表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放聖女は“幸福値”しか視えません  作者: 東野あさひ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/52

第29話 幸福という名の未来

「エルフィナ、少し手伝ってくれるかい?」


朝の光が差し込む村の広場で、ラティが笑顔で声をかけてくる。彼女の手には数枚の紙と木の枝があり、今日は“幸福学校”の授業で使う工作の準備をしているらしい。エルフィナは頷いて近づくと、紙を一枚受け取った。


そこには「あなたのしあわせな一日を描いてみよう」と書かれていた。


「すてきなテーマだね」


「うん。でも、最初は“未来の幸福”って題にしてたの。でもみんな、うまく描けなくてね」


エルフィナは小さく息をのんだ。未来の幸福——それは、この世界にとっても、彼女にとっても最も難しい問いだったから。


「いまを感じることが、きっと第一歩だよ」


そう言ってエルフィナは地面にしゃがみ、木の枝で紙の端を押さえながら子どもたちの席を準備する。広場の端にはマリアが立っていて、医療講習を終えたばかりの青年たちに簡単な体操を教えていた。


幸福の定義は、村ごとに変わる。いや、ひとりひとりによって違っていい——それが今の村の信条だった。


そしてその信条は、静かに、しかし確実に世界へと広がり始めていた。


リュカオンを巡る騒動のあと、各地の“神機依存圏”は急速に崩れつつあった。数値管理が形骸化し、神族が人間世界へ直接干渉することも減っていった。


ジャレッドは各地を巡り、幸福値に頼らない新たな自治の形を伝えていた。


「人々に共通する幸福は、案外シンプルだったよ」


そう彼は語った。


「誰かと食事をすること、誰かに感謝を伝えること、そして——誰かを愛すること」


ジャレッドは村に戻るたびに、子どもたちに旅の土産話をしてくれるようになった。


その日も、広場の真ん中で地図を広げ、各地の村や都市の“幸福のかたち”を語っていた。


「砂漠の町では“涼しさ”が幸福だったよ。だから噴水の前にみんなが集まってね、夜には音楽とダンスが始まるんだ」


「森の奥の部族では、毎晩“火の前で静かに座る時間”が幸福なんだって」


子どもたちは目を輝かせてその話を聞いていた。


エルフィナはその様子を見守りながら、ふと考える。


(わたしの、幸福は……)


あの日、リュカオンの演算が停止し、彼女は“記録者”としての役割を手放した。もう誰の幸福も、数値で視ることはできない。だがそれは、かえって彼女の世界を“広く”した。


幸福が視えないからこそ、誰かの言葉を、仕草を、涙を、深く感じることができた。


(たぶん、それが答えなんだ)


世界は変わった。けれど、まだ道半ばだ。幸福を取り戻した村があれば、幸福を失ったままの都市もある。古い神機の残骸から“再演算”の兆候が見つかる場所もあった。


それでもエルフィナは、焦らなかった。


焦らなくてもいいと思えたからだ。


なぜなら、彼女が歩くこの道が、いつか誰かの光になると知っているから。


「エルフィナ、ねえ見て! わたしの描いた“しあわせな一日”!」


小さな女の子が、紙を広げて走ってくる。そこには、エルフィナがパンを焼いてくれる様子、ラティが絵本を読んでいる姿、マリアが手当てをしている場面が並んでいた。


「うわあ……これ、すごく嬉しい」


「ふふーん。ジャレッドのことも描いたよ」


「えっ」


紙の端に、ちょっと不器用に描かれた金髪の男がいた。


エルフィナは思わず笑い出す。ジャレッドが「なんだと?」と照れたように肩をすくめている。


陽が落ちていく。


広場に集まった人々は、それぞれの“幸福の一日”を並べて見せ合っている。


泣いている絵もある。笑っている絵もある。黙って手をつないでいる絵も。


それらはどれも、数値では測れない。


——けれど、確かに“ここにある”。


それで、充分なのだ。


夜風が吹き、空に星がひとつ、またひとつ灯る。


世界はまだ未完成だ。


だけどそれは、悲しいことじゃない。


幸福は完成されるものじゃない。感じ、手渡し、育てていくものだから。


エルフィナは空を見上げる。


幸福とは、いま、この瞬間、誰かと分かち合えること。


そしてその未来は、今ここから始まっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ