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3話 素顔


「一つ…聞いていいか…?」


 目の前に置かれた料理の品数の多さを見たネクタリウスは、思わずそう尋ねた。


「はい。何でしょう?」


 飲み物をコップに注ぎながら、アマリエが首を傾げる。


「これを…『一人』で食べるつもりだったのか?」


「えぇ、そうですけど」


 当然のように頷く。


「…どう見ても、五人前はあると思うのだが…」


 ネクタリウスの指摘に、アマリエは苦笑した。


「――『痩せの大食い』とはよく言われます」


「…そうか」


「キュイ!」


「はいはい、フェイにはフードあげるわね」


 アマリエが革袋から固形の餌を皿によそうと、フェイはガツ、ガツと音を立てながら勢い良く食べ始めた。


「私たちも食べましょうか」


「…ああ」


 アマリエはスライスした肉を挟んだパンを食べ始めた。

 スパイスの効いた甘辛のソースと柔らかい肉の相性は抜群だ。


(店主さんの料理は、本当に美味しいわね)


 アマリエはホクホク顔のまま、次々と料理を平らげていく。

 その様子を、ネクタリウスは呆気にとられたように見ていた。


「…そういえば、ラウルさんは一緒ではないんですね」


 アマリエは辺りを見渡しながら、ネクタリウスに話を振る。


「ああ、少し食料の調達を頼んでいてな」


「そうなんですね」


「じきに戻るとは思うが…」


「なら、ラウルさんの分は取っておきましょう」


 アマリエはまだ手をつけてない料理をテキパキとバスケットの中に戻した。


「…気遣い、感謝する」


「いえ! とんでもない」


 ネクタリウスが頭を下げるので、アマリエは慌てた。


「以前、ラウルが非礼が働いたと思うが…あいつは気難しい所はあるが根は良いんだ」


「ですよね。ラウルさんは、ただ素直になれないだけだと思いますし」


「ああ。混血種(ハーフ)というだけで冷遇されてきたせいか…他人を信用しない。いや…あえて壁を作ろうとするきらいがあるようだ」


「…なるほど。防衛線を張ってしまうんですね」


「ああ」


 ネクタリウスは腕を組みながら、深く頷いた。


「ラウルさんの気持ち…少しわかる気がします」


「?」


「神殿暮らしをしていた時、私に対して敵意を向けてくる人は少なからず居ました。…だから――」


 アマリエは当時のことを思い出し、少し俯いた。


 

 神殿の暮らしはアマリエにとっては生きづらく、まさに悪夢の日々だった。


 神殿に迎え入れられた時から、すでに『聖女確定』と囁かれていたイレーネ。

 その実妹、付き人として、アマリエは破格の好待遇を受けた。

 しかし、それを不満に思う者は多かった。

 

 ぽっと出の商家の娘。

 さらに、大した修練を受けずいきなり上級神官となった。

 真面目に修練を積んだ者たちの反感を買うのは至極当然の流れだ。

 

 正式にイレーネが聖女として認められると、アマリエも『聖女の付き人』として振る舞うようになった。

 あからさまな意地悪はされなかったが、影での陰湿な嫌がらせは日に日に多くなった。

 陰口や物を隠されるという典型的な嫌がらせから、神殿宛てにアマリエに対して中傷的な手紙が何通も送られることもあった。

 

 肉親であるはずのイレーネは、アマリエを毛嫌いしていた。

 そのため救いの手を差し伸べることは決してなく、見て見ぬふりをしていた。

 すべて間接的な嫌がらせだが、精神的に追い込まれるには十分過ぎた。

 そのためアマリエは、自身の心が傷つかないように他人との距離を取っていた。


 ――だから、他人に対して壁を作ろうとするラウルのことは決して、他人事ではない。



「…そうか。お前は神官だったな」


「はい。“元”ですけど」


 ネクタリスの言葉に、アマリエは苦笑した。


「なるほど。……会った時より、随分と生き生きして見える」


「そうですか?」


「ああ」


 その言葉に、アマリエは少し考えこんだ。


「――そうかもしれません。今はとても自由な気がします」


 アマリエは握りしめたコップを見つめながら、ぽつりと小さく呟く。

 

 ――“元凶”だった姉というしがらみがなくなったから、そう思うのかもしれない。


「頬についてるぞ」


 ネクタリウスが、ふいに手を伸ばしてきた。


「え?」


 アマリエは弾かれたように顔を上げる。


 ネクタリスの指が近づき、アマリエの唇のすぐ横についていたソースを拭う。


(え、え、え、)


 自身の顔が、カーッと一気に熱を帯びていくのを感じた。


 その時、強い風が吹いた。


 アマリエは咄嗟(とっさ)に顔にかかった髪を手で抑える。

 と同時に、ネクタリウスが被っていたフードが後ろに大きく捲れた。


 息を吞むほど艶めかしい男の相貌に、胸が止まりそうになる。

 その赤い双眸(そうぼう)に、アマリエは吸い込まれそうな感覚に陥った。


「…きれい」


 思わず、そう呟いていた。


 その瞳はあまりに澄んでいて――なにより美しかった。


「あ、いや、すみません!」


 すぐ我に返ったアマリエは、ペコペコと何度も頭を下げた。


「いや、嫌なものを見せたな」


「え?」


「この『()』のことだ」


 赤い瞳は魔族特有の特徴である。

 流れる血を連想させることから、不吉であり、畏怖(いふ)の象徴として人間から忌み嫌われている。


「そんな! 嫌なものだなんて!…私は、綺麗と思いました」


 アマリエは膝に乗せた手をぎゅっと強く握って、思い切って素直な気持ちを告げた。

 男の人に対して綺麗と言うのは、はしたないことなのかもしれない。



 ――だが、本当にそう思ったのだ。


 一方のネクタリウスは、アマリエの言葉が意外過ぎて目を見開いた。

 そんなことを言う“人間”には、今まで会ったことがなかった。


「おかしなやつだな…」


 目を伏せながら、ネクタリウスはすぐフードを被り直した。


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