14話 聖女の憤り
日が暮れてバッカスとリエッタは、それぞれ帰っていった。
「…なんか、見苦しいところを見せてごめんね」
「いえ!リエッタさんは、とても弟さん思いの方なんですね」
申し訳なさそうにするミハエルに、アマリエは微笑んだ。
「そうだね…昔からいつも僕を助けてくれたんだ。優しい姉でね」
「羨ましいです。私も姉が居ますが…とても仲が悪かったもので」
「そ、そうなんだ」
「まぁ、女同士…姉妹とはそういうものかもしれませんね」
そう言って、アマリエはどこか遠くを見るように窓の外へと視線を移した。
◇ ◇ ◇
「ヴォルグ様は今どうしていますか?」
イレーネは、自身の髪を梳いている女神官に尋ねた。
イレーネが実妹を亡くし、体調を崩して寝込んでいると言うのは周知だった。
周囲は腫れ物を扱うように優しく接してくれることに、悲劇のヒロインの気分に浸っているイレーネはとても機嫌が良かった。
――周りの視線が自分に向いていることが、何よりも気分がいい。
しかも目の上のたんこぶであったアマリエがいなくなったことで、この上なく最高の気分になっていた。
だが、パスロトの駐屯所に来てからというもの、婚約者であるヴォルグの訪問がなくなったことが気がかりだった。
ヴォルグの侍女や直属の臣下に聞いても、「殿下は忙しい身なので」と言うだけで、まったく本人に会えない。
新しく仕えるようになったこの女神官に問い詰めても「聖女様の体調を思って、気を使っていらっしゃるんですよ」と呑気に答えるだけだ。
「殿下でしたら、お出かけになられているそうですぅ」
女神官――ターニャがのほほんと答えた。
「お出かけ、ですか…?」
イレーネの顔が途端に不機嫌そうに歪んだ。
「えっと……タルーデ?という街に行かれたそうですよぉ」
ターニャは空気を読まずに、ニコニコと答えた。
「……そうですか」
澄まし顔で呟いたイレーネだったが、心の中は煮えたぎるような怒りに満ちていた。
(私が寝込んでいるのに…? 一言も言われてないわよ、そんなこと!!)
ここにいたのが“アマリエ”だったら――怒鳴りつけ、物を投げつけていたところだ。
癇癪を起こす寸前だったが、今まで積み上げてきた聖女の仮面をそうやすやすと剥ぐわけにはいかない。
イレーネは衝動を抑えるように奥歯を噛み締めて、ドレスの生地にシワができるほど、膝に置いた手をきつく握った。
「はい! 王子様って大変なんですねぇー」
「…ですね」
ターニャは笑顔で品性の欠片もない馬鹿っぽい話し方をする。
その空気を読まない言動は、アマリエとよく似ていた。
――かなり癪に障る女だ。
「…もう結構です」
イレーネがピシャリと言い捨てると、ターニャは不思議そうにしながら櫛を持った手を止めた。
イレーネは椅子から立ち上がり、無言で部屋を出ていく。
◇ ◇ ◇
(――魔物討伐はもう終わったはずなのに、いつまでこんなところに留まっている気なのよ!ここにいる奴らはホント全然使えないし!)
「イレーネ様ぁ!どうしましたかー?」
ターニャが大声をあげながら、慌てて後を追ってきた。
「…少し気にかかることがあるのです」
「?」
イレーネは歩調を緩めることもなく、早足で廊下を進む。
――そして、ある一室で足を止めた。
少し乱れた息を整えてから、イレーネはノックせずにドアを開ける。
「これは!聖女様」
突然入ってきたイレーネの姿を見た途端、副団長が椅子から勢い良く立ち上がった。
書類処理をしていた兵士達も、右に倣い、首を垂れる。
「ど、どうなさったのですか?」
「仕事中に失礼いたしますわ。いつまでここに滞在する予定か、伺いたく参りました」
イレーネの刺々しい口調に、副団長は狼狽した。
「そ、それは…調査がまだ終わっておりませんので…あと1、2週間はこちらで待機する予定だと…」
副団長が話している間に、イレーネは部屋を見渡す。
「ヴォルグ様は?」
「今朝早く…タルーデに向かわれましたが…」
「それは先ほど聞きました。…私自身、殿下から一言も言われませんでしたわ」
「そ、それは…聖女の体調が優れないから、と殿下なりの気遣いでして」
「そうですか。…今度からは、このような情報は私にも知らせてくださいませ」
「わ、わかりました」
「…では失礼しますわ」
イレーネはそれだけ言い残すと、さっさと部屋を出て行った。
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