21話 真実とふたりの秘め事
「ヴォルグ様、お待たせしました」
振り返ったヴォルグは、思わず目を見張った。
太陽に溶け込むような美しい銀髪が――真っ先に視界へ入る。
一拍置いて、目の前に立つ少女が、『マリエ』だと分かった。
初めて会った時と、同じ町娘の装いではあるが、髪色が違うだけで印象が大分違う。
彼女の澄んだ青の瞳に、その銀色の髪は違和感なく収められている。
これが本来の彼女の姿なのだと、合点がいった。
「いえ。…体調の方は?」
ヴォルグの口から咄嗟に出てきたのは、それを避けた言葉だった。
「はい。一日寝ていたら良くなりました」
「それはよかった。…それで――」
「ヴォルグ様…」
周囲の注目を浴びていることに気づき、アマリエは声を潜める。
「…場所を変えましょう」
一拍置いて、二人は静かに頷き合った。
◇ ◇ ◇
「ここは、街の外でも『魔除け』の効果が届いてる場所なので安全です」
アマリエが案内したのは、街の外――草原が広がる小高い丘だった。
風は冷たく澄み、視界を遮るものはない。
眼下にはタルーデの街が広がり、その端にひときわ高くそびえたつ白い塔が見えた。
アマリエはその塔へ目を向ける。
「…ですから、ここにはよく薬草を採りきているんです」
慣れた様子で、アマリエは近くにあった平たい岩の上に腰を下ろした。
「ここは【月呼草】という珍しい花が群生している『穴場』なんですよ」
そう言って、腰かけたまま周囲を見渡す。
「【月呼草】はとても希少価値があって、咲き頃には強い光を放つんです。
その様子が“雲に隠れた照れ屋な月さえ、その光に焦がれて思わず顔を出してしまう”――そう例えられていて…」
アマリエは、足元に咲く蕾のついた一輪の花に視線を落とした。
「別名―【恋の魔花】とも呼ばれているんです。そして“この花を渡しながら告白すると必ず成功する”という言い伝えがあるんですよ」
「それは、興味深いですね」
ヴォルグはその場にしゃがみ込み、アマリエの足元に咲く花へ視線を落とした。
今はどの花も蕾のままだ。
(咲き頃ではない、か)
「…でも、街の外は危険ですから、本物の代わりに――その花をモチーフにしたアクセサリーが飛ぶように売れるそうです」
夢が叶う―
そんな言い伝えに、確かな根拠があるとは思えない。
だがそれは、付与魔法と似ている。
効果は限定的で、過信すれば痛い目を見る。
――それでも人は、花の形をした飾りに想いを込める。
ヴォルグが不可解そうに黙っていると、アマリエはくすりと笑った。
「まさか、こんな近くにあるとは……誰も思いませんよね」
アマリエは遠くの街を見やりながら、続けた。
「ここが安全だと知る術がない以上……仕方がないことですけど」
「知る術がない以上……ですか」
ヴォルグはアマリエの言葉を、ゆっくりと咀嚼するように呟いた。
「ええ。本来の役割を知る者が、限られている以上は…」
その言葉に、ヴォルグは息を呑んだ。
魔灯塔は、聖女が祈りを捧げた場所に建てられる。
“魔を退けるため”の魔造建築物――そう説明されている。
――だが、正確には違う。
魔灯塔が建てられたのは、“原初の聖女”の祈りが残る場所だ。
かつて父王が、生死の境に彷徨った夜。
王になる資格を持つ者として、ヴォルグはある真実を知らされた。
それは歴代の王と、
神殿において最上位に立つ者
そして――
神を代行すると称する存在のみが知る真実だった。
「…神の恩恵は、いつから“人の力が成し得た功績”に塗り替えられたのでしょうね」
アマリエが、独り言のように呟いた。
――その言葉は、“誰のもの”だ?
「…君の言う通りだ」
ヴォルグは掌を握りしめたまま、深く息を吐いた。
――原初の聖女。
それは、神と人を最初に繋いだ存在。
彼女は神の意思を受け、各地に祈りを捧げた。
その祈りが届いた聖なる場所に、後の時代の人間が『印』を築いた。
――魔を退けるための建造物。
――人の手で築いた防衛策。
そう語られていた魔灯塔は、本来――聖女の祈りが及んだ証にすぎない。
人はそれを覆い隠し、『神の恩恵』を、いつしか『人の功績』と呼び替えた。
(……そして、その歪みの上に、今の世界は成り立っている)
◇ ◇ ◇
時代とともに魔法は発展し、人は理解できる力に安堵するようになった。
見えない神より、扱える魔法。
祈りよりも、結果。
やがて信仰心は形骸化し、貴族や神殿はそれぞれの都合で“功績”を必要するようになった。
民を従わせるには、神の名を借りることが最も効果がある。
――そうして生まれたのが、歪みだ。
本来は神の加護を示すためのものが、人の力の証へすり替えられた。
お互いに虚像を守るため、真実は伏せられ、人間の都合のいい栄光に上書きされていく。
――それが、今の世界の成り立ちだ。
王の資格を持つ者としてその歪みを知ってしまった以上、ヴォルグは目を背けることはできなかった。
◇ ◇ ◇
「ヴォルグ様」
沈黙に耐えかねたように、アマリエは名を呼んだ。
縋るような声だった。
今にも泣き出しそうな表情で、彼女はヴォルグを見つめている。
「どうして……なにも言ってくれないんですか」
その声は、かすかに震えていた。
「…『なぜ、それを私が知ってるのか』……って」
そう言い、アマリエがおもむろに右手の手袋に手をかける。
その行動の意味を、ヴォルグはすぐに理解した。
「マリエさん」
ヴォルグは咄嗟にアマリエの右手を掴み、それ制止する。
「…僕は、今まで真実を知ることが正しい行いだと思っていました」
あまりにも唐突な言葉に、アマリエはきょとんと目を瞬かせた。
「…まずは、僕の話を聞いてください」
そう言うと、ヴォルグは彼女の手を握ったまま、隣に腰を下ろした。
一瞬だけ戸惑ったものの、アマリエはすぐに居住まいを正し、黙って小さく頷いた。
「…僕は、今まで魔法も、精霊も…そして神学も。
知りたいと思ったことは、すべて学び、どんなものでも理解できるようにしたかった。それが、いずれ国のためになり、民を守る力になると…そう思っていたんです」
何か思うことがあったのか、ヴォルグの握る手に力がこもった。
アマリエが僅に身じろぐ。
それに気づいたヴォルグは、すぐに力を緩めた。
だが、彼女の手を離すことはなかった。
アマリエもまた、その手を振りほどこうとしなかった。
ヴォルグは、繋いだままの手に視線を落とす。
「でも…それは違った。僕は“知ること”を優先するあまり、人の気持ちを何度も置き去りにしてきたんです」
一拍置いて、ヴォルグは自嘲気味に微笑んだ。
「…それが今回の事態を招いた。今なら、はっきりと分かります」
ゆっくりと顔を上げ、アマリエを見つめる。
「でも…君がそれに気づかせてくれた。君には、とても感謝している」
アマリエは思わず、目を見開いた。
「君が言おうとしていること…それを知ってしまったら――恐らく『私』は、君の自由を奪うことになる」
「……」
アマリエの繋いだ手に、わずかに力がこもる。
その小さな反応だけで、ヴォルグには十分だった。
彼女自身が、すべて理解していることは伝わる。
「君が、そこまでして“そう在ろう”とするのは……」
ヴォルグは静かに息を整え、続けた。
「――きっと、それには意味があるんでしょう」
握る手に、今度は彼の意思が込められる。
「だから、今はまだ、答えを望まない」
◇ ◇ ◇
「一つだけ、気に留めてほしいことがあるんだ」
「?」
「僕は君の味方だ。これから――どんなことが待っていても」
その力強い言葉に、アマリエは思わず泣きそうになった。
「だから、その時が来たら――他の誰でもなく、僕を頼ってほしい」
一瞬だけ目を瞬かせて、アマリエはゆっくりと微笑みを浮かべる。
「…はい」
短く、けれど――確かな返事だった。
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