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目が覚めると僕は、何もない草原の様な場所に立っていた。
「ここは――じゃないっ」
間違いない。あまりにも酷似しすぎている。
赤い服を着た髭のおじさんに、あの箱……いや、ブロックだ。確かあれはどこかの国の住人が魔法だの呪いだのみたいな方法で姿を変えられてしまった、みたいな話を聞いた事がある。
この世界は――。小さい頃によく遊んだ【スーパーモリオブラザーズ】の世界観そのままだ。懐かしい。よく宿題もやらないでプレイしてたもんだから母ちゃんに怒られたっけ。
要は悪い奴らの親玉……確か名前は……そうだ、キンパ大王。最終ステージで滅茶苦茶苦労して、クリアした時には夏休みが終わってた思い出がある。
そのキンパ大王にさらわれたライチ姫を助けに行くためにモリ夫を操作して、嫌がらせじみたギミックのステージを突破していくんだ。
「……僕の妄想――いや、予想通りなら、執拗にブロックをブン殴っていたあのおじさんが、モリ夫か……小銭のために……正気の沙汰とは思えない」
しかし、ここからが問題だ。
まずは自分が生き残る、欲を言えば前の世界に戻る事が望ましい……いや、前世の僕は恐らく命を落としてしまったんだろう。
命を落として異世界にいってなんやかんやする。
そういうアニメが流行ってる、っておきにの女王様が言ってたな。もっとも僕は猿轡をしていたから涎を垂らしてオウオウ呻いているだけだったけど。
さっきのおじさん……いや、モリ夫か。
モリ夫がリアルな等身で鬼の形相でこっちに向かってくる様子は尋常じゃなく恐ろしいと今は、思う。
しかも僕に殺意を向けた、ってことはどうやら僕は敵側――悪役らしいな。鏡や水辺みたいに姿を映せるものがないから自分の姿は見えないけど。
――いや、ヒントはある。
最初のモリ夫がクレバスに落ちて死んだあと、そう短くない時間で二度目の世界線が開始されてまた僕のところに来たってことは、ここはまだ序盤に違いない。時間的に判断すれば、ここはまだ、ステージ1のはずだ。
くそっ、ダメだ。悠長に判断している時間がない。もう第三のモリ夫の姿が見えてきやがった。
「どうするどうするどうするどうする……」
もう一度モリ夫をこの手にかけるか? いや、ダメだ。僕には手がないのだから――。
「……そうか! 序盤でほとんどギミックのないステージに、隠しブロック! そして手がなくただてこてこ歩いて来ては初見のプレイヤーが試しにジャンプしてみて踏みつぶされる悲しきモンスターといえば」
クリペーだ。
食欲をそそるブラウンのボディーに、鋭い牙。凛々しい眉をしていて、それでいて腕など持たず、その天を仰いでいきり立つ牙を使うでもトリッキーな動きでプレイヤーを翻弄するでもなく、ただ歩き続けるフォレスト・〇ンプみたいな存在だ。
そんな〇ンプの超絶下位互換であるクリペーに前世の記憶を持ったドМ野郎が転生しただけで、なにかが変わるわけでもないだろう。
(くそっ、モリ夫のやつ、もうあんなところまで!)
前回も前々回も、モリ夫の死が世界を再構築するトリガーだった。
名案が浮かぶまでやり直しながら時間を稼ぐしかない。
考える時間を。策を練る時間を。なんとかして捻りださなければこの世界では生き残れない。
いきなり踏みつぶされてそのまま全部クリアされたら僕は死んだままになるんだろうか。
だからと言って永遠に髭のおじさんに踏みつぶされる事に脅えながら生きるなんてもってのほかだ。
僕を踏むのがお前の様なおじさんであってたまるものか。
そうだ。生き永らえながらモリ夫をクリアさせるんだ。幸い僕には知識がある。ちょっと自信がない部分もあるけど何回も何回もクリアしてきたゲームだ。
そして自分が悪者じゃないってことをこのタケノコ王国に認めさせればいい! そうすればモリ夫に脅えず、平和な世界で生きていけるはずだ!
「終わらせてやる……このイカれたデスゲームをっ!」
相手の動きをよく見る事だ。
あいつは通常よりも速く走ることができる技を持っている。それもスタミナ制限もなしに、だ。
ジャンプができる。かと思えばふと立ち止まって微動だにせず、なにか物思いにふけることがある……。
その動き、癖、タイミング、挙動……。
「いや、待てよ」
ふと、光明が差した気がした。
もしも僕が予想した通り、ここが序盤も序盤、スタートして間もない面だとしたら――。
「――アイツ、素人だ!」
経験者ならばあんなところにある隠しブロックを見逃すはずがない。
熟練の猛者ならば最初のクリペーに体当たりして死ぬこともないだろう。まさか仲間だとでも思ったか?
ジャンプの距離や跳躍地点。最高到達点が身に染みているのならば、あんなクレバスに身を投じるはずがない。空中で少しだけ調整できることなど知っていればな!
一度だけ、一度だけでいい。振り出しに戻す。
その後は何とかしてモリ夫を懐柔して、一緒にキンパ大王を倒しに行くんだ! それがこの320キロビットのトゥルーエンド。
相手が素人だとしたら、僕がのこのこ歩いてただぺしゃんこにされるだけのでくの坊だと思い込んでいることだろう。
ところがどうだ? もしも序盤のクリペーがこんなトリッキーな動きをしたとしたらッ――。
だが短い脚ではそんな動きをすることは叶わなかった。
結局僕はちょっとした段差に足を取られ、尻もちをついてしまったのだ。
そんな僕を飛び越えてあざ笑うかのように過ぎ去っていったモリ夫の顔は忘れられない。
――そしてあいつは執拗にブロックをしばき倒してからまた何かを思い出したかのように走り出し、強靭な脚力でその身長の何倍もの高さを跳躍して、その先のクレバスに飲み込まれていった。