6話 宿屋
「アンタは次から次へと……」
女将は腰に手を当て、大きくため息をついた。
「はは……泊まる宿がないそうで……成り行きで…」
アマリエは、思わず乾いた笑いを漏らす。
ギルドの鑑定士を皮切りに、王都の研究者と偽って現れた第一王子のヴォルグ。
そして今回、「陽気な旅団」の加入を望むというエイガー。
短い間に、アマリエに関わる者たちが次々とこの宿屋を訪れていた。
女将が呆れるのも無理はない。
「しばらくここに滞在したい。――これで、足りるだろうか」
不意に、エイガーが手のひらほどの革袋を差し出した。
受け取った女将は、両手に伝わる――ずしりとした重みに目を見張る。
紐を解けば、ぎっしりと硬貨が詰め込まれていた。
「これなら、ひと月は余裕で泊まれるよ」
「そうか。なら、それで頼む」
「はいよ!」
女将は一瞬で上機嫌になった。
「アンタ!」
「はいっ」
呼ばれて、アマリエは姿勢を正す。
「アンタの隣の部屋がちょうど空いてるから、案内してやっておくれ!」
「わかりました」
頷き、アマリエはエイガーに向き直った。
「二階が宿泊部屋なんです。どうぞ――」
そう促して、階段を上がる。
「あ、それと! シーツ交換も頼むよ」
「はいはい」
自分も宿泊客だというのに遠慮のない女将に、アマリエは苦笑した。
だが、不思議と嫌な気はしない。
むしろ、胸の奥があたたかく感じる。
「……ここの従業員なのか?」
背後から、エイガーが問いかける。
「いえ、私も客…なんですけどね。……一応は」
「そうか。随分と親しいのだな」
「ええ。女将さんには本当にお世話になっていて」
働き口の相談に乗ってもらい、依頼に出る日には弁当を持たせてもらう。
手伝いを申し出せば、『働いた分だ』といって必ず駄賃を握らせてくれる。
まるで子供のような扱いだが、それがアマリエには心地よかった。
「……信用されているのだな」
何気ないその言葉に、胸がくずぐったくなる。
“信用をされている”。
そう思うと、自然と口元が緩んだ。
◇ ◇ ◇
「――他に必要なものがありましたら、いつでも仰ってください」
整え終わったシーツから手を離し、アマリエが言う。
「分かった」
窓辺に立ち、エイガーが短く応じた。
「では、私はこれで…」
扉に手をかけたところで、ふと思い出す。
「あ、そうだ。ここは朝食と夕食が出ます。食堂で声をかければ、用意してもらえますから」
振り返り、そう告げる。
「ああ」
エイガーは軽く頷いた。
「では、失礼します」
軽く会釈をし、アマリエは部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
『…首尾は?』
低く抑えた声が、通信越しに響く。
「――概ね順調です」
エイガーは簡潔な経緯を報告した。
『――そうか。引き続き頼む』
「御意」
姿なき主に向け、胸に拳を当てて礼を取る。
ややあって、通信の向こうでわずかな沈黙が落ちた。
『……くれぐれも、彼女のことを頼む』
切れ際に届いたその言葉に、エイガーは目を見張る。
主が、誰かを気遣う。
それは、ひどく珍しいことだった。
「――はい、必ず」
返答は、もはや届かない。
通信は途絶え、部屋に静寂が戻る。
エイガーはベッドに腰を下ろし、窓の外へと視線を向けた。
――“任務”は、始まったばかりだ。
応援よろしくお願いします!
気に入って頂けたらブックマーク、評価してくださると執筆の励みになります。




