12話 王子の自覚
「――この条件では支援はできない」
目を通したばかりの書類を卓上に置き、ヴォルグは即断した。
「お言葉ながら、殿下。これは、首長国に恩を売る絶好の好機ですぞ」
「ライオネル候の仰る通りです。かの国は魔鉱石の産出の大半を握っている。しかしながら、我が国への供給は決して多いとは言えません」
ライオネル侯爵の意見に、他の貴族たちも賛同の声を上げる。
「そうです。今回の件で協力すれば、今後の取引において優位に立てましょう」
「……僭越ながら申し上げますが――」
その時、控えめな声が割って入った。
「現時点で得られている情報があまりにも少なすぎます。そのような状況で兵を派遣するのは如何なものでしょうか」
「だが、この機会を逃せば次はありませんぞ!」
ライオネル侯爵は思わず机を叩いた。
場の空気がぴんと張りつめる。
「今回が首長国との関係を深める絶好の機会なのです!」
「ライオネル候」
ヴォルグの声に、ライオネル侯爵は押し黙った。
「貴殿の意見は理解している」
ヴォルグは落ち着き払った声で続ける。
「だが、イオロスでの討伐は未だに完了していない。門扉の位置も特定できていない以上、パスロトには現在も兵の半数を駐留させている。防衛の観点から見ても、これ以上兵を割くことは難しい」
「しかし殿下!」
冷静なヴォルグに対し、貴族たちはなおも感情的な声を上げる。
「この件については、陛下より私に一任されている」
その一言に、貴族たちは息を呑んだ。
「――兵は動かさない」
ヴォルグが毅然と告げる。
「し、しかし!」
「進展があれば、改めて議論の場を設ける。だが現状では動かない。――以上だ」
ヴォルグは静かに席を立った。
貴族たちは喉まで出かかった反論の言葉を飲み込み、退室するその背を見送った。
◇ ◇ ◇
執務室に戻ったヴォルグは、椅子に腰を下ろすと深く息を吐いた。
貴族の意見を押し切るために、父の威光を借りた。
それは、自分の未熟さを改めて突きつけられたようなものだった。
どうしようもない苛立ちが、胸の奥にわだかまる。
“兵を危険に晒してまで、得るべき利益ではない。”
たとえ父の判断が違ったとしても、ヴォルグは己の意見を曲げるつもりはなかった。
――次こそは、自らの力だけで切り抜けてみせる。
そう決意を新たにし、ヴォルグは小さく息を吐いた。
(それにしても――ガウロ砂漠か。……あの場所に近いな)
今もなお、かの地に留まっている彼女のことが脳裏をよぎる。
「……元気にしているだろうか」
ぽつりと漏れたその言葉を遮るように、胸元の通信機からジジジッ……と雑音が響いた。
『――報告します』
「……ああ」
ヴォルグは短く応じる。
「…――なるほど。すでにギルド組合にも話が広まっているのか」
『――はい』
相手の報告を聞き終え、ヴォルグは静かに目を伏せた。
“困っている人を救いたい。”
報告者から伝えられた彼女の言葉は、いかにも彼女らしいものだった。
ヴォルグはわずかに口角を上げたが、それは一瞬のこと。
(……だが、危険すぎる)
やはり、この男を彼女の元へ派遣したことは正しい判断だった。
――彼女には、守り手が必要だ。
(本来ならば、その役目は――)
かつて彼女に告げた言葉が脳裏をよぎり、ヴォルグは拳を強く握り締めた。
今回の議論も、彼女のことも、自分自身では何一つ成し遂げられていない。
せっかく抑え込んだ苛立ちが再び胸の内で燻り始める。
最近は、こうして感情に振り回されることが増えた。
以前の自分なら、ここまで気に留めることはなかっただろう。
だが――それを切り捨てることは、彼女を否定することにも思えた。
『――報告は以上です』
その声に、ヴォルグは気持ちを切り替えるように小さく頭を振る。
「……ああ、ご苦労。彼女のことをくれぐれもよろしく頼む」
結局、今のヴォルグには、それしか言えなかった。
『――御意に』
その言葉を最後に、通信は途切れた。
ヴォルグは静かに立ち上がり、窓辺へ歩み寄る。
窓の外には、闇に沈んだ王都の街並みが広がっていた。
「……無理はしないでくれ」
掠れたその声は、誰へ届くこともないまま夜の闇へと溶けていった。
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