11話 大食い選手権 後編
「――じゅ、15番の選手、速い!もう五皿目に突入だー!!」
「食べ方はとても上品なのに、あのスピード…驚異的ですね…」
――予選開始から、三十分が経過していた。
大盛りのポッシュドフライを前に、多くの選手が苦しげな表情を浮かべている。
脂にやられた者、胃を押さえて動きが止まる者、なんとか水で流し込もうとする者――
ステージのあちこちで限界が見え始めていた。
――そんな中、アマリエだけは違った。
頬を緩め、料理を味わうように食べ続けている。
その姿に、観客も、実況席の評論家も、言葉を失っていた。
「お、お味はいかがですか?」
司会者が思わず、競技と関係ない質問を投げかける。
「――揚げ加減が絶妙ですね。表面はカリッと仕上がっているのに、ポッシュド本来のホクホクした食感は損なわれていません。しかも、油が重すぎないのでどんどん食べられる。素朴さが売りの屋台料理ですが――これは一級料理店に出しても恥ずかしくない。まさに一級品です」
アマリエは、美しい所作でフォークを運びながら、淀みなく語った。
まるで名のある美食家のような評価に、会場がざわめく。
ポッシュドフライを提供した店主は、腕を組んだまま静かに頷いた。
捲り上げた袖から覗く火傷の跡は、四十五年ものあいだ油の前に立ち続けた男の証だ。
――それは努力の証であり、勲章だ。
「…彼は、よくわかってる」
短く呟いたその声は、確かな満足が滲んでいた。
『その評価が、今後の店の評判に影響を与える。
――かもしれない』
こうして予選は、だれも予想していなかった結果で幕を閉じた。
15番――アマリエの圧倒的な勝利である。
◇ ◇ ◇
「ミハエル、すごいじゃないか!」
燃えるような赤い短髪の青年が、ミハエルに声をかけた。
青い左目に走る大きな縦傷が目を引くが、浮かべる笑顔は――実に人懐こい。
「あ、バッカス」
「予選二位で通過だろ?」
「う、うん」
褒められて、ミハエルは照れたように俯いた。
「で、カイエンは惜しかったな!」
「………」
声をかけられた大斧の男は、答えずにそっぽを向くと、そのまま人混みの中へ消えていった。
◇ ◇ ◇
「それでは決勝戦を行います!――注目選手は、予選一位だった15番の選手!! その細い見た目に騙されることなかれ!その胃袋は、まさに――ブラックホール!!」
『わぁー!』と会場が、一斉に沸き立つ。
「……あはは…」
思いかけず注目を浴び、アマリエは苦笑いを浮かべた。
目の前にドン、と音を立てて置かれたのは――カバルの串焼きだった。
「それでは――始め!!」
合図とともに銅鑼が鳴り響く。
選手は、一斉に串にかぶりついた。
筋の多い獣肉を豪快に噛み千切り、次々と皿を空にしていく。
一方、アマリエは肉塊を一本ずつ串から外し、皿に移してからフォークで口に運んでいた。
嚙む回数は多いが、ペースは落とさない。
――序盤から、会場の熱気は最高潮に達していた。
だが、中盤に差し掛かった――その時だった。
「……う……」
一人の選手が呻くような声を漏らし、喉を抑えて椅子から崩れ落ちた。
悲鳴が上がり、会場が一気にざわめく。
選手たちは手を止め、倒れた男に視線を向けた。
「だ、大丈夫ですか?」
司会者が、青い顔で駆け寄る。
「どうしたんだろうな…」
「喉に詰まらせたんじゃないか?」
そう囁く声があがる中、アマリエは席を立った。
「!!」
倒れていたのは、先ほど会ったばかりの小太りの青年―ミハエルだった。
口元には泡が浮かび、唇は紫色に変色している。
口をわずかに開かせるが、うまく呼吸できていない。
――そして、身体は小刻みに痙攣していた。
アマリエは膝を突き、彼の胸元に手を伸ばす。
瞬時に、脈と呼吸を確かめ、表情を引き締めた。
「これは…神経毒かもしれないわ」
――即効性の毒なら猶予はない。
「医療班を呼べ!!」
司会者が舞台袖で呆然と立ち尽く係員に向かって、厳しい口調で叫んだ。
アマリエは迷わず、ミハエルの胸に掌をかざした。
(緩毒)
淡い光が溢れ、ミハエルの身体を包み込む。
――すると、痙攣は徐々に収まり、呼吸が落ち着いてきた。
その様子に、駆けつけた医療班が目を丸くした。
「――応急処置です。毒は消せていません。濃度を薄め、毒が回る速度を遅めただけ。すぐに分析して、解毒を!」
「わ、分かりました!」
アマリエの指示で、医療班は慌ててミハエルを担架に乗せて、神殿へと運び出していった。
「……ちっ、余計なことを」
観客席の一角、男は苛立ちを隠そうともせず舌打ちをする。
次の瞬間には、乱暴に身を翻し――人波を割るようにして会場を後にした。
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