16話 王子の回顧2
赤髪の男が語ったのは、『精霊』という存在についてだった。
ヴォルグの周囲にまとわりついていたあれらは、力をほとんど持たない『低級精霊』だという。
無害で、姿も形も定まらない――人型のものもいれば、思念のような存在もいる。
だが、その上には自然の力を自由自在に操る精霊が存在し、さらにその頂点に立つものは、他の精霊すべて従わせる力を持つ。
人間と契約できる精霊もいるが、それは【精霊書】という、形式に則った場合のみだ。
しかも人間が主導権があるように見えて、実際は精霊の気まぐれ次第。
力を借りられるかどうかは、契約主の都合では決まらない。
『……そして稀に、人間を器として支配しようとする輩がいる』
ヴォルグが狩場の池で遭遇した存在はまさにそれだった。
穢れを吸い、歪み、悪しき精霊へとなり果てたもの。
それは世界に害を成す存在であり、消滅させるほかない。
『あなたは…上級精霊なの?』
ヴォルグの問いに、赤髪の男は鼻で笑った。
『いや、余はさらに“上”だ。ほぼすべての精霊を従わせ、悪しき精霊を滅する力を持つ』
『それって………』
『ああ、迎えが来たようだぞ』
木々の方に視線を向けた赤髪の男が、突如その姿を消した。
ヴォルグは目を瞬かせる。
『お前は、どんな精霊からも無条件で好かれる特異な体質だ』
木々の間から、家臣が血相を変えて駆けてくるのが見えた。
『だからこそ、気を付けろ』
その声は、脳裏に直接響き続ける。
『その力を制御できなければ、お前は自分も、他者も守れない“世界の脅威”になりうる』
『それって……』
『……余と契約したということは、そういうことだ』
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その正体が分かれば、それを怖がる必要性はもうない。
むしろ精霊という存在に興味が沸いた。
彼らの理解を深めれば深めるほど、ヴォルグの世界は無限に広がっていく。
なにより精霊たちはヴォルグの傍らにいつも居て、人よりも深い『安らぎ』を与え続けてくれていた。
――なのに何故……。
(…なぜ、急に彼らが見えなくなった?)
都合によって精霊の存在を視界から消すことが出来るようになっていたヴォルグだったが、意識しても見えないことは――今回が初めてだった。
精霊たちの存在はまるで消滅したかのように、突然分からなくなった。
時に煩わしく感じることもある存在だが、いなくなると寂しく感じるもの。
(この辺りの……穢れが強いせいなのか?)
あの狩場での出来事を思い出す。
そこは、いたずらに命をもてあそび奪う場所だ。
つまり死の関わりが深い場所。そんな所には“穢れ”が滞りやすい。
精霊とは『悪しき精霊に成り下がることは、死よりも恐ろしいこと』と刷り込まれており、本能的に嫌う。
無垢な精霊たちは、ヴォルグのことを本当の仲間のように思っているので、世話を焼きたがる。
だからあの時、穢れた場所に近づいたヴォルグを見かねて、精霊は慌てて止めようとしたのだ。
聖女でもないヴォルグが、イレーネに見せた花の穢れを察知したのは、まさに彼らのお陰だった。
かつては――
純粋無垢な彼らの存在を疎ましく思っていた。
しかし、今では種族が違えど『隣人』として親しみを持って接していた。
『それは、違う』
「……違う?」
否定されて、ヴォルグは思わず『声』に聞き返す。
『なに、簡単なことだ。お前に入り込んだ「別の力」が奴らとの意思疎通を阻害している』
「別の力……?」
『ああ、低級共の力では、まず太刀打ちできない強大な力だ』
理解追いつかず、ヴォルグは思わず唸った。
(魔力でもない。精霊の力でもない……)
ヴォルグ自身が持つものではない――“何か”。
それが今、自分の内側に存在している。
ヴォルグに、その自覚はなかった。
『無駄は省く。――今のお前には、余しか見えん』
「!?」
思わず、足を止めたくなった。
「無駄なことは考えるな。――もうすぐ着く」
ヴォルグは、止まりかけた足を動かした。
◇ ◇ ◇
赤々と燃える家並み。
小さな荷物を持って逃げる住民達の波に抗うように、ヴォルグは前に進む。
そして、何もない開けた場所に着いたヴォルグは、息を切らしながら周りを見渡した。
「……ああ、ヴォルグ様。お待ちしておりましたよ」
聞き覚えのある声に、ヴォルグは振り返った。
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