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6話 対面


「――マリエさん。ご足労おかけしてしまって、本当にすみません」


 鑑定室に顔を出したアマリエに対して、鑑定士は深々と頭を下げた。


「ヴォルグ様は、私の研究室の方にいらっしゃるんです。――どうぞ、こちらへ」


「は、はい」


 促されるまま、アマリエは鑑定士の後に続いて廊下に出た。 


「そういえば、マリエさんに名前をお伝えしていませんでしたね」


「あ、そういえば…」


「…大変失礼しました。私、エマ=ティスマと申します」


「エマさん。改めて、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 二人は軽く会釈を交わし、廊下の突き当りから中庭に出た。


「そういえば、髪を染められたのですね」


 何気ない一言に、アマリエの心臓が大きく跳ねた。


「…ええ。…き、気分を変えたくなって…」


 不意を突かれ、声がわずかに裏返る。


 ここに来る前、アマリエは染料で髪を染めていた。


 銀色の髪はこの国では珍しく、春の祭典で一度顔を合わせているヴォルグなら気づく可能性がある。

 そのため、庶民に多い茶色に染め、髪はひとつまとめて背中に流していた。


 白いシャツに紺色の膝下丈のスカート――どこにでもいる町娘の装いだ。


「そうなんですね…あんなに美しい銀髪でしたのに」


 『勿体(もったい)無い』とでも言いたげに、エマが自分のことのように嘆く。


 アマリエは、苦笑いした。


(安い染料だから……髪を洗ったらすぐ落ちるんだけど)


 話題にはしたものの、エマは特に不審に思ってはいない様子だった。

 彼女に気づかれないよう、そっと胸をなで下ろす。


 二人は中庭を抜け、別の建物へ入った。

 やがてエマは一つの扉の前で立ち止まる。

軽く髪を整え、深呼吸してから、扉をノックをした。


『どうぞ』


 中から、穏やかな男性の声が返ってくる。


「…失礼します!」


 やや緊張した様子のエマに続き、アマリエも一度深呼吸をして部屋に入った。


「――エマ。君の研究室なんだから、ノックはいらないと思うけど」


 椅子に座っていたヴォルグは、読みかけの本を閉じてクスリと笑った。


「す、すみません…つい…」


「別にいいよ、君らしい」


 そう言ってから、ヴォルグはアマリエに視線を向ける。


「はじめまして。ヴォルグ=ロバルンレットです」


 爽やかな笑みを浮かべ、彼が手を差し出してきた。

以前会った時には、なかった丸縁の眼鏡をかけている。


「は、はじめまして。お目にかかれて光栄です。……マリエと申します」


 胸の鼓動を抑えながら、アマリエも手を伸ばした――が、すぐ動きを止めた。


(……あ) 


 この国では、手袋をして握手を交わすのは無礼にあたる。

 表向きは敵意がないことを示すためだが、実際には暗殺防止の意味合いが大きい。

 かつて、手袋の内側に毒針仕込んだ暗殺者の手によって要人が殺された事件があり、それ以降は素手で握手を交わすことが慣例となっていた。


 聖女の付き人だったアマリエは、その暗黙のルールを知っている。

 だが、手袋を外せば、【聖紋(せいもん)】が見えてしまう可能性がある。


――万が一にも、ヴォルグが見えることを考えれば、ここで手袋を外すのは避けたい。


(…そもそも、王族と平民が、こんなに気軽に握手していいの?)


 一瞬の逡巡(しゅうじゅん)を、ヴォルグは不思議そうに見ていた。


「す、すみません。…手に、あまり見せられない古傷がありまして。手袋したままで…どうか、お許しください」


 アマリエは、深々と頭を下げた。


「謝る必要はありませんよ」


 警戒する様子もなく、ヴォルグが穏やかに微笑む。


「今日は公務ではありませんから」


 その言葉にアマリエはほっと息をつき、軽く握手を交わした。


「――では、早速ですが。マリエさん、お願いします」


 挨拶もそこそこに、エマが石板の前に立ち、アマリエを呼んだ。


 かつて鑑定室にあったユーバトの石板は、今はエマの研究室に移されていた。

 アマリエは以前と同じように、石板へ魔力を流す。


測定不可(エラー)


 表示は前回と変わりなかった。


 

   ◇ ◇ ◇


 

 何度か装置を調整し、魔力を送り直しても、結果は同じ。      


「…うーん」


 ヴォルグは石板を見つめたまま、低く唸るように呟いた。

 顎に手を添え、装置の反応を追う視線は、周囲から切り離されたように思考へ没頭していた。


「分からないな……」

 

 それは誰に向けられた言葉ではなく、考えを整理するための独り言だった。


「お力になれず、申し訳ありません…」


 その声に、ヴォルグは思考の底から引き上げられたように顔を上げた。

 アマリエが居たたまれなさそうに、視線を落としている。


「いいえ…」


 ヴォルグは、すぐに首を横に振った。


「謝る必要はありません。原因が分からない、こちらの問題ですから」


 再び視線を石板に戻し、今度は少し思慮深く言葉を続けた。


「むしろ…非常に興味深い結果です」


 やっと石板から視線を離し、ヴォルグはアマリエに向き返った。


「私の我儘に付き合わせてしまったのです。こちらこそ、感謝しています」


 ヴォルグは、穏やかに礼を言った。


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