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¶03 出会いのフラグ - 銀髪の少女

「ちょっと待てよ……ここで俺に何をしろって言うんだ?」


 ハルトは呟きながら周囲を見渡した。目に飛び込んでくるのは一面に広がる草原。遠くにはかすかな山並みが見え、その下には切れ間なく続く緑の絨毯。風が吹き抜けるたびに草が波のように揺れるが、鳥のさえずりや虫の音が耳に入らない静けさが奇妙だった。


 いや――完全な無音ではない。遠くで聞こえるのは、何か人の営みを思わせる微かな音。鍛冶場の金属がぶつかる音や、馬の嘶き、子どもの声らしい響き。それらはあまりにも遠く、まるで現実感のない幻聴のようだった。


「こんな広いところに人がいるってことか?でも……どこだ?」


 ハルトは額の汗を拭い、足元の草を見下ろした。風景には何の異常もない。それが逆に、この場所が現実なのか幻なのかを曖昧に感じさせる。考えれば考えるほど分からなくなり、彼は大きく息をついた。


 その時、視界の隅で何かが揺れた。


「……なんだ?」


 反射的にそちらに目を向けると、青と白の模様が描かれた旗が見えた。波紋のような模様が旗の表面を漂い、ゆっくりと動いている。それは風に揺れているようだが、周囲の草とは明らかに異質な存在感を放っていた。


 ハルトは思わず歩を進めた。旗は近づくにつれてさらに鮮明に見える。青と白の波紋が次々と広がり、また収束していく。その動きは静かで規則的だったが、どこか生き物めいた不気味さがあった。


「旗……いや、普通のものじゃないな。」


 彼は独り言を呟き、旗の周囲をじっくり観察する。柱もロープもなく、それは空中に浮かんでいる。ただ浮かんで揺れているだけのはずなのに、どうしても目を逸らせなかった。


「これ……触ったらどうなるんだ?」


 伸ばしかけた手を止め、旗を見つめる。妙に静かな空気がその周囲に漂っているように感じられる。胸の奥に生じた警戒心が、彼の行動を制止していた。


 次の瞬間、旗はふっと消えた。音もなく、跡形もなく消え去り、そこにはただ元の草原が戻っているだけだった。


「……マジかよ。」


 ハルトは呆然とその場に立ち尽くした。その旗が何を意味していたのか、彼には見当もつかない。ただ、心の奥底に刺さるような不安だけが残されていた。


 かすかな足音が聞こえてきた。草を踏みしめる音――それもまた微かだが、旗が消える瞬間から続いているようだった。ハルトはそちらに目を向けた。


 草が揺れ、その向こうから銀色の髪が現れた。風に揺れる長い髪は陽光を受けてきらきらと輝いている。その後ろに続いて、淡紫と白を基調としたローブが草の中で揺れた。


 少女は近づいてきたが、立ち止まり、右手に握った杖をわずかに持ち上げた。青い瞳が鋭く光り、警戒の色をあらわにしている。


「……誰?」


 静かだが芯のある声がハルトの耳に届いた。


 ハルトは軽く肩をすくめ、「いや、俺もここに迷い込んだだけなんだけど」と答える。飄々とした態度を装い、両手を軽く上げて無防備を示した。


 少女はその言葉を聞いても、表情を変えなかった。むしろ、眉をひそめてさらに鋭い目をハルトに向ける。


「迷い込んだ?」


 短く問い返す声には、疑いがはっきりと込められていた。


「そう。正直、ここがどこかも分からないんだよ。さっき、変な旗が浮いててさ――それが消えたと思ったら、君が出てきたってわけ。」


 ハルトがそう言いながら笑みを浮かべても、少女の警戒心は解けない。


「変な旗?」


 少女は眉を上げて呟いた。興味というより、彼の言葉の真偽を測っているようだった。


「そうだよ。青と白の模様が揺れてて、近づいたら消えた。……まあ、君が出てきた方がよっぽど謎だけどな。」


 ハルトが肩をすくめて軽口を叩くと、少女の目がわずかに揺れた。その微かな変化に気づいたハルトは、続けて口を開いた。


「で、君は?名前くらい教えてくれてもいいんじゃない?」


 少女は一瞬迷うような仕草を見せた後、静かに口を開いた。


「……アリシア。」


「アリシア、ね。俺は相馬陽翔――ハルトでいい。」


 軽く笑いながら名乗るハルトに、アリシアはさらに眉をひそめた。


「本当に何も分からないの?」


 彼女の声にはまだ疑念が混じっている。


「本当にさ。」


 ハルトは苦笑しながら答えた。


「むしろ、そっちが教えてくれるとありがたいんだけど?」


 アリシアはハルトをしばらく睨みつけたまま、杖を持つ手に力を込めていた。しかし、数秒後に静かにため息をつき、杖をゆっくりと下ろした。


「……信じられないけど、本当みたいね。」


 その言葉にはまだ疑念が残っていたが、警戒心がほんのわずかに緩んでいるのが分かった。


「まあ、助かるよ。それなら協力してくれるだろ?」


 ハルトがそう言うと、アリシアは短く「それは分からない」とだけ答えた。その瞳にはまだ警戒の色が残っている。





 ハルトとアリシアはゆっくりと草原を進んでいた。風が吹き抜け、草が波のように揺れている。遠くからかすかに鳥の囀りが聞こえ、どこかのどかな空気が漂っていたが、二人の間にはまだ微妙な緊張感が残っていた。


 先に口を開いたのはハルトだった。


「そういえば、君、その杖みたいなの、飾りなのか?」


 アリシアは軽く眉を動かし、ハルトを横目で見た。


「飾り?何の話?」


「いや、ほら。なんか魔法使いみたいな恰好だろ?コスプレでもしてるのかと思っただけ。」


 その言葉にアリシアは少しだけ顔を曇らせたが、すぐに淡々と答える。


「……これは私にとって普通の装備よ。」


「普通の装備ねぇ。いや、まあ、異世界っぽい感じはあるけどさ。」


「異世界?」


「気にしないで。こっちの話。」


 ハルトは手を軽く振って話題を打ち切る仕草を見せたが、アリシアは疑問が解消されないまま、少し苛立ったようにため息をついた。


「ところでさ。」


「何?」


「さっきから君、俺に対して警戒してるよな?」


「当然でしょ。どう見ても怪しい人間なんだから。」


「いやいや、それは心外だな。」


 ハルトは飄々とした笑みを浮かべ、少しだけ足を速めてアリシアの前に出る。


「怪しいって、どの辺が?」


「全部。」


 即答するアリシアに、ハルトは小さく笑った。


「手厳しいね。でも、それなら俺が怪しいと思わない方がおかしいだろ。」


「私のどこが怪しいって言うの?」


「いや、まずその杖。普通、日常的に持ち歩くもんじゃないだろ。」


「これは必要なものよ。」


「必要なものね……それって、ここでは普通なのか?」


 アリシアは軽く立ち止まり、ハルトをじっと見つめた。


「……本当に何も知らないのね。」


 その目には、わずかに疑念と同情が入り混じったような感情が宿っていた。ハルトは少し肩をすくめて笑みを浮かべる。


「まあ、何も知らないのは確かだ。でも、君の説明があるなら助かるな。」


「教える義理はないわ。」


「冷たいな。じゃあ、せめてこの先に何があるのかくらいはヒントをくれよ。」


 アリシアはしばらく黙り込んでいたが、やがて小さな声で答えた。


「……この先には村があるわ。」


「ほう、村か。」


 ハルトは初めてまともな情報を得られたことに少しだけ嬉しそうな表情を見せた。


「どんな村なんだ?」


「普通の村よ。家があって、畑があって、人がいる。ただ、それだけ。」


「それだけ、ね。まあ、普通ってのが一番ありがたいかもな。」


「あなた、本当にどこから来たの?」


 アリシアの問いに、ハルトは少しだけ考える素振りを見せた。


「どこから、ね。多分、君たちの世界とは違う場所だと思う。」


「違う場所……?」


「説明するとややこしくなるけど、君の言葉で言えば異邦人ってところかな。」


 アリシアはその答えに納得したような、していないような複雑な表情を浮かべた。だが、それ以上は追及せず、歩みを進める。


「そういえばさ。」


「また何か?」


「君、俺が危ない奴だったらどうするつもりだった?」


 その唐突な質問にアリシアは一瞬だけ足を止めたが、すぐに淡々と答えた。


「その時は適切に対処するだけよ。」


「適切にって?」


「……必要なら、こうする。」


 アリシアは軽く杖を振り上げた。ハルトはそれを見て小さく笑う。


「なるほど。それが武器ってわけか。」


「……そう思っておけばいいわ。」


 ハルトは少し考え込むように顎に手を当てる。


「君さ、結構強いんだろ?」


「どうしてそう思うの?」


「いや、さっきからの雰囲気っていうか、なんとなくだけど。」


「……あまり気軽に近づかないことね。」


 アリシアの言葉にはわずかに警告の色が混じっていたが、ハルトは相変わらず余裕のある笑みを浮かべていた。

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