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第8話 知りたかった理由



「おい、いつまでも黙ってないで早く答えろ。あまり私を待たせるな」



 その苛立った声が聞こえるまで、俺は呆然と立ち尽くしていた。


 少しばかり反応が遅れて、俺が視線をゆっくり向ければ、そこには杖を構えたソフィアがいる。


 大きな目を吊り上げて、不満そうに口を曲げながら俺を見つめる彼女の目には、先程と変わらない怒りを感じる。


 自身の怒りを鎮めるために俺から本心を聞き出そうとして、今も彼女は怒っている。


 本当に、この女は何者なんだ?


 ただ外見と仕草を見ただけで俺を元軍人だと言い当てた洞察力は、明らかに常軌を逸してる。


 見た物に対する気づきが尋常じゃない。それに、その気づいた違和感を情報として認識できる知識の量が明らかにおかしい。


 俺が見せた手帳を一瞬で魔法手記だと判断したことは、まだ理解できる。彼女も魔法使いだ。魔法手記がどんな物か知っていれば当然だ。


 しかしそれ以外のことは、ただの魔法使いが知るはずのないことばかりだった。


 どうして、ただの魔法使い風情が姿勢や歩き方の違和感に気づけるんだ?


 戦闘職の特徴も、なぜか彼女は知っている。


 それに加えて、なんで彼女は俺の剣の特徴が遠方の国の物だとわかったんだ?


 本来なら魔法使いが知る必要もないことを、どうして彼女は知っているのか?


 その答えを必死に考えたところで、俺にわかるはずもない。


 だが、そんな俺でも――これだけは断言できた。


 間違いなく、ただの魔法使いじゃない。どうしてこんな類稀な才能を持った人間が街外れの魔導具店で店主なんてやっているのか、俺にはまったく理解できなかった。



「外見を見ただけで……そこまであなたにバレるほど、俺には“あなたの言う痕跡”があったんですか?」



 困惑しながらも、どうにか絞り出した俺の言葉に、ソフィアの目が鋭くなった。


 それだけは俺の外見を見ただけでわかるはずがない。


 俺が魔法手記を売りに来た理由は、そんなことでわかるはずがない。


 しかし、これまで見せられた彼女の洞察力を考えれば、もうバレてしまったと考えた方がいいだろう。


 だからこそ、今の問いかけは、単なる俺の疑問だった。


 どうして、彼女はそんなことまでわかったのかと。


 そう訊いた俺に、ソフィアは面倒そうな深いため息を漏らしていた。



「……お前が魔法手記を持ってる理由は、いくつか可能性はあった。その可能性を絞ることができたのは、お前の一言があったからだ」


「一言?」



 そう言われたが、そんな言葉を言った覚えがない。


 俺が怪訝に眉を寄せていると、ソフィアが呆れた声で答えた。



「お前は私にこう言った。あるモノを正しく査定してほしいとな」



 その言葉は、確かに言った覚えがあった。


 俺が頷くと、ソフィアは話を続けた。



「そもそも査定で正しく、なんて言葉を使う人間は少ない。買取をする側の人間は、本来なら相場より高額を望むのが普通だ。それなのにお前は、あえて正しい査定と言った」


「それはあなたも安値を叩かれないためだと思いましたよね?」



 あの時のことを思い出しても、間違いなくソフィアは納得していた。なにも不審に思うことはなかったはずだ。



「最初はな。まさか査定品に魔法手記を出されるとは思わなかったが、それで確信した。お前の目的は、その魔法手記の価値を知ることだと」


「それで俺が売る可能性もあると思わなかったのか?」


「その可能性は、限りなくゼロだった。というより、あの時のお前は一度も売りたいと言わなかった。つまり、はじめから売るつもりがなかったってことだろう?」



 あえて俺が口にしなかった言葉すらも、彼女は気づいていたらしい。


 下手に売りたいと言えば、本当に買い取られる可能性もあった。だから、売りたいとだけ絶対に言わないように気をつけていたのだが、それも気づかれるとは思わなかった。



「あとはお前という人間がどういう奴かを読み取った上で可能性を絞っただけだ。何度も言っているが、魔法使いは魔法手記を死んでも手放さない。死んで見ず知らずの誰かの手に渡すくらいなら意地でも燃やす代物だ。それを他人に渡すようなことがあるとすれば、その人間が死んだ時くらいだ」


「だから託された魔法手記だとわかったのか?」


「そうだ。そういう相手は、大体信頼する人間に限られる。家族、恋人や同僚……いや、お前の場合だと友人あたりか?」


「……本当に俺を見ただけで、そこまでわかるのか?」



 これも彼女の洞察力が成せる技なのかと驚く俺だったが、意外なことに彼女は首を横に振っていた。



「今のはお前の反応を見ただけだ。言葉に対する些細な反応だけで、色々とわかることもある」



 この女、詐欺師に向いてるんじゃないか?


 普通に騙された。きっと彼女が言わなかったら、信じてた自信がある。


 思わず俺がムッと顔を歪めると、ソフィアは苦笑混じりに笑うだけだった。



「……ともかく、魔法手記はその人間にとって大切な関係の人間にしか渡らない」



 気を取り直して、そう語るソフィアの言葉には、どことなく重みを感じた。


 大切な人間から託された魔法手記、という言葉には、それなりの重みがあるらしい。


 その言葉で、俺は魔法使いにとって魔法手記は大切な物だと再確認した。



「だからこそ、私は怒ってる。魔法使いが魔法手記を売ることも論外だが、託された魔法手記を売ろうとする行為は、その行為自体が魔法使いを馬鹿にしている。その手記を託した魔法使いは、並々ならぬ想いがあって、それをお前に託したんだ。そんな物を仮に売る気がなかったとしても、売るための査定に出した。それはあまりにも……死んだ魔法使いの想いを馬鹿にしてる」



 その言葉の端々に、ソフィアの怒りを感じた。


 彼女の怒りは、俺の想像以上に深い思いやりの気持ちが込められていた。


 魔法使いにとって大切な魔法手記を売ることは、その魔法使いを馬鹿にした行為。それは俺もわかっていた。


 だが、このソフィアは、それ以上の思いやりから怒りを露わにしていた。


 俺が持っている、託された魔法手記の本当の持ち主を思って、怒っている。


 この手記を俺に託そうとしたセドリックの想いを汲んで、それを売ろうとした俺に殺意を向ける。


 たとえ、それが会ったこともない他人だとしても、彼女が怒る理由になるらしい。


 それだけ魔法使いの在り方を重んじてる人間だからか、それとも死んだセドリックと同じくらいに魔法が好きだからなのか、俺には予想しかできない。


 しかし、それしかできない俺でも、この時ばかりは正直に答えるべきだと思った。


 命が惜しいからではない。ただ単純に、彼女が死んだセドリックの想いを悼む姿に、応えるべきだと思わされた。



「……この手記の価値が知りたかった理由は、別に金が欲しかったわけじゃない。ただ、この手記を書いた親友が人生を捧げた物の価値を知りたかっただけだ」


「それは、どういう意味だ?」



 怪訝に、ソフィアが訊き返してくる。


 その問いに、俺は赤裸々に答えることにした。


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