12話 追放
「ミハエルさん、無事に回復してよかったわね」
「キュイ」
アマリエはフェイを肩に乗せ、ミハエルの見舞いのためにタルーデの神殿に向かっていた。
数日前に行われた大食い選手権は、決勝戦の最中に起きた事故によって中断を余儀なくされた。
本来なら優勝者に贈られるはずだった高級食材『羽根兎の肉塊一年分』は、決勝進出者十五名に均等配当される形で落ち着いた。
アマリエは約束通り、その分を女将に渡した。
――これでひとまず、すぐに宿を追い出される事態は回避できた。
「お、少年!この前の大会は楽しませてくれてありがとうよ」
「今度、うちの店にも顔出しておくれ!」
通りを歩いていると、街の住民たちが次々と声を掛けてくる。
大会以来、アマリエはいつの間にか『大食いのグルメ評論家』という二つ名が付けられ、本人の意思とは裏腹に街の有名人になっていた。
目立たぬよう、今日も男装しているというのに、かえって注目を集める始末だ。
(ミハエルさんにお見舞いの品、買っていこうと思ったんだけど…)
大通りでの買い物を早々に諦め、アマリエは人通りの少ない裏道へと足を向けた。
――その時。
突然、背後から片肩を強く掴まれた。
「!?」
次の瞬間、身体ごと引き倒されるように建物の壁へと叩きつけられる。
衝撃で被っていたハンチング帽が地面に落ち、銀色の長い髪が肩口から零れ落ちた。
「…っ」
背中に走った痛みに、思わず目を閉じる。
「女!?」
動揺を隠しきれない男の声には、聞き覚えがあった。
アマリエは、顔を顰めながら視線を上げる。
そこには、大会前に突っかかってきた顔半分に模様を刻んだ“大斧使いの男”が立っていた。
「あなたは!」
ミハエルが『カイエン』と呼んでいた男だ。
「…なんの御用ですか?」
不快感を滲ませて問いかけると、カイエンは歯をむき出しにして威嚇する。
「テメェ、余計な真似をしてくれたな!」
「余計な真似…?」
意味が分からず眉をひそめた、その瞬間。
「あの『薬』高かったんだぞ!お前のせいで無駄なったじゃねぇか!」
「……!」
アマリエの脳裏に、嫌な予感が走った。
「あいつは生きてる価値なんかねぇんだよ!馬鹿で、のろまで、どうしょうもないクズなんだよ!いらねぇ存在なんだよ、あいつはよ!なのに、いつも俺よりもバッカスに気に入られやがって!!」
感情を吐き出しながら、カイエンは拳を振り上げる。
「キュイ!」
次の瞬間、肩から振り落とされていたフェイが跳んだ。
アマリエを助けようと、振り上げられた腕に噛み付き、必死に食い止める。
「ーーっ!」
拳は逸れて、壁にめり込んだ。
「…てぇな!」
激高したカイエンはフェイを鷲掴むと、その小さな身体を地面に容赦なく叩きつけた。
フェイが「キュ!」と短く悲鳴を上げる。
「フェイ!!」
地面で微動だにしなくなったフェイを、カイエンは踏み潰そうと片足を高く上げた。
アマリエは咄嗟にフェイに覆い被さる。
だが、踏み下ろされるはずの痛みは――いつまで経っても来なかった。
「……これ以上。俺の前で醜態晒すなよ」
軽い調子なのに、芯のある低い声。
「……バ、バッカス」
カイエンが、上擦った声で名を呼ぶ。
アマリエが目を開けると、
左目に傷を持つ男―バッカスが片手で踏み下ろされる脚を受け止めていた。
バッカスは掴んだ脚を、そのまま片手でグイと押し出す。
すると片足で踏ん張っていたカイエンは、バランスを崩し地面に尻餅をついた。
「やっぱり――あいつが言った通りだったか。ミハエルをやったのは、お前だったんだな」
「ち、違っ」
「――俺はさ、仲間思いだろ? だからさ、今までお前の横柄さにも、俺は、そりゃー寛容な心で目をつぶってやってきた」
バッカスは落胆のため息を吐き切り、すぐさま不敵に笑う。
カイエンの顔が見る見るうちに青くなり、尻を突きながら後ずさりする。
「けどな、今回はやり過ぎだよな?…仲間を殺そうとした奴は、もう俺の仲間じゃねぇ」
「そ、そんな……!」
カイエンは、わなわなと情けない声を上げた。
「カイエン」
名前を呼ばれ、カイエンの肩が跳ねる。
「お前、『陽気な旅団』追放な?」
バッカスは太陽のように明るい笑顔で、そう告げた。
その直後、背負っていた大剣の柄に手を掛ける。
「バッカス、もういいか?」
その時、バッカスの背後から一人の警邏隊が歩み寄って来た。
「…ああ、悪いな。待たせて」
バッカスは振り返ることもなく、大剣の柄から手を離した。
「全く…手を出したらお前も連れて行くところだったぞ」
警邏隊からため息交じりにそう言われて、バッカスは罰が悪そうに頭を掻いた。
すぐに、他の警邏隊たちも駆けつけてきた。
そして座り込んでいたカイエンの両脇を支えるようにして、連行していった。
「フェイ……フェイ……!」
悲痛な叫びに、バッカスは振り返った。
アマリエが、小さな身体を胸に抱きしめていた。
小さな獣は、口から舌をだらんと垂らした状態で、泡交じりの血を流していた。
(これはダメだな)
バッカスは、何の感慨もなくそう思った。
「全体回復」
淡い光の粒子が、フェイの小さな身体を包み込む。
「大丈夫。すぐ…よくなるから…ね」
誰の目から見てもフェイは、瀕死の状態だ。
全体回復は、上級魔法で軽い傷程度なら詠唱を終えた後すぐに傷が塞がる。
しかし今回は、内蔵を深く傷つけたのだろう。
――治る兆しが見えない。
このまま長く上級魔法をかけ続けると、“魔力が枯渇する”事態を招く。
アマリエは、自身の身体の力が徐々に抜けていく感覚に陥り、それを察した。
バッカスもいよいよ危険な状態だと察したようで、アマリエを止めようした。
“ぴくっ”
その時、ふいにフェイの片耳が動いた。
「キュイ……」
アマリエの胸の中で、フェイが微かに鳴く。
「よかっ…た」
安堵と同時に、アマリエの意識は暗転する。
「おっと」
崩れ落ちる身体を、バッカスはしっかりと抱き止めた。
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