2話 王子と浄化の力
「会いたかったですわ、ヴォルク様」
ヴォルグ=ロバルンレットに、イレーネは猫なで声でそう告げた。
同時に、自慢の豊満な胸を押し付けるようにして、彼の腕に自身の腕を絡める。
「僕もだよ」
イレーネの露骨すぎる仕草に何の反応も示さず、ヴォルグは穏やかに微笑む。
――二人は並んで、回廊を歩き始めた。
ヴォルグは、柔和な整った顔立ちで、深紺の軍礼服を着ていた。
収まりの悪い栗色の髪を一つに括り、背中へ流している。
そして鮮やかな新緑の目の下には、薄っすらと隈が出来ていた。
「…また遅くまで研究をしていたんですか?」
そのことに気づき、イレーネが気遣いげに尋ねる。
「いや。今日の式典のことで…少々ごたついてね。寝るのが遅くなったんだ」
ヴォルクは苦笑した。
「そうでしたか。くれぐれも、ご無理をなさらずに」
「…ありがとう」
気遣うイレーネに対し、ヴォルグは控えめな笑みを作った。
ヴォルグは、ロバルンレット王国の王太子であると同時に――弱冠二十歳にして王立魔道士団の団長を務める、稀代の天才魔道士でもある。
光魔法と炎魔法という、稀な二つの魔属性を有し、他者と比較にならないほどの高い魔力を持つ。
そのため上級魔法であっても、無詠唱で難なく使いこなせた。
――その実力は、【精霊王】と契約を交わしていると、囁かれるほどだ。
ヴォルグは魔道士としても優秀であるが、意外にも神話学に精通している。
母親が元聖女だったことが影響しているのか、
特に『聖女』に関しての研究には、熱心に取り組んでいた。
そんな彼に対し、イレーネは全面的に協力し、甲斐甲斐しく手伝っている。
――そんな二人の婚約が決まったのは、つい最近のことだ。
「…イレーネ。食事する前に、一つお願いしてもいいかい?」
その言葉に、イレーネは不思議そうに小首を傾げた。
◇ ◇ ◇
「この花を見てほしいんだ」
ヴォルグは、イレーネに一つの植木鉢を差し出した。
――花は、茎も葉も、萎れかかっており、力なく下を向いている。
「昨日、見た時にはこんな姿ではなかったんだ。こんな短期間で枯れるなんて…異常だと思わないかい」
「………」
イレーネは長い睫毛を瞬かせながら、元気をなくした花を凝視する。
「これは…『穢れ』ですね」
アマリエが反射的に呟いた。
――ヴォルグの言うとおり、この花は異常だ。
花全体に禍々しいオーラが纏わりついている。
神々の戦いがあった大昔。
“災厄の神”が地上界に広げた厄災――【瘴気】
聖職者たちは、これを『穢れ』と呼んでいた。
「ええ、そうね! 可哀想に…」
「やはり、そうか。…イレーネ、この花の浄化をお願いできるかい?」
「…もちろんですわ! お任せください」
イレーネは力強く答え、すぐさま自身の胸の前で手を組む。
「浄化」
詠唱すると、一拍置き――
淡い光がぽつり、ぽつりと浮かび上がり、植木鉢全体を包み込んだ。
茎も葉も、ゆっくりと空に向かって伸び始める。
そして膨らんだ蕾が、ゆっくりと薄紅色に綻んだ。
「…聖女の力は…本当にすごいな」
完全に元気を取り戻した花を眺めながら、ヴォルクは静かに呟いた。
「ありがとう、イレーネ」
ヴォルグにお礼を言われたが、イレーネは何故か浮かない表情をしていた。
◇ ◇ ◇
その後――
ヴォルグとの昼食を終え、王城の一室に通されたイレーネは、とても不機嫌だった。
「イレーネお姉様、どうかしたの?」
アマリエが、“吞気”に尋ねる。
――ヴォルグと、久しぶりの再会だったはずなのに。
するとイレーネは長椅子から立ち上がり、無言で花が生けられた花瓶を手に取る。
そして――
アマリエに向かって、おもむろに投げつけた。
「っ!」
アマリエは、咄嗟に腕で顔をかばう。
花瓶は大きな破裂音を立てて、派手に割れた。
「“どうかしたの?” ですって…白々しい!」
イレーネは、わなわなと肩を震わせた。
「私が…穢れが見えないと分かってて、ヴォルグ様の前で――わざわざ言うなんて!それに、浄化を遅らせたでしょう!?」
「そんな!ワザとじゃないわ!」
アマリエは鈍く痛む腕を抑えながら、イレーネに訴えかけた。
「私は、ただ、お姉様のために…」
アマリエは、深く俯いた。
「あぁ!そうよね! アンタは本当に優しい子よ!
“道化”を演じてる私を哀れんで、助けてくれるようなできた妹ですもの!
――でもわかってるのよ、あんたの魂胆は…!
本当はそんな私を見ては、心の中であざ笑ってるのを!馬鹿にしてるってこともね!」
アマリエの殊勝な姿を見て、イレーネは無性に腹が立った。
まるで火がついたように、早口で捲し立てる。
「イレーネお姉様!落ち着いて!」
アマリエが、慌てて宥めようとする。
だが一度、癇癪を起こしたイレーネは手がつけられない。
手当たり次第、物を投げつける。
そして――
イレーネは息を切らしながらアマリエに、こう言い放った。
「でもね!そんなことをしても無駄よ!
――この秘密がバレたら…
アンタだって、ただでは済まないんだから!!」
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