第6話 ラティと光の演出
光祭り当日の朝、私は早くからカフェに立ち、窓から村の通りを眺めていた。
風はやわらかく、朝露を乗せた空気が肌を撫でる。
通りには、もう人の気配があった。
子どもたちが光玉を吊るすための紐を張り、婦人たちは手作りの屋台飾りに色紙を結んでいた。
そして——その中心に立つのは、かつて一歩も外に出られなかった少年、ラティ・コーン。
「もう少し右……うん、それで高さぴったり」
指示を出しながら、彼は自ら手を動かし、魔術陣で浮かせた光玉を位置調整していた。
周囲の子どもたちも慣れた様子で彼に話しかけ、誰も彼を“変わり者”とは呼ばない。
「すごいな、ラティくん」
私はそっと声をかけた。
彼は少し照れたように笑い、そして言った。
「こんなに“誰かと一緒に”何かやったの、初めてかもしれない」
彼の幸福値は、18 → 29へと上がっていた。
数日で10以上の上昇——この村で一番急成長している数値だった。
「あとね、エルフィナさん。僕、演出を考えたんだ」
「演出?」
「祭りの終わりに、空に光を放つ“結晶術式”を応用して、“祝福の文字”を浮かべるの。村の空に、“ありがとう”って出すんだ」
私は思わず微笑んだ。
「それは素敵ですね。でも、結晶術式の安定性には注意して——」
「うん、大丈夫。何度も試してる。……もし成功したら、“次の自分”に進める気がするから」
次の自分。
私はその言葉に心が震えた。
幸福値という数字だけでは測れない何かが、ラティの中で生まれているのを感じた。
*
祭りが始まると、村はまるで色を取り戻したようだった。
太陽が傾き、空が橙色に染まり始めた頃。
通りには紙灯籠と光玉が揺れ、パンと焼き菓子の香ばしい匂いが漂う。
マリアとダグラスの屋台は行列ができていた。
パンには「希望」「絆」「明日」といった幸福ワードが刻印され、子どもたちが競って選んでいた。
幸福値の変化は、目に見えていた。
・マリア:36 → 40
・ダグラス:35 → 39
・クレア:30 → 34
・アリシア:26 → 31
・ラティ:29 → 35
そして、村の“総幸福値”は……
997 → 1003
しきい値を超えた。
その瞬間、私は店の奥、遺跡の扉が“音を立てて完全に開く”のを、はっきりと感じた。
空気が震え、どこかで古い仕掛けが動き出したような感触。
——だが、私はすぐにはそこへ向かわなかった。
祭りは、まだ終わっていない。
*
日が落ち、最後のイベント——“光の演出”の時間になった。
人々は広場に集まり、カウントダウンを始める。
「10、9、8……」
舞台の端に立ったラティは、深呼吸をし、魔術陣に両手を添えた。
——発動。
ふわり、と空に淡い光が舞い上がる。赤、青、金、緑……無数の光玉が空に広がり、やがて円を描いて浮かび上がった。
《ありがとう》
空に、光の文字が現れる。
ざわめきと、拍手と、子どもたちの歓声。
人々の顔が、まっすぐに笑顔になっていく。
——そして、そのとき。
幸福値が、全員分、一気に上がった。
・ラティ:35 → 43
・マリア:40 → 45
・クレア:34 → 38
・ダグラス:39 → 44
・アリシア:31 → 36
・エルフィナ:自身 28 → 33
私は、気づけば涙を流していた。
この感情が、数字で示されること自体に、どこか悔しさもある。
けれど、確かにここにある“幸福”を、私は見逃さずに抱きしめたいと思った。
その夜。
祭りが終わり、人々が帰ったあと。
私はひとり、カフェの奥、物置の裏にある扉の前に立った。
扉は、開いていた。
奥には、ひんやりとした空気と、薄い光が満ちていた。
「——遺跡が、呼んでいる」
幸福によって開かれた封印。
この先にあるのは、失われた過去か、それとも未来か。
私は、静かにその中へ足を踏み入れた。




