表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放聖女は“幸福値”しか視えません  作者: 東野あさひ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/52

第11話 記録に刻まれし心と幸福の灯

その日、私は少し手の込んだタルトを焼いた。


生地には小麦粉と全粒粉を半々に使い、甘さは控えめ。

スパイスとしてシナモンをほんの少しだけ利かせて、煮詰めた赤リンゴと白リンゴを交互に重ねた。


「“思い出のタルト”……きっと、こんな味だったはず」


オルステンの言葉を頼りに、私は一つひとつの材料を選び、焼き上がりの香りに心を寄せた。


あの人の記憶のなかにある、微かな幸福の形。

その片鱗に、少しでも触れられたらと願いながら。


焼き上がったタルトを籠に包み、私は村の外れ、小屋の扉をノックした。


「来たぞ」


低い声が返ってきた。

けれど、その声にはあの日のような棘はなかった。


「お待たせしました。今日は特別な日でしょう?」


「……妹の誕生日だ」


彼は素直に椅子に腰かけ、無言でタルトを受け取った。

皿に載せて差し出すと、フォークを手に取り、ひとくち口に運ぶ。


「……うまいな。記憶に近い。いや、それ以上かもしれない」


幸福値:10 → 12


私は、手帳にそっと記録をつけながら、彼の顔を見つめた。


「妹さんが、笑っていた光景が思い出せるのなら、それは“幸福の記録”です」


「そう……なのか?」


「ええ。あなたが誰かを想って焼いたタルト。それは、あなた自身の“光”でもあります」


彼はしばらく黙っていた。

やがて、椅子の背にもたれて空を見上げた。


「……もう随分、空なんてまともに見てなかった。こんなにも広かったんだな」


「空はいつでも広くて、どこまでも続いていますよ」


「俺の心にも、続きがあると思っていいのか?」


「もちろんです。ゼロだったからこそ、今のあなたの歩みが意味を持つんです」


幸福値:12 → 14


その瞬間、私の胸元で、水晶片が鋭く光を放った。

——明確な反応。私はすぐにそれを手に取り、意識を集中させた。


(……呼んでいる)


遺跡の扉。第一層の奥、さらに深く、封印された場所。


——第二層が、開こうとしている。


「オルステンさん。遺跡へ、一緒に行きませんか」


「……理由は?」


「あなたの幸福が、世界に刻まれたからです。

幸福値ゼロからここまで回復した記録が、この遺跡の意思を動かしている。私はそう確信しています」


彼は立ち上がり、わずかに息を吐いた。


「……案内してくれ」


私は頷いた。



遺跡の第一層を越えた先には、さらに深い階段が続いていた。


壁には浮き彫りのような模様とともに、前回と同じ構造の水晶球が一つ浮かんでいる。


私たちが足を踏み入れたとき、水晶が淡く光り、記録再生が始まった。



【映像2:第二の記録者・イゼルの記録】


──私は、“幸福の喪失”を記録する者だった。

幸福はただ上昇し続けるものではない。人は必ず、どこかで“失う”。


──私は、失われた幸福をどう記録するべきか悩んだ。

だが、あるとき気づいた。

ゼロになった瞬間こそが、もっとも“純粋な再出発点”であると。


──幸福値ゼロから再び歩き出した者は、誰よりも強い光を宿す。

その歩みは、ただの数字ではない。未来をつなぐ道標となる。


──この記録は、“ゼロから歩き出したあなた”に捧げる。



再生が終わると、遺跡の天井に刻まれた文字がひとつ、鮮やかに輝いた。


《幸福回復者:登録番号0158 オルステン・グレイヴ》

《記録完了:第二層解除条件達成》


私は思わず、口元を押さえた。


「オルステンさん……あなたは、この世界に必要とされている」


彼はしばらく何も言わなかった。

けれど、やがて、静かに呟いた。


「……救われるわけじゃない。赦されるわけでもない。

けれど、あの子の笑顔を思い出した今なら、少しだけ……前に進める気がする」


幸福値:14 → 16


第二層は開かれた。


けれど私は知っていた。

これはまだ、始まりにすぎない。


この先には、もっと多くの“幸福の意味”が待ち受けている。


そしてそれは、私自身の過去とも、きっと繋がっていくのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ