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プロローグ



ーー ステガリア王国郊外、マリーナ地方。


王国最高峰と呼ばれるトラネー山脈の麓の緑豊かな領地。季節折々の花々や、季節により移り変わる景色が人気の観光地となっている。

その領地を治める領主、アルフォンス・ヴァン・ワコードディア。金色の髪にエメラルドの瞳。多くを語らない彼は、美貌も相待って様々な女性を虜にする。

ーー そんな男性が、私ロベリア・ジュリー・ワコードディアの旦那様。

多くを語らない、とは言うものの裏を返せば言葉が足りない。でも、彼は隠れた情熱を持っていて妻と子を大切に想っている。冷たいと思っていた態度も、本当は感情を外に出してはならないと教えられてきたため。

それを知らなかった頃は翻弄され、嫌だと思ったこともあった。それでも、今こうして彼との子を二人も授かり共にこの貴族社会を生き抜いていくのは、試練とも言える困難を沢山乗り越えてきたから。


「おかあさま、おはな、さいているわ」

「父上! 今日も剣を教えてください!」


ふわりと花が咲いたように笑う娘と、待望の眼差しを向ける息子。まだよちよち歩きの娘は兄である息子に手を引かれながら歩き、ニコニコ笑っている。そんな我が子二人を旦那様と共に微笑みながら眺める。

ーー また、こんな幸せな日々を過ごせるなんて。



ロベリア・ジュリー・ワコードディア。

マリーナ領の隣、リッチェル領領主リッチェル公爵家の令嬢。母親譲りの美貌と、父親譲りの穏やかな微笑みが社交界デビュー以前より話題だった。

もちろん、生まれながらにして貴族の彼女には婚約者がいる。社交界の蕾と揶揄される彼女の相手はマリーナ領領主、ワコードディア公爵家の令息、アルフォンス・ヴァン・ワコードディア。アルフォンスの父であるマリーナ領前領主とロベリアの父であるリッチェル領領主は仲が良く、マリーナ領前領主はロベリア嬢と息子アルフォンスとの婚約を打診した。それに喜んだリッチェル領主は二つ返事でまだ幼いふたりの婚約を受け入れた。

その時は口約束に過ぎなかったが、時が経つにつれ話が纏まり、二人が学園に入る頃には婚約が正式に決まった。親同士で決まった婚約だったが二人は幼い頃から顔を合わせて仲を深めていった。

成長し、成年まで二年になろうとしたある日アルフォンスはワコードディア家を継ぎ領主となるべく勉強のため隣国へと留学した。それを婚約者として待っていたロベリア。婚約者の帰りを楽しみにしていたが、帰ってきたアルフォンスはロベリアの知っているアルフォンスではなかった。

博識な知識はあれど、極端に少なくなった口数にロベリアは戸惑った。笑顔もなく淡々と話す彼に違和感を感じたまま二人は成年を迎え、無事に婚姻を結んだ。

婚姻後は必要な時に必要な事しか話さず、新婚の夫婦だというのにまるで仕事上のパートナーのような関係が続いた。

そして結婚から一年後、ロベリアは子を宿した。



「ゲホッゴホッ……ガハッ……ぅ……」

「奥様、お気を確かに……」


薄暗いトイレで私、ロベリアは吐き気と闘っていた。いくら出しても止まらない吐き気。悲しそうな声で、メイドのユーナが背中をさする。

かれこれ一時間はトイレに篭りっぱなしで、絶えず襲ってくる吐き気と闘う。


「奥様……やはりお医者様に見て頂きましょう? 見ているこちらも辛くなります……」

「い、いいえ……これはつわりなの。病気でも無いのに医師を呼ぶ必要はないわ。お腹に子を宿した女性のほとんどが具合悪くなるものよ……オエッ……ゴホッ……」


朝から散々吐いたのでもう胃液しか出て来ず、胃から込み上げる苦い味が口の中に広がる。

(もう朝から吐きっぱなし。いつ終わるの……)

子を持つ夫人たちは皆つわりはいずれ終わると口を揃えて言う。それは半月後か、それとも生まれるまでか……。

(ああ、こんなこと思っちゃいけないんだろうけど……妊娠をやめたい!)


「っ!? ぅう……!」

「奥様? ……奥様! どうなさったのですか!」

「ゆ、ユーナ……」

「奥様ぁ!」


妊娠をやめたい、とそう思ってしまった直後激しい頭痛が襲いかかった。そのあまりの痛さに何も出ないと言うのに再び嘔吐してしまう。少し嘔吐物が服にかかってしまったが、気にする余裕がないほど頭痛が激しくなる。

次第に視界が霧がかかったかのようにぼやけ、暗くなっていく。

(なに……これ……意識が……)

ユーナの必死な顔が黒に染まるのが見える。彼女の泣きそうな声が耳に届いたが最後、意識を手放してしまった。


**


『おかあさん!』

『ママ!』


だれ? そしてここは?


『百点取った!』

『いっぱいゴールしたよ!』

『このおようふく褒めてもらえたよ!』


ニコニコしながら褒めてもらおうと私の元へやってくる少年二人。そして私が作った可愛いお洋服を着て嬉しそうにする少女。

え? 私が? 作った?


『お母さん、育ててくれてありがとう』

『大学合格したら一人暮らしする』

『ママ、私の王子様連れてきたよ』


少年二人は私より大きくなり、見下ろしてた私が逆に見下ろされてしまう。そして幼い頃と変わらない笑顔で一人立ちの言葉を言う。

背の高い男性を連れてきた少女は、可愛いお洋服を着て頬を赤らめて言う。

この子は小さい頃から王子様みたいな男の子が好きだったものね。自分だけの王子様を見つけられて良かったわ……。

あれ? 何で私はこの子達のことを知ってるの?


『お母さん、この人。結婚相手』

『学会で発表した論文本に載るみたい。あ、それと奥さんが妊娠したって』

『ママ! 子供見ててもらえる?』


ぶっきらぼうに言う長身のかつての少年は、可愛らしいお嫁さんを連れてきたわ。

大学卒業してとある分野の研究をしているかつてのサッカー少年は、サラッと結婚してサラッと孫ができたことを教えてくれたわ。

孫を連れてきたかつての少女はスーツを着て慌ただしく出ていく。

誰かの記憶が、誰かの人生が流れ込んでくる。とても懐かしく、愛おしい日々。

色褪せない思い出が、蘇ってくる。

ああ……私はこの子達の……。


「親だったのね……」


うわごとのように呟いて意識が戻った。

(さっきのは夢? いいえこれは……)

頭に残るのは、かつて日本と呼ばれる国で生きていた女性の記憶。子を三人産み、立派に育て上げた彼女は紛れもなく私の前世。

和本瑠璃子という名で、保健師という職についていた。

(故郷で乳幼児を持つ母親や妊婦さんのお手伝いをする仕事……やりがいがあって好きだった)

もちろん良い事ばかりではないのが人生というもので、不況が子供達の進学と重なり資金繰りにもかなり苦労していた。夫も働いていたが、私の稼ぎも合わせてようやく生きていける……そのような状態が子供達が成人するまで続いた。

晩年は夫とのんびりと過ごし夫に先立たれ自分自身も定年を迎え退職すると、一人大きな家にいるのも辛かったので保健師の資格を活かして地域の子育てする母親の支援や、全く関係のない清掃のお仕事などもやっていた。

(最期は……良く思い出せないわ。死んだのかも分からない)

病気で亡くなったのか事故で亡くなったのか、そもそも亡くなってないのか。いくら記憶を辿っても、そこだけぽっかりと穴が空いたかのように思い出せなかった。

(でも、今ここで瑠璃子だった頃の記憶を思い出すのは何か意味があるはず)

お腹にそっと手を当てる。まだ触っても分からないほど小さいが、確かにここに自分の子がいる。

(瑠璃子だった私は子供が大好きだった。またこうして我が子をこの手で抱けるかもしれないのは、この上ない喜びね)

前世の我が子を想い、目頭が熱くなるのを感じた。もう会えないかもしれない前世の子達。今度はお腹の子と共に生きていく。そう静かに決意した。



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