表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/60

6話 宿屋

「アンタは次から次へと……」


 女将は腰に手を当て、大きくため息をついた。


「はは……泊まる宿がないそうで……成り行きで…」


アマリエは、思わず乾いた笑いを漏らす。


ギルドの鑑定士を皮切りに、王都の研究者と偽って現れた第一王子のヴォルグ。

そして今回、「陽気な旅団」の加入を望むというエイガー。

短い間に、アマリエに関わる者たちが次々とこの宿屋を訪れていた。


女将が呆れるのも無理はない。

 

「しばらくここに滞在したい。――これで、足りるだろうか」


不意に、エイガーが手のひらほどの革袋を差し出した。

受け取った女将は、両手に伝わる――ずしりとした重みに目を見張る。

紐を解けば、ぎっしりと硬貨が詰め込まれていた。


「これなら、ひと月は余裕で泊まれるよ」


「そうか。なら、それで頼む」


「はいよ!」


女将は一瞬で上機嫌になった。


「アンタ!」


「はいっ」


呼ばれて、アマリエは姿勢を正す。


「アンタの隣の部屋がちょうど空いてるから、案内してやっておくれ!」


「わかりました」


頷き、アマリエはエイガーに向き直った。


「二階が宿泊部屋なんです。どうぞ――」


そう促して、階段を上がる。


「あ、それと! シーツ交換も頼むよ」


「はいはい」


自分も宿泊客だというのに遠慮のない女将に、アマリエは苦笑した。

だが、不思議と嫌な気はしない。

むしろ、胸の奥があたたかく感じる。


「……ここの従業員なのか?」 


背後から、エイガーが問いかける。


「いえ、私も客…なんですけどね。……一応は」


「そうか。随分と親しいのだな」


「ええ。女将さんには本当にお世話になっていて」


働き口の相談に乗ってもらい、依頼に出る日には弁当を持たせてもらう。

手伝いを申し出せば、『働いた分だ』といって必ず駄賃を握らせてくれる。

まるで子供のような扱いだが、それがアマリエには心地よかった。


「……信用されているのだな」

 

何気ないその言葉に、胸がくずぐったくなる。

“信用をされている”。

そう思うと、自然と口元が緩んだ。




   ◇ ◇ ◇ 




「――他に必要なものがありましたら、いつでも仰ってください」


整え終わったシーツから手を離し、アマリエが言う。


「分かった」


窓辺に立ち、エイガーが短く応じた。


「では、私はこれで…」


扉に手をかけたところで、ふと思い出す。


「あ、そうだ。ここは朝食と夕食が出ます。食堂で声をかければ、用意してもらえますから」


振り返り、そう告げる。


「ああ」


エイガーは軽く頷いた。


「では、失礼します」


軽く会釈をし、アマリエは部屋を後にした。




 ◇ ◇ ◇




『…首尾は?』


低く抑えた声が、通信越しに響く。


「――概ね順調です」


エイガーは簡潔な経緯を報告した。


『――そうか。引き続き頼む』


「御意」

 

姿なき主に向け、胸に拳を当てて礼を取る。

ややあって、通信の向こうでわずかな沈黙が落ちた。


『……くれぐれも、彼女のことを頼む』


切れ際に届いたその言葉に、エイガーは目を見張る。


主が、誰かを気遣う。

それは、ひどく珍しいことだった。


「――はい、必ず」


返答は、もはや届かない。

通信は途絶え、部屋に静寂が戻る。 


エイガーはベッドに腰を下ろし、窓の外へと視線を向けた。


――“任務”は、始まったばかりだ。


応援よろしくお願いします!


気に入って頂けたらブックマーク、評価してくださると執筆の励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ