝ち切ることのできる技術体系であり、壇ノ浦流弓術の目指す先はそこにあった。そして、壇ノ浦流はその研鑽の果てに、超人にしか使いこなせない技術を作りあげてしまったのだ。

 強靱で優秀な肉体を獲得するために強者の血を取り入れ続け、その血統を前提とした修練と技術を模索する。当然、並の人間では使いこなせない技へと先鋭化していき、現在へ至ったというわけだ。

 そのため、弟子をとるなどできなくなっている。なってはいるのだが、知千佳が高校二年生の現在、壇ノ浦流にはなぜか弟子がいるのだった。

 極楽天福良(ごくらくてんふくら)。知千佳が高校に入学したころに弟子入りしてきた少女だ。すぐにやめるだろうと壇ノ浦家の皆が思っていたのだが、福良は今も壇ノ浦の道場に通ってきているのだった。


「これは少々深刻な事態になってきたぞ?」


 壇ノ浦家にある道場。そこでは姉妹が向き合っていた。妹の知千佳はジャージ姿であぐらをかいていて、姉の千春(ちはる)は作務衣を着て大足を広げている。

 千春はとにかく丸いという印象の女なのだが、不摂生がためにこの体型なのではない。要は相撲取りなどと同じで、その内にはみっちりと筋肉が詰まっている。舐められやすい顔と体型ではあるが、油断し侮った者は必ず後悔することになるのだった。

 ちなみに、異世界で知千佳と行動を共にしていた先祖であり守護霊でもある壇ノ浦もこもこにそっくりな容姿をしているので、たまにもこもこさんと呼びそうになってしまうのが、最近の知千佳のちょっとした悩みだった。


「深刻って?」


 珍しく姉に呼び出された知千佳だが、相談が必要な話題に心当たりはなかった。


「福良ちゃんのことだ! 適当に護身術っぽいものを教えてお茶を濁せばいいと思っておったが、まったくやめる様子がない!」

「それは別にいいんじゃないの? 私もすぐやめると思ってたけど、続けてくれるならいいことじゃない」


 知千佳は福良に護身術を教えることで結構な額の収入を得ていた。正直、やめられると困るところだ。


「ともちゃんも最近じゃぁ、壇ノ浦流の触りぐらいは教えておるだろ?」


 福良は実に出来のいい弟子だった。素直だし、教えたことはすぐにできるようになるし、教わったことだけに留まらずに応用も利かせてくる。ただの護身術レベルはとっくに身に付けているので、当初の目的はすでに達成できているのだが、知千佳はさらに踏み込みつつあった。超人にしか無理と思われている壇ノ浦流も、福良のような天才になら部分的に伝えられるのではないかと期待してしまっているのだ。


「ちょっとは教えてるけど、無理のない範囲だよ?」


 今のところ、近接戦闘技術は全て捨て、遠距離攻撃に特化して教えていた。理由は大きく分けて二つ。一つは当たり前の話ではあるが、敵に近づくとリスクが高くなるからだ。離れたところから攻撃して倒せるのならそれに越したことはない。もう一つの理由は、壇ノ浦流の打撃技は反動が大きいからだ。もちろん反動を受け流す技術はあるがそれも強靱な肉体を前提としている。中途半端に教えるぐらいなら投擲系の技術に集中したほうが効率的だろうと知千佳は判断していた。


「教えるのはよい。よいのだが、すると重大な問題が発生するわけだよ」

「うーん。思い当たる節はないけど? 安全第一でやって……大怪我をすることはないと思うけど」


 言い直したのは安全とは言い切れないと思ったからだった。武術の修行をしている以上、絶対の安全はない。習うのは人を傷付ける技術なのだ。それが有効な技術であるほど、ちょっとした間違いで怪我を負うこともあるだろう。


「名前だ」

「名前?」

「技の名前だ! 対外的に教えるのに今のままではまずかろうと言っているのだ!」

「今のままって……一教とか、一の位とか、一条とか?」

「ナンバリングしただけって! かっこ悪いだろうが!」

「合気道に喧嘩売ってるの?」

「合気道の技名もちょっと思うところはあるが、四方投げとか入り身投げとか普通の名前のもあるだろうが。うちはほとんどがナンバリングだ!」


 技の名前から内容が想像しづらいというのは秘匿性という意味では有効だろうが、壇ノ浦流の場合はおそらく技の名前を考えるのが面倒くさかっただけだろうと思われた。


「そういうものかなって思ってたよ。けどお姉ちゃんが気にしてるのは意外だな。気になってたならさっさと変えそうなものだけど」

「我が開発したオリジナル技は我のセンスでネーミングしておるが、さすがに昔からある技名まで変えられんだろ」


 ちなみに一人称が我な千春だが、これでもましになったほうだった。以前は我、妾、僕、朕など一つの会話の中でも頻繁に変えていたからだ。


「オリジナル? そんなのあったっけ?」

「壇ノ浦式フライングボディアタックとか、壇ノ浦式エクステンドアローとか」

「そっちはそっちでネーミングちゃんとしろよ!」


 壇ノ浦式解錠術だとか、壇ノ浦式運転術だとか、戦闘技術とは関係ない技法には、壇ノ浦式と付いた技もあることを知千佳は思い出した。


「今思えば、技名に壇ノ浦式と名付けたところでほぼ情報量はゼロであり、意味がなかったな」

「それはただのフライングボディアタックでしかないよね……エクステンドアローってのは?」

「変形する弓を壁や床に突き刺して固定し、全身で弓を引く大技だな。場所を選ぶが威力は絶大だ!」

「どっちにしろねーわ……」

「うむ、若気の至りだったと深く反省している。いざ人に教えることを思うと、急に恥ずかしくなってきてな!」

「フライングボディアタックとかエクステンドアローは福良ちゃんに教えないと思うけどね」

「我のオリジナル技はおいておくにしてもだ、本格的に教える前に技の名前をどうにかしておかんとまずいだろうと言うことなのだ!」

「でも名前って変えていいものなの? お爺ちゃんとかの許可は?」

「大丈夫だ! 福良ちゃんに教えるときだけ別名を付けた、ということにしておけばよい。名前そのものの変更はしない!」

「それならいいとして……どんな感じで付けるわけ?」

「そこが相談だな。我が言うのもなんだが、我はネーミングセンスには自信がない」

「エクステンドアローだもんね……」

「なのでともちゃんと相談しながら決めていきたいと思ったわけだ」

「んー、こんなことに時間使うのもどうかと思うけど……」


 壮大な時間の無駄にも思えるが、他にすることも特になかった知千佳は付き合うことにした。


「いきなり全部決めるのは無理だから、当面教えるような技だけ決めていこう」

「んー、投擲系でいくつか教えたけど、特に名前は教えてなかったかな?」

「ギリギリセーフだな! 今からでもあれはなんちゃらという技だ! としれっと言えばまだ間に合う! 何を教えたのだ?」

「えーと……五十三教だっけ? 手首と指の力だけで小石とか投げるやつ」


 知千佳はジャージのポケットから取り出した百円玉を無造作に投げ付けた。


「目が、目がぁ〜!」


 百円玉は、道場の端にあるサラリーマンの格好をした人形の目に直撃した。投擲練習用ターゲット、あたるくんだ。ちなみに、買い物帰りの主婦のような格好の人形、ささるちゃんも隣に立っている。


「それは五十七教だな。そんな師匠で大丈夫か?」

「……確かにちゃんとわかりやすい名前は付けておいたほうがいいかも……」


 正直なところ、知千佳も技名はうろ覚えだった。


「使い勝手がいいから、とりあえず教えたんだけど」

「ふむ……名前を付けるにしても何かしらのパターンは必要だな。たとえば技の形態からだと背負い投げとか入り身投げとかがわかりやすいところだが」

「だとすると手首投げ?」

「……かっこ悪いな……では用途から決めるとすればどうなる?」

「うーん……自在投げとか?」


 この技の特徴は、わずかな動きで投擲するため動きを気取られ難いのと、手首の可動域内でなら自由な方向に投げられることだ。そのため、馬鹿正直に正面の敵を攻撃するよりは、横や背後にいる敵への奇襲に適している技だった。

 手首から先しか使わないためそれほど力は籠められないが、手首と指の連動でできうる限りの威力を追求している。


「却下だな!」

「ダメ出しされるだけなら母屋に戻るけど?」


 何を言っても文句を言われるだけならやってられない。知千佳は立ち上がりかけた。


「ごめんね! 文句ばっかり言わないから!」


 千春がしがみついてきた。情けない姿ではあるが、瞬時に移動して知千佳の動き出しを止めるあたり、さすがと言わざるをえない。


「でも、どうすればいいの?」

「そうだな……それっぽくてかっこよければ、実情を表す必要はないわけで……必殺技みたいなノリでいいのではないか?」


 再び向かい合い、千春が考えながら言った。


「うーん……虎爪連牙(こそうれんが)とか、そーゆーの?」


 知千佳は、何かのゲームで見たような技名を適当に言ってみた。


「ソレだ!」

「いや、でもさすがにゲームみたいな技の名前を付けちゃうのはどうなの?」

「待て待て。そのまま採用しようというのではない。動物の名前とか入れればそれっぽくなるのではないか? ということだ。猛虎硬爬山(もうここうはざん)とかそういうやつだな!」

「あれってこう、掻き分けるような動きが虎が山を登ってるみたいってところからだよね? うーん。投擲系だったらやっぱり鳥かな。鷲とか鷹とか……あ! 飛燕(ひえん)はどう? 動きが速い技とかによく使われてるイメージだけど」

「悪くはない……むしろそういうのを望んでいたのではあるが……だが……何というか古来から伝わる日本の武術感がないのがなぁ……」

「面倒くさいな! 昔の日本ぽいとか知らないけど? 何? 平安時代ぽければいいの? ありをりはべりいまそがりとか言えばいいの!?」

「いや、平安時代の創始とされているが、その根源はもっと古くにあるようだ。壇ノ浦ひえひえがオリジンということで間違いはないのだろうが、ひえひえの時点で常人離れした化物扱いはされておったようでな。血統の選別は以前より行われておったらしいのだ」

「話そらすなら終わりにするけど?」

「待て待て待て! 方向性自体は悪くないのだ。ただ……そうだな。漢語っぽい音読みが中国っぽさをそこはかとなく醸し出しているのだ。ここは訓読みで……ヒエンではなく、とびつばめのほうがいいのではないかということだな!」

「なるほど。言われてみればそれっぽいかも。古くからあるような……って今ネーミングしてんだけどね! じゃあ五十七教はとびつばめでいい?」

「いや……とびつばめはもっと速い技にとっておきたい」

「難しいなぁ。五十七教も出は速いと思うけど……昆虫とかでもいいのかな。自在に動く感じだとトンボとか。ホバリングもできるしさ」

「うむうむ……トンボ、ハチ、あたりは使いどころがありそうだが……その、今思ったのはともちゃんの提案と全然関係なくて申し訳ないのだが、斑鳩(いかるが)はどうであろうか?」

「いかるが? 奈良の? ん? 鳩じゃん!」

「実は斑鳩は鳩ではなくて、イカルというスズメ目の鳥で、古代の奈良のあたりに多く棲息していたため地名となったらしいが諸説ある」

「諸説はどうでもいいけど、なぜそれ?」

「なんか……かっこいい気がしたから……」

「そんな名前のシューティングゲームあったけどね! てか、お姉ちゃんが名前付けたいって言って始めたんだから、私は特に文句ないけど?」

「ちなみにゲームのほうのネーミングの由来は、イカルが白黒の鳥だからだな」

「あ、なるほど」


 シューティングゲームの斑鳩では弾に白と黒の二属性が存在し、切り替えながらプレイする。これまでタイトルの由来など気にしたことはなかったが、言われてみると納得できてしまった。


「イカルがどんな鳥か知らないけど、もうそれでいいよ」


 ということで五十七教は斑鳩となった。


「でも、今から名付けてしれっと昔からありましたよってするのは、なんとなく罪悪感がなぁ」

「方便と考えよ! 数字で教えられるほうが困るであろうが!」

「わかった。割り切るよ」

「ではせっかくなので飛燕(とびつばめ)に何を割り当てるかを決めておくか」

「うちで最速の投擲技かぁ。となると四十三教じゃない? 全力で投げるやつ」


 四十三教は溜めもモーションも隙も大きいが、威力は絶大という技だ。威力を求めれば最速となるのは当然だった。


「全力は四十八教だろう。どちらにしろ燕というような軽やかな感じではないな」

「となると威力よりは、技の出の速さを重視かな。じゃあ六十二?」


 こちらは懐に入っている小石などを取り出す動きから続けてそのまま投げ付ける技だ。


「初動重視となるとそれか。ちょっと居合いっぽい感じがそれっぽいか?」

「それっぽいかはわかんないけど、違和感はないからいいんじゃない?」

「じゃあ飛燕は決定だ。で、今思ったのだが、燕は何かと使い勝手がいいのではなかろうか?」

「鷲や鷹よりは日本古来感があるかな?」


 鷲や鷹も古代から存在する言葉なのだろうが、なんとなく固い感じがするためだろうか。燕のほうがより日本感があると言われればそんな気もしてきた。


「うむ。それらは雅に欠ける気がするな!」

「なんとも言い難いんだけど、じゃあ燕系でいくつか考える?」

「実際の言葉でありそうなもので言えば、穴燕(あなつばめ)雨燕(あまつばめ)岩燕(いわつばめ)海燕(うみつばめ)などがあるな。言ってみてなんだが、属性付きぽくていいのではないか?」

「属性って言われても。水とか岩とか飛び出してくるわけじゃないし」

「あるにはあるな。液体状の毒や酸をばらまくのが裏二十八以降だ」

「そんなんあるの!?」

「ともちゃんは才能あるのにマジメにやらんからなぁ……まだ裏まで進んどらんだけだろ」

「いやぁ、あんまり積極的にやる気がないというか……」


 修行が嫌いというわけでもないが、好き好んで積極的にやりたいとまでは思っていなかった。家伝なので後代に伝承する義務感ぐらいはあるが、言ってみればそれだけの話であり特別な思い入れはなかった。


「まあ、毒とか使うのはもうちょっと邪悪感溢れる技名にしたいから、今回はやめておこう」

「そもそも、福良ちゃんに教える技に名前を付けとこうって話だしね」


 さすがによく知らない技を教えることはないだろうし、毒とか酸は護身術の域を超え過ぎだろうと知千佳は思った。


「雨なら水という属性以外だと、広範囲だとか逃れられないとかいったイメージか。八十七教あたりが妥当かと思うのだが」


 八十七教は回転しながら周囲に礫をばらまく技だ。その様子が雨のように、と言えなくもなかった。


「雨はそれでいいとして、穴とか岩とか海とかはちょっと思い付かないなぁ」

「全てを一気には無理だろう。すでに教えているのは何かあるか?」

「普通に投げるやつとかは真っ先に教えたけど、十八教」


 十八番(おはこ)という言葉があるぐらいなので十八は覚えやすい。さすがに間違えていないはずだった。


「十八教か。あれは真っ直ぐ投げるだけなんだが……燕以外の鳥で考えるか」

「鳥縛りは絶対なんだ。んー、シマエナガとか?」


 北海道に棲息する、雪の妖精と呼ばれるぐらいに可愛らしい見た目が特徴の野鳥のことだ。


「それ、ともちゃんが好きなだけだろ。いや、我も好きだが、技名にはなぁ」

「雀とか? 福良ちゃんの名前はそこかららしいけど」


 極楽天家では縁起のいい名前を付ける慣習があるらしく、ふくら雀から付けられたとのことだ。福良も雀が好きなのか、鞄にはふくら雀の根付けを付けていた。


「シマエナガもそうだがあまり強そうなイメージではないな」

「うーん……強そう……鷲とか鷹が駄目なら……鴉はどう?」


 知千佳は住宅地でゴミを漁っている姿を思い描いた。狡猾でしぶとそうなイメージがある。


「お! いい線をいっているのではないか? 日本古来という感じがするしな! 八咫烏(やたがらす)とかもおるし!」

「八咫烏をそのままは恐れ多いか」

「だな。十八教は通常技といったイメージだ。もし使うとしてももっと大技だろう」

「じゃあ鴉単体でもいいんじゃ」

「あー、シンプルな単語だけってのも逆につよわざ感があるのだよなぁ」

飛鴉(とびがらす)?」

「やってることは飛燕と同じなんだが、なんかしっくりこんよな」

「じゃあもう鴉を含む単語を調べるよ」


 知千佳はジャージのポケットからスマートフォンを取り出した。


「しっくりくるやつ……これはどうかな? 明鴉(あけがらす)

「意味はどうだ? あまりにも的外れだと困るのだが」

「えーと……明け方に鳴くカラス。またはその声。夜明け烏ともいう、と。あとは、男女の交情の夢を破るつれないものって、さすがにこれは……」

「よし! 無茶苦茶的外れ感もない! つれないとは冷淡とか無情といった意味だ! 命を終わらせ無情を告げる鴉ということで一つ!」

「技とあんまり関係ないし、それ言いだしたらだいたいの技が命を終わらせるんだけど、お姉ちゃんがいいならいいよ」


 他に考えるのも面倒になった知千佳はそれでいいことにした。


「おおよその傾向は掴めてきたか。だったらこのまま大技も決めておこう。さっきの四十八教だ。あれは威力がとんでもないからな。ちょっと派手めにいきたいところだ」

「あれ、福良ちゃんに教えちゃって大丈夫かな。たぶん、そのままじゃ無理だと思うけど」

「術理の全ては再現不可能だろうからできる範囲でやるしかないわな。万が一の際に便利ではあるし」


 全身の筋肉、腱、骨を用いるのはもちろんのこと、血流や内臓の動きまで全てを利用した全力の投擲だ。当然、普通の人間では再現不可能なので、制御可能な部位だけを用いて応用するしかなかった。


「じゃあそれが八咫烏でいいんじゃ?」

「八咫烏……八咫烏なぁ……何か違う気がするのだ。こちらも大技に使ってよいとは思うのだが、こんな頭悪い脳筋の一撃みたいなのではなくて、もっとテクニカルな技にこそ相応しい名なのではないかという気がするのよなぁ」

「強そうな鳥……鷲とか鷹じゃだめなんでしょ? 始祖鳥とかしかないんじゃない?」

「アーケオプテリクスか。さすがにそんなん古代日本人は知らんだろうしなぁ。いや、ハッタリは効いていると思うのだが……いっそプテラノドンとかどうだ!」

「どうだじゃなくて、それ翼竜だし、カタカナになってるんだけど、それでいいなら……やっぱよくないわ」


 知千佳は、この技はプテラノドンだよ、と教えている自分の姿を想像した。さすがにそれはやりたくなかった。


「翼竜ならケツァルコアトルスは?」

「同じじゃん!」

「同じではない! プテラノドンは歯のない翼という意味でギリシャ語由来。ケツァルコアトルスは、アステカ神話に出てくる翼ある蛇神ケツァルコアトルが元になっているのだ!」


 知千佳が後で調べたところ、ケツァルコアトルの由来がアステカの古代語で羽毛ある蛇とのことだったので、大元は似たようなネーミングだった。


「強そうな……じゃあさ。架空の強そうな鳥でもいいんじゃないの? あ、朱雀(すざく)とかさ!」

「朱雀! いけそ……いや。四神から名付けるのは格闘漫画でもやっとるしパクリくさいのだが……」

「別によくない? 同じ名前で別の動きって結構あるよ?」


 たとえば掬い投げ。同じ名前の技が柔道と相撲にあるが、掬う場所が異なるため見た目は違う技だ。


「だがファンタジーやら神話から持ってくるのはいけそうな気が……っ! そう、迦楼羅(かるら)だ!」

「カルラ? 聞いたことはあるような……。それ、日本語?」

「仏教用語だし大丈夫だろ! 仏教の伝来で伝わっとるはずだし、昔からこうでしたが? が通りやすいのも大きい!」


 迦楼羅は天龍八部衆の一尊であり、仏法を守護する護法善神だ。その姿は巨大な鳥とされているが、一般的には鳥頭人身として描かれている。

 平安時代に制作されたとされる胎蔵界曼荼羅に迦楼羅は描かれているので、流派ができたころからこの名前だと伝えても信憑性はあるはずだ。


「迦楼羅って強いの?」

「神の一種だし、蛇や龍を食べるのでそれらの天敵なのだ! 龍は強いに決まっておるし、さらに強いのが迦楼羅ぞ! 鳥系としては最強格だろう!」

「ああ、うん。じゃあそれで」


 一人で勝手に興奮する千春を見て知千佳は若干引いていた。


「こんにちはー」


 もうそろそろネーミング会議はいいのではないか。そう思っていたところで道場の外から声が聞こえてきた。

 勝手に門を入って道場までやってこられるのは家族以外には一人しかいない。

 極楽天福良。今のところは壇ノ浦流の唯一の弟子で、今年の春から中学生になる少女だ。裕福な家庭のお嬢様であり、見目麗しいためよからぬ輩に狙われやすい。だというのに護衛が付き従うのを嫌い、自ら身を守るために壇ノ浦流の門を叩いたのだった。


「ふむ。今日はこんなところだな。今日決めた技はちゃんと名前付きで教えるのだぞ」


 千春が立ち上がった。


「えーっと、五十七が斑鳩、六十二が飛燕、八十七が雨燕、十八が明鴉、四十八が迦楼羅でいいんだっけ?」

「そのはずだ。後で資料にまとめておこう」

「資料ならまず現状の整理からお願いしたいんだけど」


 技は覚えていても、対応する番号まで覚えているかというとあやしかった。


「善処しよう」


 千春が出ていくと、代わりにジャージ姿の福良が入ってきた。


「千春さんと稽古でもされてたんですか?」

「いや、だらだらしてただけ。じゃあ稽古しようか」


 知千佳は伸びをしながら立ち上がった。


「あ、そういやさ。技の名前って教えてたっけ?」


 知千佳はしれっと話を切り出した。


「いえ。特に教えてもらってないので、ただの基本の投擲技なのかと思っていました」

「えとね、こないだ教えたのは明鴉ってやつで」

「なるほど、名前があったんですね!」


 福良が目を輝かせている。


 ――ううっ。何か罪悪感が!


 教える側が技の名前を決めた。ただそれだけのことのはずだが、知千佳は何か悪いことをしているような気分になってきた。

解説(書籍版ではあとがきで各話解説をしていましたので、各話ごとに書いておきます)


 せっかくだから姉の千春も出しておこうという話です。名前についてあれこれ言ってるだけの話なのでどうでもいいといえばどうでもいいですが、ここで付けた名前が極楽天福良さんが主人公の話で登場している感じです。

 ちなみに歩法については、箭歩のような名前ついてるのもありますし、さすがに奥義には名前があります。壇ノ浦流運転術だとかはもこもこが適当に言っているだけです。

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