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第5話 自信家で、美人な姉



「随分と熱心に見つめてくるじゃないか。お前が見ての通り、私は美人だが……こうも見ず知らずの男から黙って見られるのは、流石に良い気分がしないな」



 思わず俺が呆けていると、ふとカウンターの奥から苦笑交じりの声が聞こえた。


 その声に少し遅れて俺がハッと我に返る。しかし気づいたときには、もう手遅れだった。


 たとえどんな理由があっても、異性を黙って見つめるのはあまりにも失礼過ぎる行いだ。


 今更ながらに自身の行いを恥じると、俺は素直に謝罪することにした。



「……すみません。そんなつもりはなかったのですが、指摘されるまで気づきませんでした」



 俺が謝ると、カウンター越しで彼女の口角をわずかに上がったように見えた。


 それはまるで、面白いモノを見つけたとでも言いたげな表情だった。



「ほぉ? そんな風になるほど、お前は私に見惚れてたとでも言いたいのか?」



 明らかに彼女から揶揄われている気がする。しかし一度失礼を働いた手前、下手に取り繕った返事をすると余計に失礼を上塗りしてしまう。

 

 だから下手な言い訳も無駄だ。ここは正直に答えるべきだろう。


 そう判断して、俺は思ったことを告げていた。



「はい。恥ずかしい話ですが、俺は今まで誰かに見惚れた経験なんてしたことがなかったので。自分でも驚いてしまいました……本当にすみません」



 そう言って、できる限り頭を下げる。荷物を持っているせいで大して下げることができなかったが、それでも謝罪の意は伝わるだろう。


 そして俺が頭を上げると、なぜかカウンターの先にいる彼女が頬杖を突いたまま、キョトンと呆けた顔を見せていた。


 もしかして俺、なにか失礼なことでも口走ったか?


 そんな不安が脳裏を過ぎるが、少しの間をおいて返ってきたのは、予想外にも彼女の笑い声だった。



「ははっ、一体どんな答えが返って来ると思えば……ここまで馬鹿正直な答えが来るとは思わなかった。この手の反応をすると下手な世辞を言う輩が多いのに、お前は嘘を吐くのが下手そうだ」



 どうやら面白かったらしい。俺には微塵も理解できなかったが、彼女の笑みには怒っている様子はなかった。



「……怒ってないんですか?」



 つい、そう訊き返すと、彼女は朗らかな笑みを崩さなかった。



「美人の私が、この程度で怒るわけないだろう。今のはただの冗談だ。お前が気にする必要はなんてない。私を美人だと思うなら好きに見れば良い」



 先程までと打って変わって、目の前の彼女が誇らしそうに胸に手を添える。


 そして自信満々と言いたげに、満面な笑みを浮かべていた。



「この私……ソフィア・グノーシスは、自他共に認める美人だ。こんなに可愛くて綺麗な人間は、嫌でも人目を惹いてしまう。女性に下心を丸出しにする野蛮な輩は論外だが、ただ純粋に私という美人に見惚れる他者を無下にするような人間になるつもりは毛頭ない。美人な私を見たければ、存分に見ると良い」



 セリナの姉ことソフィアと名乗った女は、その口ぶり通り、自分の容姿にかなりの自信があるらしい。


 確かに、自身を自他共に認める美人と呼ぶにふさわしい容姿だとは思う。今まで他人の容姿を気にしたこともなかった俺が呆けたくらいだ。


 あらためて見ても、ソフィアという女性は――とてつもない美人だと思う。


 日焼けもしたことがない白い肌。長いまつげと、珍しい紫色の瞳が目に留まる。


 一見して童顔のような可愛さが垣間見えるが、スッと伸びた鼻筋と小さな唇を見ると、不思議と大人びた印象を受ける。


 青みがかった長髪も彼女の容姿にとても似合っていて、一目見るだけで彼女が美人だと思わされてしまう。


 ただ難点があるとすれば、おそらく性格かもしれない。



「この店に来たのなら、存分に私を見るといい。あと先に言っておく。この先のお前の人生で見かける美人が霞んでも、文句は言ってくれるなよ」



 ここまで自信家な美人には、今まで俺も出会ったことがなかった。


 しかし、不思議と嫌な気分にならないのはどうしてだろうか。


 自慢な態度が過ぎると、当然だが不快になる。


 それがならないのは、彼女の自信に満ちた人柄のおかげなのかもしれない。



「はぁ、お姉ちゃん。いつまでも馬鹿なこと言わないの」


「そう言われても、だって私が美人だから仕方ないだろう?」


「まったくもう、ノックスさんが困ってるでしょ」



 誇らしそうにするソフィアと違って、妹のセリナは自分の姉に呆れていた。


 その反応から察するに、姉の自信家な一面はセリナの悩みの種らしい。


 ため息を漏らす彼女の横顔が、そう物語っているようだった。



「むっ、ノックス? さっきから気になってはいたが、セリナはその男と随分と仲が良いな?」


「ちょっと色々あって、私の荷物を運ぶの手伝ってくれたの」


「……なに?」



 セリナの返事を聞いた途端、ソフィアの目がわずかに吊り上がった。


 そして俺と、俺が持っている大荷物を見るなり、唐突に彼女が頭を抱えていた。



「お前なぁ……そういうことは早く言え」


「それは私が話す前にお姉ちゃんが騒いでたせいでしょ?」


「そもそもお前が馬鹿みたいな量の買い物をするのが悪い。前々から言ってるだろう。安いからとって買いすぎるな、と」


「だって~、安売りしてたんだもん」


「もん、じゃない。馬鹿者」



 口喧嘩しているが、姉妹の関係は良好のようだ。


 なんとなく、見てて退屈しない。


 そんな姉妹を眺めていると、ふとソフィアの目が俺に向いた。



「そこの、確かノックスと言ったな。私の妹が随分と迷惑をかけた。私からも礼を言わせてもらう。ありがとう」



 さっきまでの自信家な態度と違って、ちゃんと礼儀がある人だった。


 意外と、そういう礼節は弁えている人らしい。


 俺が反応に困っていると、彼女はおもむろにカウンターの上にあった杖を手に取っていた。



「その荷物、かなり重かっただろう?」


「別にそこまで重くは……少しは鍛えてるので」


「気づかなくて悪かった。その荷物はこちらで受け取ろう」


「いや、場所を言ってくれたら――」



 これだけ重い荷物だ。彼女のような女性に運ばせるのは、流石に申し訳ない。


 そう思って口を開いたのだが、それよりも先にソフィアが杖を振った時だった。


 突然、俺の手から荷物が宙に浮かんでいた。


 これは……まさか、魔法か?



「セリナ。この荷物は店の奥に置いておくぞ。あとで片付けろ」


「はぁーい」



 その会話のなかで、浮かんでいた荷物が動いていく。


 そして店の奥へと荷物が消えると、ソフィアは持っていた杖をそっとカウンターの上に置いていた。


 どうやら、あっという間に荷物運びが終わったようだ。


 本当に、魔法は便利な道具だな。



「さて、不出来な妹の荷物運びを手伝ってもらった以上は、このまま返すのも悪い。あまり大した礼はできないが、この店で買い物をするなら安くするぞ?」



 一通りの作業が終わって、ホッと一息ついたソフィアからそんな提案をされる。


 こういうところは、妹と似てると思った。



「ただの気まぐれです。謝礼が欲しくて手伝ったわけじゃない」


「それで私が納得するとでも?」



 俺の返事に、ソフィアが失笑を見せる。


 やはりセリナと同じく、この姉も頑固らしい。


 思わず俺が苦笑いしていると、ふとセリナが口を開いた。



「えっとね、お姉ちゃん。こちらのノックスさん、お店を探してたの。だからお礼を兼ねて、お姉ちゃんを紹介するって話になってたんだけど……」


「そういうことなら話が早い。わざわざこの店を選んでくれたのなら、妹の恩もある。ある程度の融通は聞いてやるから言ってみろ」



 セリナから話を聞いて、納得したとソフィアが頷く。


 しかし、そんなソフィアに俺は小さく首を振っていた。



「そういった融通は必要ない。ただ俺は、あるモノを正しく査定して欲しいだけなので」


「査定……つまり買取だな? 正しく、とは随分な言いようじゃないか? ぼったくられたくないのか?」


「えぇ、そう思ってもらえれば」


「……ほぉ?」



 俺の返事に、ソフィアの口元に笑みが浮かぶ。


 そんな彼女に、俺はずっと大切に懐に入れていた……1冊の手帳を見せることにした。



「これの査定を是非頼みたい」



 はたして、どんな結果になるだろうか?


 そう思った時だった。


 俺が持っている古びた手帳を見せた瞬間、一瞬でソフィアの目が変わった。


 それは決して、さっきまでの穏やかな目ではない。


 その瞳から感じるのは、明らかな怒りだった。



「……貴様、私を馬鹿にしてるのか?」



 いつの間にか杖を手に取った彼女から、その杖先を向けられる。


 魔法使いが人間に杖を向けることは、拳銃の銃口を向けることと同じだと言われている。


 それはつまるところ、彼女から殺意を向けられていると同義だった。

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