12話 誤算と傲慢
「……誰も、住んでいないようですね…」
『探索』に反応がないことを確認し、アマリエは慎重に廃屋へ足を踏み入れた。
床一面、白く積もった塵の上に、自分の足跡だけが黒く残る。
――長い間、誰も入っていない。
「ヴォルグ様、とりあえず中に――」
そう言いかけて、アマリエは振り返った。
ヴォルグは、俯いて立ち尽くしていた。
収まりの悪い前髪が影を落とし、夕暮れの光に紛れて表情は読み取れない。
「…すみません」
消え入りそうな声だった。
「………」
アマリエは、咄嗟に言葉が出なかった。
自分を巻き込んだことを悔いている――それだけは、はっきりと分かる。
だから慰めの言葉をかけたところで、彼には届かないし、この状況が好転するわけではない。
――何者かが、確実に追ってきている。
そして狙いは、間違いなくヴォルグだ。
アマリエは黙ったまま、一向に動かないヴォルグの背を押しながら、音を立てないように慎重に扉を閉めた。
暖炉の前に置かれた椅子に座らされて、ヴォルグは成すがままに腰を下ろした。
膝の上で手を組み、深く俯く。
アマリエは小さく息を吐いた。
「僕のせいで……貴女を巻き込んでしまいました。すみません」
沈んだ声音だった。
「……ヴォルグ様を追っている方々は、何者なのですか?」
謝罪を重ねさせるより、今は情報が必要だ。
「…おそらくは、反神殿派の仕業です」
「反神殿派…」
アマリエは、その言葉を反芻する。
「私は神殿との親睦を深めているのですが、父――陛下と貴族たちは、快く思っていません。特に上流貴族は、神官に地位を脅かされることを恐れている」
現国王は“潔癖王”と呼ばれるほど、不正に厳しい人物だ。
俗世を離れた存在の神殿が、国政にまで影響を及ぼしている現状を、強く警戒している。
「表向きは中立を保っていますが、陛下自身は神殿との距離を望んでいます。
神に仕える者たちが本来の役割を忘れ、私利私欲のために国政を動かす――そんな状況を、よしとはしていない」
アマリエは黙って耳を傾けた。
だが王族貴族が神殿と対立すれば、信仰する民の反感を買い、内戦にすら発展しかねない。
「…僕は、利用できるものは利用すればいいと思って…いました。最終的には自分が手綱を握っていればいい、と」
話す内に気持ちが落ち着いたのか、ヴォルグはわずかに顔を上げた。
「ですから、父の反対を押し切って、聖女との婚約も受け入れたのです」
その言葉は、アマリエの胸に静かに突き刺さった。
本来、その立場に立つはずだったのは、自分だ。
だからヴォルグの言葉を、他人事のように受け流すことができない。
手駒だと言われているようで、重く響いた。
――距離を取ろうとしていた。
姉の婚約者として、敵のようにすら思っていた。
けれど、短い時間を共に過ごしただけだが、ヴォルグの認識は変わった。
強引で、理屈屋で、それでも自分の非を認めて謝れる人。
(やっと、向き合えると思ったのに…)
一瞬で、裏切られたような気持ちになった。
「…この件で、反神殿派を思った以上に刺激してしまったようです」
聖女との婚姻は、彼らにとって到底受け入れ難い。
それでもヴォルグは、制御できると踏んでいた。
だが――
「そうですね。…人の気持ちは、簡単には推し量れるものではありませんから」
アマリエは静かに呟いた。
実姉の気持ちさえ、理解ができなかった自分だからこそ、分かる。
「人の気持ちを知っているつもりでいることは、とても傲慢なことなのかもしれませんね」
窓の外を見つめながら、アマリエは淡々と呟いた。
人は理性で生きているつもりでいても、最後に選ぶのは感情なのかもしれない。
(…僕も、父に対して――意固地になっていたんだな)
結局、自分も“感情”で動いていた、ということだ。
「…そうですね」
腑に落ちたように、低く呟く。
「人には感情がある。そんな当たり前のことを忘れていました。――僕が浅はかだった」
応援よろしくお願いします!!
気に入って頂けたらブックマーク、☆で作品を評価してくださると執筆の励みになります。




