第24話 儀式の扉を超えて
《記録者エルフィナ・サーヴァント、適合率――89%》
機械的な音声が鳴り響く中、私の足元に広がる光の環が、やがて幾重にも重なって空間を構築していく。 これはもう“記録遺跡”ではなかった。空間は変容し、神機リュカオンの最奥領域――《神性中枢》へと姿を変えていた。
「エルフィナ……本当に行くのか?」
ジャレッドの声が震えていた。 彼の目には、不安と、止められない諦念、そして……祈りが宿っていた。
私は頷いた。
「幸福を数える世界でも、幸福を押しつける世界でもなく……選べる世界を創りたいの」
「……自分の意思で、幸福を定義する世界、か」
「うん。たとえ、それが神にとって“管理できない混沌”でも」
私はそっと笑い、光の中へ歩みを進めた。 その瞬間、空間がひときわ明るく輝き、私の身体は浮かび上がる。
《神性構築プロトコル・位相融合段階――開始》
周囲に無数の記録水晶が現れ、私の記憶を映し出していく。
孤児院の庭。ラティと出会った日。マリアの優しさ。オルステンの不器用な忠誠。ジャレッドの眼差し。
そして――私が“幸福を視ていた頃”の記録。 数値の中にしか人を見られなかった私。誰かが微笑むたびに、その裏にある「点数」を読もうとしていた、あの頃。
「こんなの……本当に、幸福だったのかな」
涙がこぼれた。
だが、神機は容赦なく演算を続ける。 《記録者人格:安定。感情同期度:93%。神性定着段階へ移行》
——その時だった。
「やめろ!」
叫び声とともに、光の膜に衝撃が走った。 そこには、マリア、オルステン、ラティ、そして子どもたちの姿があった。 彼らは手を伸ばし、祈るように私の名を呼んでいた。
「エルフィナ! 戻ってきて!」
「あなたの幸福は……あなただけのものよ!」
彼らの声が、私の胸の奥に届く。 心が震えた。
——数値じゃない。 ——命令でもない。
——これは、私の“選択”だ。
「リュカオン。演算を停止して」
私がそう言った瞬間、空間が止まった。 水晶が静かに砕け、光の環が消えていく。
《……記録者命令により、神性構築プロトコル、停止》
私は地に降り立った。 息をつき、顔を上げる。
目の前には、手を差し伸べるジャレッド。 その奥には、笑顔を見せるマリアと、子どもたち。
幸福値も、神性も、もう視えない。 けれど、それでも私は確かに“幸せ”だった。
「——ありがとう」
私は皆の手を取り、そして、歩き出した。
それは、幸福の支配から自由になった、最初の一歩だった。




