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1話 休息


『――如何なさいましたか、我が君?』


 木の幹に上体を預け、(まぶた)を閉じていたネクタリウスに――姿なき声が静かに掛かった。


「ロバルンレット王国に、『夜鴉(ヤタカラス)』は潜伏させているのか?」


 ネクタリウスは、瞼を開けることもなく問いかけると、『はい』という声が返ってきた。


「イオロスの魔物討伐、その件の調査報告の内容が知りたい」


『…承知致しました』


「頼む」


 要件を伝えたネクタリウスがすぐ“念話”を切ろうとすると、相手は露骨に咳払いをした。


『…一つ聞いても宜しいでしょうか?』


「なんだ?」


『…いつお戻りになられるのでしょうか?私だけでは処理しきれない案件が次々と舞い込んでおりまして…』


 声は心底困り果ているようで、穏やかながら疲労が(にじ)み出ていた。


「…すまん。もうしばらくかかる」


『謝る必要などございません』


 声は苦笑した。


『道中、お気をつけて』


「ああ」


 念話を終えたネクタリウスは、そよ風に揺れる草木の心地よい音に耳を傾けつつ――微睡(まどろ)み始めた。


「有益な情報は何一つ掴んでいない…」


 独り呟くと、長く息を吐き出した。



 ネクタリウスが求めていたのは、ただ一つ【魔剣】に関する確かな情報だった。


 魔剣が忽然と消えた時期とほぼ同じ頃に、ロバルンレット王国の最北端イオロスに、魔物の群勢が現れた。

 ネクタリウスはこの二つの事柄に、何らかの因果が潜んでいると踏んだ。

 だがそこは彼にとって介入しづらい領分であり、居た場所からイオロスまであまりにも距離があった。

 

 イオロスへ向かう途中のタルーデの街で、『アンデッドの群勢がすでに引いた』とラウルが商隊から聞き取った。


 ――もう、遅かった。


 さらに、手がかりとなり得た“森の猟師”まで何者かに殺されてしまった。


 ――糸口が絶たれてしまった。

 


 ネクタリウスはもう一度深い息を零し、瞼を閉じる――その時。


「ガゥ!ガゥ!」


 遠くの方から獣の低い唸るような声が聞こえて、ネクタリウスは薄く瞼を開けた。

 目の前にある丘から数頭の灰狼(はいろう)が、白い小型獣を追いかけている姿が見える。


(………)


 自然界で弱い獣が強い獣に捕食されるのは、ただの摂理だ。

 ネクタリウスは傍観者(ぼうかんしゃ)に徹することを選んだ。

 だが、その意思を無下にするように白い小型獣は、明らかにこちらに向かって駆けてくる。


「おい…」


 思わず、声が漏れた。


 白い小型獣は大きく跳び、ネクタリウスに飛び乗った。

 獲物を横取りにされたとでも思ったのだろう。

 追いついた灰狼が牙をむき出しにし、激しく吠えかかってくる。


「キュイ…」


 ネクタリウスの首に縋るように、白い小型獣は小さく縮こまった。

 その首には、青い首輪が()められている。


(……見たことのない魔獣だな)


 ネクタリウスは、その小型獣からわずかに魔力を感じ取った。

 

 【魔獣】とは、瘴気(しょうき)を含んだ森や荒れ地でも平気で暮らせる動物だ。

 一般的な獣との明らかな違いは、意思を持って魔法の攻撃をすることだ。

 冒険者ギルドの依頼の多くが、魔獣討伐で占められている。


 ネクタリウスは、今までこんな胴長で短足な魔獣は見たことがなかった。

 灰狼の威嚇に目もくれず、しがみつく白い小型獣をじっと見る。


(……希少種なのかもしれんな)


 途端に興味が沸いたネクタリウスは、すくっと立ち上がった。


 五月蝿(うるさ)く吠える灰狼に、ダン、と一歩足を踏み出す。


 ――一瞬、怯んだ気配があった。


 だが、獲物の前にして退くほど、臆病な個体ではないらしい。


 ネクタリウスはため息をつきながら、静かにフードを外した。


 ――その瞬間、空気が変わる。

 

 言い知れぬ圧を本能で察したのか、灰狼たちは耳と尻尾を伏せ、じりじりと後退った。


『去れ』


 ネクタリウスが“命じる”と、灰狼は一斉に背を向けて走り去っていった。


「やれやれだな」


「キュイ…」


 ネクタリウスは溜め息を吐き、小型獣が応えるように小さく鳴いた。

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