第2話 ようこそ、魔法の街へ
はじめて訪れた街だが、この街は本当にすごい場所だと思った。
街中のあちこちに、魔法が溢れている。
なにげなく街の賑やかな大通りを歩いてみれば、嫌でも魔法使いが目に留まる。
商人たちが客寄せで魔法を使っていれば、魔法で荷物を運搬してる人もいる。他にも、大通りの片隅で曲芸師らしい人が煌びやかな魔法陣を出現させて通りゆく人たちを魅了している。
そして空を見上げると、箒に乗った魔法使いが何人も忙しなく行き交っていた。
「本当に魔法使いが多いな。この街は」
今まで魔法使いという存在は、それらしいローブを着た人間ばかりかと思っていたが……意外とそうではないらしい。
どこにでも居そうな街の住人さえ、当然のように杖を持っていた。その姿を見れば、嫌でも彼らが魔法使いだとわかる。
話に聞いていた通り、この街は魔法文化の発展が凄まじい。
立ち並ぶ建物も、歩く道も、そのすべてがキレイに作られている。やはり魔法が栄えていると、こういう部分に魔法技術の高さが垣間見える。
今まで見てきた街とは、あまりにも違いすぎる。
はじめての光景の数々に、俺はただ圧巻されるしかなかった。
「アンタ、この街に来たのははじめてかい?」
「えっ?」
呆然と街並みを眺めていると、知らない人に声をかけられた。
振り返ると、街の住人らしい老婆がニコニコと笑みを浮かべていた。
「……なんで、俺がはじめて来たってわかるんですか?」
「この街をはじめて見た連中は、みんな同じ顔をするのさ。この街は他と違って魔法使いがとんでもなく多いからね。驚くのも無理ないさ」
なるほど、そういうことか。俺が驚いている光景も、この街に住む人たちにとって日常なのだ。彼らからすれば、俺の反応が珍しく見えるのも頷ける。
そう判断して、俺は思わず老婆に苦笑していた。
「はい。あなたの言う通り、この街ははじめてで」
「そりゃ結構なことだ。ここには魔法が溢れるからね。歩いてるだけでも退屈しないもんさ」
はじめて会った俺に、ニコッと嬉しそうな笑みを老婆が見せてくる。
随分と馴れ馴れしい婆さんと思ったが、どこも似たようなものか。
別に不快ではない。むしろ見知らぬ人に対して、距離の詰め方が上手いと感心してしまった。
こうも他人に気軽く話しかける人がいるってことは、街の治安も悪くないのだろう。警備兵と思わしき人たちが穏やかに歩いているし、街を行き交う人たちが楽しそうにしてる光景を見ても、それは一目でわかる。そういう面でも、俺は感心するばかりだった。
「アンタも、この街に観光に来たのかい?」
「観光ってわけでもないんですが……ちょっと探してる店がありまして」
「ほぉ、なるほどなるほど。アンタも魔導具を探しに来た口そうだねぇ」
そう頷く老婆に、俺は怪訝に首を傾げてしまった。
「魔導具を探しに……とは、どういう意味ですか?」
「む? アンタは冒険者だろう?」
「いえ、別に冒険者というわけではありません。冒険者ギルドに登録もしてない。ただの旅人、みたいなものです」
俺がそう答えると、老婆は意外そうな表情を見せた。
「おや、これは勘違いしたみたいだ。杖も持たない剣士が来ることなんて、観光か魔導具を探しに来ることがほとんどだからね」
杖を持ってない俺に、老婆が意外そうに驚いていた。
どうやらこの街では、杖を持たない人間は珍しいらしい。
よく見ると、この老婆の腰にも細身の杖が入ったケースが携えられていた。
なにげなく周りを見ても、俺のいる大通を行き交う人のほとんどが杖を持っているようだ。住民も、警備兵も、誰もが取り出しやすい形で杖を持っている。
魔法使いの街と言われるだけあって、この街には魔法使いが多い。そうなると、俺みたいな人間がこの街を訪れる理由も、自然と限られるのだろう。
「この街には、あの魔導具が多くあるんですか?」
「そりゃそうさ。この魔法の街、アストレイルには魔法が溢れてる。魔法だって魔導具だって、探せば色んなモノが出てくる街さ。それこそ、強くなりたいって思う冒険者たちが来ることも多い」
魔導具と聞いて、俺はわずかに眉を寄せた。
魔法以外にも、世の中には魔導具と呼ばれる物がある。
魔法の力が込められた、魔法使いではない人間でも魔法が使える便利な道具。
それらの持つ効果は、魔導具の数だけ千差万別と言われている。
炎が出る魔法の剣など強力な力を秘めている物もあれば、その逆も然り。昔、同僚が鍋に入れた水が熱湯になる魔導具を買って喜んでいた覚えもある。
そんな魔導具を求めて、この街を訪れる人間がいるらしい。その気持ちは、わからなくもなかった。
「だが大体の人間は買えずに帰っていくだけさ。魔導具は貴重な分だけ値が張る。大層な魔導具が欲しけりゃ、それだけ金が必要になる」
しかし、この老婆の言う通り、魔導具は高価な物が多い。貴重な物は、並みの人間では手が届くものじゃない。
俺だって、実際に目にした貴重な魔導具は少ないくらいだ。
「俺は魔導具を探しに来たわけではないですよ。ただ、魔法に関する店を色々と見て回りたいと思っているだけで」
下手なことを言うわけにもいかず、それっぽい話をすると老婆が頷いた。
「そうかい。特に目的の店がないなら、少し先までなら私が案内してやろうかえ?」
「……いいんですか?」
「ちょっと先の店に用があってね。あまり遠出すると身体に堪える。それで良いならまかせんしゃい」
たとえ近い距離でも、案内があるとないでは話が変わる。土地勘のない俺からすれば、ありがたい話だった。
「そういうことなら、是非お願いしま――」
そう思って、俺が返事をしかけた時だった。
「わわぁぁぁっ! ちょっと歩いてる皆さん避けてくださぁぁぁい!」
「……ん?」
突然、背後から聞こえた女の声に振り返ると――
とんでもない勢いで、山のような荷物の塊が迫っていた。
俺が振り返った時には、もうそれが目の前まで迫っていて。
気づけば俺は、反射的に迫る荷物の塊を受け止めていた。
「ぐっ!」
思っていたより勢いが乗って、勝手に俺の喉から呻き声が漏れる。
「――ぎゃふ!」
そして続けて、受け止めた荷物の反対側から女の呻き声が聞こえた。
その後、バタッと人が倒れる音が聞こえると――
「ぐるぐる、ぐるぐる……目の中で星の魔方陣が回ってます~」
受け止めた荷物を下ろして様子を伺ってみれば、そこには小さいメイド服を着た女の子が目を回して倒れていた。
「おやおや、セリナちゃんじゃないかい。アンタって子は、また待てないくせにこんな大荷物持とうとして……」
「はぅぅ、だって安売りしてたからつい〜」
一緒に居た老婆からセリナと呼ばれた子が、目を回しながら立ち上がろうとする。
しかし上手く立てなかったのか、また大きな音を立てるなり、また倒れていた。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですぅ~。いつものことなので~」
とりあえず声をかけてみたが、まったく大丈夫には見えなかった。
傍に居る老婆に視線を向けても、わざとらしく肩をすくめるばかりで。
まるで老人に助けを求めるなと、言わんばかりだった。
周りを見ても、微笑ましそうに倒れてる彼女を眺めてるだけだった。
……これ、俺が助けないといけないのか?
まぁ、流石に放っておくわけにもいかないか。ここだと人目も多い。黙って立ち去ると色々と面倒なことになりそうだ。
そう思いながら、俺は渋々とセリナという女の子を介抱してあげることにした。