第32話 旅のはじまり、風のかたち
風を感じるとは、どういうことなのか——
その問いを胸に、ミーナたちは南へと向かっていた。
エルフィナの村を発った四人は、古道と呼ばれる苔むした小径を歩いている。道なき道を越え、川を渡り、森を抜ける。目的地は“学都セレスティア”——かつて神機の管轄から外れ、独自の思想と知識を育んだ自由都市だ。
「セレスティアって、どんなとこ?」
背中の荷物を揺らしながら、ユリが声を上げた。
「自由なところ、ってオルステンが言ってた。幸福の定義も、人それぞれって」
ラティが答える。
「定義もなにも、そもそも数値で測るものじゃないって……それを最初に宣言したのが、セレスティアらしいよ」
グリフが補足する。
「なんか難しそうだなあ。うちらみたいな元・管理下の民が行っていいのかな」
「いいじゃん。自分の足で歩けてる、それがもう立派な旅人って証だよ」
ミーナのその一言に、皆が少し照れながら笑った。
初めての野営。
夕暮れが迫り、森の入り口にテントを張る。グリフが小枝を集め、ラティが火を起こす。ユリは川で水を汲み、ミーナは飯盒で粥を炊いた。
「ねえ、ミーナ」
火を囲んで食事を終えたあと、ラティがぽつりと訊いた。
「君は、ほんとは何を探してるの?」
「え……」
「幸福っていうけどさ……自分の幸福が何かなんて、ほんとはわかってる?」
ミーナはしばらく考えて、やがて静かに答えた。
「……わからない。でも、わかりたい。知りたいの。数字で言われなくても、自分で“これだ”って胸を張れる何かを」
その言葉に、皆が黙った。 けれど、それは沈黙ではなく——共鳴だった。
その夜、空には満天の星が輝いていた。 幸福値が消えても、空は変わらない。そのことが、なぜか安心をくれる。
翌朝。
一行は山道を越えて“リグラ村”にたどり着く。
そこは、かつて神機に従わなかった“脱価値領域”の一つ。 集落は小さいが活気があり、数値化とは無縁の“相互扶助”が自然に機能していた。
「よそ者か? 泊まっていくといい。労働一日分で飯と屋根はあるぞ」
長老の言葉に、若者たちは驚く。
「労働? ……なんか新鮮」
ユリが笑う。
「幸福って……たぶん、こういう“ありがとう”の中にあるんじゃないかな」
ラティが呟く。
一日、畑を耕し、家を修繕し、羊の世話を手伝う。 泥にまみれ、汗をかいて、皆で食卓を囲んだ夜。
幸福の数値は視えなかった。 でも——
「……幸せって、疲れた身体で飯がうまいってことかもね」
グリフの言葉に、皆が吹き出した。
翌朝。
村を出発する四人に、長老は干し肉と羊毛のマフラーを手渡した。
「旅の途中、寒さを感じたときはこれを巻け。そして思い出せ。おまえたちは、数値じゃない“重み”で迎えられたのだと」
深く礼をして、再び旅路へ。
目的地はまだ遠い。 けれど、心には確かに“何か”が芽生えていた。
旅とは、道のりではなく、見つける行為そのもの。 幸福とは、終点ではなく、その“気付き”の連なり。
風は吹く。 空は広がる。
ミーナたちはまた、一歩を踏み出した。




