13話 精霊の噂
(…少し、肌寒くなってきたわね)
冷え切った暖炉の前に置かれた椅子に腰掛け、アマリエは両肩をさすった。
一方で、窓際に立つヴォルグは外の様子を静かに見張っている。
いつの間にか日も落ち、空はすっかり夜の色を帯びていた。
先ほどまでと違い、今のヴォルグは落ち着ているように見える。
「通信用の魔道具は、持っていないんですか?」
通信が通じれば、護衛がすぐに駆けつけるはずだ。
「………逃げる際に、落としたようで…」
「…なるほど」
小さく肩を落とす。
ヴォルグは、すでに通信を試みていたのだろう。
「…それに、護衛が…いないと気づいた直後、通信を試みようとしたのですが――阻止されたようでして」
「それは…通信妨害用の魔道具のせい―ということですか?」
「おそらく」
通信妨害用の魔道具は、通信具そのものより遥かに高価だ。
質の良いものともなれば、市民が一生働いても手に入らない。
(反神殿派。……それも、大貴族の差し金)
ヴォルグの推測は、限りなく現実味を帯びていた。
救援を呼ぶ手立てを失った以上、今は動かないほうがいい。
二人は夜が明けるまで、この廃屋に身をひそめることにした。
だが、北部に近いタルーデの夜は冷え込む。
(…寒い)
暖炉に火を入れたいところだが、それは追跡者に居場所を知らせる行為だ。
無意識にまた腕をさすった、その時だった。
月明かりに照らされ、細い影が足元に伸びる。
顔を上げると――
ヴォルグが、アマリエの肩に自分の上着をそっと掛けた。
「寒いですよね。――気が利かずすみません」
「…あ、い、いえ…!」
不意を突かれ、思わず声が出る。
ヴォルグは、すぐに自身の口元に指を当てた。
――静かに。
そう告げている。
「…すみません」
アマリエは、小さく謝った。
「でも…ヴォルグ様は寒くありませんか?」
気遣わしげに尋ねると、ヴォルグは首を横に振る。
「僕は大丈夫です」
「でも…」
「僕には、……『精霊の加護』がありますから。貴女が着ていてください」
少し素っ気なくそう告げ、ヴォルグは再び窓辺に戻った。
「……ありがとうございます」
相手の好意を受け取り、静かに頭を下げた。
(精霊がついている、という噂……本当なのね)
ヴォルグは、精霊王と契約しているのではないか――
そう囁かれるほど、桁外れの魔力量と魔法の才を持つ人物だ。
精霊は、一般の人間には姿を認識できない存在だといわれている。
見える素質のある者は【精霊使い】と呼ばれるが、その数は極めて少ない。
魔力とは異なる“自然の力”を扱う存在。
しかもその二つは本来、相容れないものだとされている。
それでも――ヴォルグは常識から外れている。
(精霊王か、どうか分からないけど……)
不思議と、彼の傍には温かい気配がある。
それが聖女としての感覚なのか、分からない。
けれど――肩に残る上着の温もりに安らぎを覚えながら、アマリエは静かに瞼を閉じた。
・
・
・
『さァて……どうヤって、標的ヲおびき出すつもりダ?』
機械じみた嗄れた声に、アレンは振り返りもせずに応じた。
「簡単なことだ」
指を舐め、風向きを確認する。
そして、近くの家屋へと火を放った。
「殿下は火の精霊を“飼っている”…感知は誰よりも早い」
「ナるほどなァ。……さすガ、あの男のコトは誰よリも詳しい」
その言葉に、アレンの殺気が鋭く立つ。
「オ前ガ裏切リ者ダと知ったラ…」
言い終わるより早く アレンは腕を振るった。
バサッ、と羽音。
漆黒の翼が夜空を切り裂く。
先ほどまで鴉が留まっていた場所に、銀色のナイフが深々と突き刺さっていた。
「……チッ」
舌打ちするアレンを嘲笑うように、鴉はその頭上を旋回する。
「俺には構うな。…約束通り“ーー”はおびき出してやる」
鴉は満足げに一声鳴き、闇へと溶けていった。
応援よろしくお願いします!!
気に入って頂けたらブックマーク、☆で作品を評価してくださると執筆の励みになります。




