第4話 グノーシス魔導具店
目的の魔導具店は、セリナが言うには街の西側の更に奥と、随分と街外れの場所にあるらしい。
そのため、街の中心部から離れてしまったからか、ついさっきまで俺達が居た大通りの賑わいが嘘のように静かになった。
とは言っても、そこまで街並みは変わらない。相変わらず建ち並ぶ建物は綺麗なものだったが、明らかに見かける人の種類が違っていた。
おそらく、彼らは街の住人だろう。時折すれ違う彼らには、観光客のような物珍しさで歩いている素振りが一切ない。明らかに土地勘のある人間と見える。
きっと中心部以外の場所は、街の住人が暮らす居住地区として区分けされているのかもしれない。
そう思う俺だったが、不思議なことに歩いていると商店街のような賑わいを見せる場所を何ヶ所か見かけた。
「……なんで商店街が何ヶ所もあるんだ?」
「あぁ〜、やっぱりノックスさんもそう思います? 他の街は違うって聞きますけど?」
「そうだな。かなり大きな街でも一ヶ所、あっても二ヶ所くらいだな」
むしろ思い返しても、ここまで何ヶ所も商店街を見かける機会など今までなかった。
たとえ大きな街でも、商店が建ち並ぶのは人通りが多い場所だけだ。
客が来なければ、当然だが店の経営が成り立たない。だから必然的に商店は人が多い場所に建てられる。
そうなると、自然と商店街が作られる場所は限られるはずだった。
「やっぱり、変ですか?」
「悪く言うつもりはないが、間違いなく変わってると思う」
「この街に来た人たち、みんなノックスさんと似たような反応するんですよね。住んでる私たちにとっては普通なんですけど……」
そう答えるセリナが、不思議そうに首を傾げる。
その反応を見る限り、きっと他の街を見たことがないんだろうな。この街で生まれ育った人間からすれば、それも当然の反応かもしれない。
そう思いながら、ちょっとした興味本位で俺は訊いてみることにした。
「ところでセリナは、なんでこの街に商店街がたくさんあるか知ってるのか?」
「知ってますよ! 昔、お姉ちゃんから聞いたことがあるので!」
自分が頼られたと思ったのか、セリナが誇らしそうに胸を張る。実に子供らしい反応だった。
「えっとですね。この街は昔――」
そして、彼女は歩きながら意気揚々と語り始めた。
セリナから聞いた話をまとめると、この街は昔から魔法使いが集まる場所で、魔法に関する物が数多く流通していたらしい。
そこで魔法使いが生計を立てるために、こぞって色々な店を建てたのがはじまりみたいだ。
薬屋や杖の店、他にも書店など様々な店があり、その店を経営する魔法使いによって品質や効果、特性が全く違うことから、どこの店も客足が絶えなかった。
そうして色んな店が建ち並ぶようになり、他の街から商人が数多く訪れ、街が更に栄え始めたというのが、この街が発展したキッカケのようだ。
これはセリナの余談だが……つい先程まで俺が居た活気のある大通りは、観光客向けの華やかな店が並ぶ商店街となっていて、地元の人達から通称“表通り”と呼ばれているらしい。
そしてそれ以外の、大通りから外れた商店街を総称して“裏通り”と呼んでいる。
なんでわざわざ表と裏で分けているのか疑問に思って訊いてみると、その答えは意外な物だった。
「この街で店を経営すると、“魔法省”にお金を払わないといけないんです。金額までは詳しくないですけど、私たちが表通りと呼んでる場所は払うお金がすっごく高くて、逆に裏通りは客足が少ないから安いみたいです」
まさか金が絡む話になるとは思わなかった。
「あの魔法省に? なんでまた?」
「この街を管理してるのが魔法省だからってお姉ちゃんが言ってました」
なるほど、そういうことか。
確か、どこかで各国に支部のある魔法省の本部が、この街にあると聞いた覚えがある。
つまるところ、この街の領主となるのが魔法省ということだ。
魔法省は、ただ魔法に関わることを管理するだけの機関と思っていたが、そうではないらしい。
いわゆる、税金の徴収ということだろう。店の経営をするなら、金を払えってやつだ。
嫌な話だ。どこにでも、そういう金の話は色々と闇が深い。
はたして、あの表通りと呼ばれる場所の税金はいくらなのだろうか。あれだけ人が多い場所だ。売上も十分見込める。その分だけ金額も跳ね上がるに違いない。
そう考えると、のびのびと経営できる裏通りを選ぶ人がいるのも自然と納得できた。
「あっ! ノックスさん! あそこですよ!」
そんな話をしてるうちに、いつの間にかセリナの家に到着したらしい。
彼女が指差す先に視線を向けると、それらしい建物があった。
レンガで建てられた建物は他と変わらないが、壁に付けられた看板を見ると一目でセリナの家だとわかった。
“グノーシス魔導具店”
セリナのファミリーネームは、グノーシスと名乗っていた。おそらく、あの店が彼女の家だろう。
セリナの後を追って店に近づいてると、ガラス張りの店頭に色々な魔導具が飾ってあるのが見えた。
しかし不思議なことに外から見ても、あまり中の様子が伺えなかった。
変だな。なんで店の奥が見えないんだ?
そんな疑問を思っている時だった。
突然、店のドアが勢いよく開いた。
「ふざけた値段言ってんじゃねぇよ! こんな店なんて2度と来るかッ!」
店から出るなり、冒険者のような身なりをした男が罵声をあげながら立ち去っていく。
よほど腹が立っていたのかもしれない。我慢ならないと舌打ちを何度も鳴らしていた。
「なんだ? 今の?」
「はぁ……またやっちゃいましたか」
驚く俺と違って、セリナが頭を抱えている。
そんな姿を怪訝に見つめていると、セリナが俺を手招きするなり、店の中に入っていった。
俺も入れ、ということだろう。
両手に持った荷物を抱え直して、促されるまま店に入る。
そして2人で店に入ると、セリナがため息混じりに誰かに話しかけていた。
「もうお姉ちゃん。またお客様逃げちゃったの?」
彼女が話しかけたのは、どうやら姉のようだ。
一体、彼女の姉はどんな人間なんだ?
そう思っていると、店の奥から声が聞こえた。
「セリナか、今日は帰ってくるのが早いな。先に言っておくが私は微塵も悪くないからな。あのバカ男がちゃんと話も聞かずに帰っただけだ」
それは大人びた、綺麗な声だった。荒い口調でも、不思議と嫌な気分にならない。聞き心地の良い声だからかもしれない。
持っていた荷物の横から顔を出して、その声の主を見てみると、偶然にも目が合った。
俺の視線の先に居た声の主は、カウンターの奥で退屈そうに頬杖を突いていた。
大きくて、つばの広い、青のとんがり帽子。華美過ぎない、淡い青のドレス。
それは、いかにも自分が魔法使いと言っているような服装だった。
しかし一番に目を引いたのは、その顔立ちだった。
あまり俺は、他人の容姿を気にしたことがない。
それなのに、こんな俺でも驚くほど――美人な女性がいるとは、夢にも思わなかった。