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きんき







繭に閉じ込められる、とよく世間では言う。

美しさだけを奪われて続け、

羽があるのに自由のない、

儚さだけを抱えた、と。

少しだけ笑ってしまう。

まるで彼女に合いやしない。

その中でも、彼女は幸福そうに笑っている。

人に夢と書いて儚いと読むけれど、

彼女は決してなにも風に攫われたりしない。


あの美しい髪の一本まで。

気高く彼女で在り続ける。


誰よりも、何よりも。

俺はずっと知っている。

その頬に熱が帯びること。

唇が桃色にふっくらとふくらんでいること。

それは俺が触れて確かめたもの。

手放したくないと抱きしめ、

手の隙間から溢れたことから目を逸らしたこと。


「私は自由よ」と潤んだ目に、

頷いてやれなかったこと。


別に富豪の娘でも、

尊き家柄の子というわけではなかった。

何か身分で俺たちを邪魔する、というものはなかった。

親たちは、「いつか大きいやくそくごとをしよう」と

そう言う俺たちに微笑んでいた。


「結婚はできない」と。

子供ながらに分かっていた。

法律の問題でもない。

ただ、漠然とその規律があった。

破れば、相手の存在ごと消えてしまうような。

何があっても破れないきまり。

でも好きにならないというのは無理な話で、

二人で必死に隠していた。

漠然とした規律である時点で、

それは一般の規律でないこと、

規律を作った相手が人ではないこと。

それくらいは分かっていたはずなのに。

言葉に出さないだけで、隠せると思っていた。

態度に出さないだけで、隠せると思っていた。

一度だけ、堪えきれずに

「好きだよ」と言ったことがある。

彼女は目を見開いて、俺の口に手を当てた。

「ダメよ、ダメなの」

震えながら、その優しい目から涙を溢していた。

涙を伸ばしてぬぐおうと伸ばした左手に、

薬指はなかった。

ひゅっと、息を呑んだ。

彼女は俺の手にしがみつきながら泣いていた。


言葉は許してもらえなかった。


指輪をはめる指だったのは、きっと残酷な警告だ。

彼女の隣にいないとき、

俺の薬指はたしかにあった。


それから、何度か体の部分を持っていかれた。

言葉に出したのは、あれ以降ないというのに。

二度目は保健室、

彼女は血をとられた。

「好き」を止めなかった代償らしい。

貧血で倒れていた。

駆けつけたときにはもう倒れていて、

彼女に気がつかれてしまえば、

きっとこの気持ちは彼女の全てを奪ってしまうと、

俺は知った。次は右の小指をとられた。

三度目は、クラスメイトに言われた。

「あなたね、時々あの子のこと、とても愛おしそうに見つめるの。あぁ、無理だ。あぁ、早くこの気持ちを止めないと、なんて思ったのに、止めれなかったんだ」

俺が好きだ、と告白した綺麗な目をした女子だった。

幸せに、とその子が言わなかったのは、

もう何か感じていたからかもしれない。

第三者に気づかれたとき、

俺は右目をとられた。


何度もそんなことを繰り返した。

言葉にも態度にも、出さないと努力した。

彼女を感じて、

彼女に触れることのできる体の一部を、

俺は残しておきたかった。

それでも俺はまだ若かったのだ。

彼女に代償を求められずとも、

彼女は俺の一部がなくなるたびにその頬を濡らした。

愛を堪えれば堪えるほど、

それは溢れ出して彼女を傷つけた。



「ねぇ。私がいると貴方は生きれない」

もう両目がないわ。

片耳しか残っていない。

右腕も左足も、

口も、鼻も。

あなたにはもう、何も残ってないの。

聴力をとられた耳は、

もう彼女の声を聞くことができない。

吐息と、

抱きしめられないというのに、俺の胸の中で泣いている、

その振動だけ。


すうと息を吸う揺れがした。



「愛してるわ。誰よりも何よりも」


禁忌に触れた痺れを感じた。


目を開ければ、

俺は息をしていた。

小鳥の囀りで目を覚ました。

光の眩しさを手で隠し、

肌寒いと、足を布団の中へ潜り込ませていた。


初めにできたことは、

嗚咽を堪えきれずに、泣き叫んだことだけである。





人生の中で一番言わないでほしかった言葉と、

この身を殺しても彼女に言うべきだった言葉は、

残酷なほど、純粋で。

全くと言っていいほど、同じ言葉だった。











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