3話 陽気な旅団
「ここ、よね…?」
アマリエ=ヴィヴィオルドは、ギルド通りの一角にある建物の前で足を止めた。
ギルド通りとは、冒険者向けの武器や防具、回復薬の店が立ち並ぶ一帯だ。
冒険者に必要なものは、何でも揃うと言われ、その一角には生活区まで備えられている。
もっとも、アマリエはこれまで市街地の宿屋を拠点にしているため、この通りを訪れるのは今回が初めてだった。
ここに来たのには、理由がある。
「バッカスさんがくれた地図だと…この辺に丸がついてる、はずだけど……」
目の前の建物には、木の看板が掲げられていた。
乾杯するようにぶつかり合う二つの酒樽。
その背後には、昇る太陽を模した焼き絵が描かれている。
文字はなく、絵のみ。
酒樽の意匠から察するに、どう見てもここは酒場だ。
文字が読めない者も多いこの街では、絵だけで店の種類を示すことは珍しくない。
「『陽気な旅団』の同盟拠点だって言ってたけど。…本当に、ここなのかしら」
店の壁には、酒樽が三角形を描くように積まれている。
――完全に、酒屋の外観だ。
若い娘が一人で入るには、少し――いや、かなり勇気がいる。
アマリエが取っ手に手をかけるべきか迷っていると、扉が内側から開いた。
「キュ!」
「あっ、フェイ!」
肩に乗っていたフェイが、彼女の腕を伝って扉の隙間へ飛び込んでいく。
「うぉっ!?」
中から驚いた男の声が響いた。
聞き覚えがある声に、アマリエはそっと扉の隙間から中を覗く。
「――おう! ちびすけ、元気になったんだな」
フェイは、バッカスの両肩を嬉しそうに行ったり来たりしている。
――以前、助けられたことを覚えているのだろう。
その姿を見て、アマリエは思わず胸を撫で下ろした。
「よお、“マリエ”。そろそろ来る時間だと思ってな。ちょうど外に迎えに出ようとしてたんだよ」
「そ、そうなんですか! わざわざすみません」
恐縮して頭を下げると、
「嘘を言うな」
横から、ぴしゃりと声が飛んだ。
バッカスの隣に立ち、黒髪の美しい女性―リゼッタが腕を組んで睨みつけている。
「お前の下手くそな地図じゃ、マリエが辿り着けないだろうと――私が迎えに行け、と言ったんだろうが」
「でもよ! 迎えに行かなくても、ちゃんと来れただろう?」
バッカスは、得意げに胸を張る。
リゼッタが、眉をひそめた。
「あの…言いづらいですが…」
アマリエは、申し訳なさそうに口を開く。
「ここに来るまで、何度も人に聞いて回りました」
バッカスの地図は、線と丸だけが描かれた非常に簡素なものだった。
正直、同盟の絵が書かれた紙切れの方が分かりやすかった。
リゼッタは、冷ややかな視線をバッカスに向ける。
「……そ、それは悪かったな」
さすがに罰が悪かったのか、バッカスは素直に謝った。
「私も、バッカスに頼ったのが愚行だった。マリエ、すまない」
「いえ! ギルド通りを見て回れましたし、気にしてませんから」
その言葉に、二人は思わず顔を見合わせた。
責められてもおかしくない場面だ。
むしろ怒られても文句は言えない。
それなのに、彼女は不満を言うどころか、楽しそうに語っている。
特にリゼッタは、わずかに目を瞬かせた。
――前向きすぎる。
だがそれは、現実から目を背けているわけではない、無理している様子でもない。
現状を受け入れた上で、自然と良い面を見つけている。
(この子は…)
思っていた以上に、“強い”。
「ギルマス! そこで立ち話してないで、中に入れてやってくださいよ」
会話に割って入ったのは、店の奥――カウンターの向こうにいた大柄の男だった。
「そうだな。マリエ、中に入れ」
バッカスが身を引き、アマリエを招き入れた。
店内は、予想通りの酒場だった。
丸テーブルが並び、店の奥には厨房とカウンター席がある。
だが、どこからか漂ってくる香ばしい匂いが、ただの酒場ではないことを告げている。
さきほど話しかけてきた男は、カウンター内の厨房で忙しそうに手を動かしていた。
厳つい顔つきだが、どこか柔らかい雰囲気がある。
「はじめまして、マリエさん。俺はヤス。――まぁ、料理担当です」
「はじめまして、よろしくお願いします」
アマリエは、丁寧に頭を下げる。
「他の連中は、もう集まってるのか?」
「ええ。中庭の方に」
「よし、マリエ。行くぞ!」
バッカスはアマリエの背中を軽く押すようにして、店の奥へ歩き出した。
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