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第6話 魔法使いが怒る理由



「お姉ちゃん⁉︎」



 唐突にソフィアが俺に杖を向けたことは、セリナも予想外だったらしい。目を大きくして驚いていた。


 彼女もまた、魔法使いが人に杖を向ける意味を理解しているのだろう。


 魔法は、世の中の様々なことが簡単にできる道具だが、その最も便利な使い方が存在する。


 それは――人間を殺す行為だ。


 魔法を使えば、簡単に人を殺せる。それが魔法という便利な道具が兼ね備えた、危険な側面だ。


 だからこそ、魔法使いには魔法を正しく扱うための厳格なルールがあると聞いていたが……


 どうやら、その規律を破っても良いと思わせるほどに、俺はソフィアを怒らせてしまったらしい。



「ちょっとお姉ちゃん! 急にどうしたの!? ノックスさんに杖向けたら危ないでしょ!」



 そう言って、慌てたセリナが間に入ってくるが、それでもソフィアの態度は変わらなかった。



「邪魔だ。セリナ、そこをどけ。そこにいる男は、私たちの誇りを馬鹿にした。それも……この寛容な私でさえも許せないほどに」



 それは淡々としていたが、驚くほど冷たい声だった。


 そんな姉の威圧感に負けて、セリナがたじろぐ。


 しかし、それでも彼女は引かずに、自身の姉と対峙していた。



「なんでそんなに怒るの? 私も聞いてたけど、別にノックスさんはお姉ちゃんのこと馬鹿にしてなかったよ?」


「まだ言葉で馬鹿にされた方がマシだ。その程度のことなら、私もここまで怒ることはなかった」


「……どういうこと?」



 姉の言いたいことが察せないセリナが、困惑した表情を見せる。


 言葉で馬鹿にしてないなら、どうやって馬鹿にしたのか。


 その疑問に、ソフィアは俺の持っている手帳を見つめながら、淡々と答えていた。



「よく聞け、セリナ。その男が見せてきたのは、魔法使いの生涯とも言える魔法手記だ」


「……え」



 俺の持っている手帳が魔法手記だと知った途端、セリナの表情が変わった。


 その顔が語る感情は、明らかな困惑だった。



「ノックスさんは、魔法使いではありませんよね?」


「あぁ、俺は魔法使いじゃない」


「それなら、どうして魔法使いじゃないノックスさんが他人の魔法手記を持ってるんですか?」



 俺と向き合っているセリナが、ゆっくりと後ずさっていく。


 本来なら魔法使いじゃない人間が持っているはずがない物を、なぜか俺が持っているのか。


 その疑問に対して、一番に思いつく可能性を知っているからこそ、セリナは俺を警戒しはじめた。


 やはり、迂闊に見せるべきではなかった。


 とにかく2人の警戒心を解くために、俺が答えようとした時だった。



「……魔法使いにとって、魔法手記は自分の命よりも大事な物だ。それを魔法使いではない人間が持ってるなんて普通はあり得ない」



 おもむろに杖を構えるソフィアが、そう告げていた。


 確かに、彼女の言う通りだ。魔法手記は、そういう物だと俺も知っている。


 だからこそ、そんな大切な物を魔法使いではない人間が持つことは限られる。


 それこそ、盗みでもしなければありえないと。



「だが、普通ではあり得なくとも魔法使いではない人間が魔法手記を持つこともある。それを踏まえて、私は怒ってる」


「……は?」



 唐突過ぎたソフィアの言葉に、思わず俺は呆気に取られた。


 彼女が激怒する理由が、予想と違った。


 俺が他の魔法使いから魔法手記を盗んだと思ったから、怒ってると思っていた。


 しかし、それは違ったらしい。



「お前が大切な人から託された魔法手記を売りに来たと知って、怒らない魔法使いがいると思うな。この馬鹿者が」



 その言葉は、俺が驚くのに十分過ぎた。


 自分でも、目が大きくなるとわかるほどに。



「なんでそれを……まだ言ってもいないのに」


「魔法使いから魔法手記を盗むのは至難の業だ。簡単な方法では絶対に盗めない。どんな手を使っても魔法使いは自分の魔法手記を守る。それをかい潜って盗めるのは、同じ魔法使いだけだ」



 困惑する俺に、ソフィアが最も高い可能性を否定する。



「それだけで俺が託されたってわかるわけがない。どこかで拾った可能性だってある」


「何度も言わせるな。そんな馬鹿げた方法で手に入るほど、魔法手記は安くない。自分の意思で渡そうとしない限り、絶対に他人の手に渡らない」


「……たったそれだけでわかったのか? 俺が大切な人から託されたことを?」



 たとえ魔法手記の入手方法が困難だとしても、ハッキリと言い切れると思えない。


 どうして彼女が言い当てることがらできたのか、それが俺にはまったく理解できなかった。



「そんな些細なこと、お前を見ただけでわかる」


「一体、なにを言って――」


「お前は軍人だ。いや、ここは元軍人と言うべきか」



 続いて、一言も話してない職業まで言い立てられるとは思わなかった。



「……なんでわかったんだ?」


「人間は生きてるだけで色々な癖が身体に染みつく。それを見ただけだ」


「答えになってない。そこまでわかるのは、はじめから俺のことを知ってたとしか思えない」



 そうじゃないと説明できない。


 ただの癖で、そこまで彼女にわかるはずがない。



「お前のことなんて私は知らない。だが、お前の身体は色々なことを語ってる。歩き方や姿勢、手のひらにあるマメ、腰にぶら下げた剣の特徴。それだけでお前という人間を知ることができる」



 淡々と答えるソフィアに、思わず俺は寒気を感じた。


 なんなんだ、この女は?


 とてもではないが、ただの魔法使いとは思えない。


 この得体の知れない魔法使いに、俺は奇妙な薄気味悪さを感じることしかできなかった。

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