第18話 神機と共鳴する者
神機リュカオンが静かに光を閉じたあと、村には深い静寂が訪れた。
空は晴れ渡り、あの黄金の霧——スマイルダスト——もすべて消えていた。
けれど私は、胸の奥に何かが残っているのを感じていた。
「終わった……のか?」
オルステンが、抜き身の剣を鞘に戻しながら私の隣に立った。
私はうなずく。
「……神機の演算は停止した。でも……完全に終わったわけじゃない」
私は空を見上げる。そこに神機はもう存在しない。
だが、あの存在は“ただ眠っているだけ”だと直感でわかった。
それは、私の中に“何か”が残っているからだ。
(あのとき、私は神機と……つながった)
幸福を視る力。それは“人の心”に干渉する力でもある。
私が数値として感じていた幸福は、もしかしたら——
神機と共鳴することで、“世界の意思”にも接続していたのかもしれない。
「……記録者としての資質」
小さく、誰かの声が響いた。
振り向くと、そこには意識を取り戻したジャレッドがいた。
「君は、“記録者”でありながら……“解放者”になった」
「……どういう意味?」
「神機はね、人類の幸福を“記録し、保存し、最適化する”存在。
でも本来、それは神族が“管理するため”のものだった。
君は……その支配から人の幸福を解放した」
「私はそんな……」
「いや、君にしかできなかった。
なぜなら、君は“視ることをやめる選択”ができたからだ」
——視ることをやめた。
あの瞬間、私は確かに幸福値の表示を手放した。
そして、代わりに“感じる”ことを選んだ。
それが、神機にとって“共鳴”だったのかもしれない。
「……それじゃ、あの光景は全部私のせいだったの?」
「半分は、ね」
ジャレッドは苦笑した。
「もう半分は……俺の野心だよ。
幸福を管理すれば、争いもなくなるって、本気で信じてた」
「それは……間違いじゃない。でも、誰かの意思で決める幸福は……」
「それはただの“模造品”だろ?」
——声がした。
木の陰から現れたのは、ラティだった。
「あたし……スマイルダストを浴びたとき、
“幸せにならなきゃ”って、頭がぎゅーってなって……でも心が冷たかった」
ラティは自分の胸元を押さえた。
「それって、きっと“他人に決められた幸せ”だったからだと思う」
彼女の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
「……ありがとう、ラティ」
「お姉ちゃんが泣きそうな顔してたから……ずっと言いたかった」
そう言ってラティは私の手を取った。
彼女の幸福値は、視えなかった。
だけど、わかる。
この“ぬくもり”こそが、私にとっての幸福だ。
「ねえ、エルフィナ」
隣にいたマリアが、そっと声をかけてきた。
「あなたの“視える力”って……なくなったの?」
「……ううん。まだ、ある。でも、私はそれに頼らないことにしたの」
「でも、それってあなたの力でしょ?」
「そう。でも力は“使い方”を選ばなきゃいけない。
私は……幸福を数値で判断するんじゃなく、
一緒に感じ合うことを選びたいの」
マリアは優しく微笑んだ。
「……それが、あなたの幸福なのね」
私は答えず、ただ頷いた。
そのとき——空が再び、かすかに震えた。
光の粒が舞い降りる。
「神機……?」
オルステンが剣に手をかけたが、私は首を横に振った。
「違う。これは……神機の“共鳴”の残響」
空から、かすかに聞こえる声があった。
《記録者の選定、完了。幸福演算、停止。
新たな記録は、“未来”に託されます》
「未来……」
私は、その言葉を胸に刻んだ。
幸福は、与えられるものじゃない。
未来へと“託す”もの——
そして、探し続けるものなのだ。




