第12話 幸福のしずくと“未来の聖女”
遺跡の第二層が開かれてから、私はしばらくの間、ひとりでそこに通い続けた。
誰にも告げず、ひっそりと。
——それは、私自身の“記録”を確かめるため。
第二層の空間は、第一層とは違い、まるで図書館のような構造をしていた。
古代の石板や、浮遊する魔法文字がゆっくりと回転し、空間全体が“思考”しているように見える。
そしてその中心にあったのは、一冊の本。
……いいえ、それは“本のような何か”だった。
私はそれに触れた。すると、周囲の空気が一変する。
*
【映像3:記録対象・エルフィナ・エルトリア】
──対象は、聖女見習いとしての教育を受け、十六歳で正式な聖女に任命される。
だが、奇跡を失った日を境に、王国を追放される。
──幸福値可視化能力の覚醒は、“追放の日”に発生。
対象の心的負荷と断絶、自己喪失と再定義により、観測能力が発現。
──この能力は、第三層への鍵の一つであると推定される。
*
(私……“記録されてる”?)
混乱と驚きが交差するなかで、私はページをめくるように、次の映像を再生した。
*
【映像4:旧聖女・カレンの記録】
──幸福とは、他者によって与えられるものではない。
“自らの意思で見出すもの”である。
──だが、他者が“幸福を視る”ことができれば——その灯を手渡すことは可能となる。
──未来の聖女よ。あなたに、幸福のしずくを託します。
この遺跡の全てを解放できるのは、“他者の幸福に心を寄せ続けた者”ただ一人です。
*
私は膝から力が抜け、そっとその場に座り込んだ。
私が持っていた“能力”は、ただの代償ではなかった。
追放の末に授けられた“罰”などではなく、未来へ繋ぐための“贈り物”だったのだ。
「……どうして、今まで気づかなかったんだろう」
私は唇を噛みしめる。
これまで、私は何度も自分を責めていた。
“役立たず”と呼ばれた日々。
奇跡を失った聖女として、誰にも必要とされなかった過去。
けれど。
幸福値を視るこの力が、次の聖女を繋ぐ役目だとしたら——
私は今、この場所にいる意味を、やっと得られたのかもしれない。
「……戻ろう」
私は立ち上がる。
あの人に、この記録を伝えよう。
オルステンに、私の過去もすべて話そう。
そのとき。
第二層の奥から、かすかな風のような声が聞こえた。
「——まだ、残っているよ」
私は振り返る。
誰もいない。けれど、確かに聞こえた。
まるで誰かが、第三層の奥から私を呼んでいるようだった。
(次の扉……“第三層”)
遺跡の真実は、まだその先にある。
*
「なるほど。そういうことだったか」
翌朝、カフェのカウンターで話を聞いたオルステンは、静かに頷いた。
「お前が“聖女だった”ってのは、最初から分かってた」
「えっ……」
「喋り方や仕草、パンの並べ方ひとつにも、育ちの良さと気品が滲み出てる。
村の奴らは気づいてないみたいだったが、俺にはわかった」
「……どうして、言わなかったんですか?」
「言いたくなるのを待ってた。過去は、自分で引き出さないと意味がねぇ。
押しつけられた赦しは、誰も幸せにしない」
その言葉に、胸が詰まった。
——この人は、ずっと私のことを見ていた。
「……ありがとうございます」
私はそっと微笑む。
彼の幸福値が、またわずかに上がった。
幸福値:16 → 17
*
数日後。
私はカフェの常連たちと協力し、村の中央に“幸福の記録ノート”を設置した。
それは、日々の“嬉しかったこと”を自由に書き込める、ちいさな日記帳。
「今日、子どもが初めてありがとうって言ってくれた」
「雨の日に、知らない人が傘を貸してくれた」
「パン屋の新作、ほんとに美味しかった!」
そんな何気ない一言が、一人ひとりの“幸福”を育てていく。
そして私は、毎晩そのノートを開き、幸福値の変化をそっと記録した。
(……この村は、少しずつ変わっていく)
——でもそれは、誰かに変えられるのではない。
“自分のなかにある灯”に気づくことから始まる。
だから私は、今日もパンを焼く。
小さな幸福の香りが、誰かの心に届くことを祈って。
そして、次の“扉”を開くために——




