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10話 大食い選手権 前編


「――もう一度聞くよ? 君さ、本当に、これに参加する気なの?」


 受付の男は、目の前に立つ少年にビラを見せながら再度尋ねた。


 ハンチング帽を目深く被り、顔上半分が見えないことを除けば少年は至って普通の庶民だ。

 年格好から、かろうじて15歳ほどに見える。

 労働者として力仕事に就いていてもおかしくない年齢だが、同世代の子に比べると少年の身体つきはとても貧相だった。


(…一人前も、食えなさそうだが…)


 受付の男は『冷やかしか?』と、少年を胡乱(うろん)げな目で見つめた。


「はい!参加します!」


 だが少年は、清々しいほどの元気で――やや高めな声で答えた。


「…ああ、そう。まぁ、頑張って」


 なんだか毒気を抜かれてしまった受付の男は、ひと声かけて、ゼッケンを差し出す。

 少年は、少し前屈みになりながら受け取った。

 すると――

 ハンチング帽の隙間から、銀色の髪が一房滑り落ちた。


「わっ、と!…で、では!」


 少年は慌てて帽子の中にそれを押し込み、そそくさと会場内に入っていった。




「…焦ったわ」


 アマリエは、バクバクする胸を抑えながら、落ち着かせるよう深呼吸をした。


 大食い選手権に出ると、宿屋の女将と約束をしたものの――アマリエは目立つ行動は極力避けていた。


 恐らく女性の参加者はいないだろう、と宿屋の常連客が言っていた。

 さらにアマリエの銀髪は、この国では珍しいので、より一層目立つことになる。

 

 ――その結果、思いついたのが少年に扮することだった。

 

 胸元に布を巻いて少し苦しいが、今日の胃の調子はすこぶる良い。最高のコンディションである。


(しばらくここに滞在することになりそうだし、この変装でいたほうが無難かもね。……それにしても――)


 アマリエは、周りを見渡した。


 ――選手は皆、とてもガタイのいい大男ばかりだ。


(……腕相撲大会の会場、じゃないわよね?)


 アマリエは周囲の迫力に気圧されながら、特設ステージの上に掲げられた看板を見上げた。

 看板には、確かに『大食い選手権大会』と書かれている。


「今日の大会のために、前日の飯を抜いてきたんだぜ」


「俺も昨夜の晩酌はやめて、朝は水しか飲んでねぇ」


(ええ!?私、朝からガッツリと食べてきちゃったわ…)


 参加者たちの並々ならぬ気合いの入れように、アマリエはすぐ弱腰になる。


「――おい、そこの“ひょろっこい”の」


 背後から、低い濁声(だくせい)が聞こえてきて、アマリエは立ち止ったまま振り返った。

 

 目の前に、大斧を背負っ大男が立っている。

 顔の右半分に厳つい模様が彫られており、鋭い三角眼で、アマリエをギロリと見下ろしていた。


「邪魔だ」


「ご、ごめんなさい」


 アマリエは、慌てて道を開けた。

 大斧の男は「ふん」と鼻を鳴らすと、ずんずんと幅を利かせながら去っていった。


「“連れ”がごめんね」


 小太りの青年が、アマリエに申し訳なさそうに声をかけてきた。

 たぷたぷの太鼓っ腹が、まず目に入る。

 茶色の短髪に、丸い顔。

 ぷっくりとした頬肉に圧迫された目は、糸のように細く、憎めないマスコット的な愛嬌があった。


「いえ! わ…ぼ、僕が、ぼーっと突っ立てたから悪いんです…」


「ううん。カイエンはいつもそうなんだ」


 小太りの青年は、困り顔でそう言った。


「おい、ミハエル!」


「あっ、すぐ行くよ! じゃあね」


 小太りの青年―ミハエルは、それだけ言い残すと、

人の垣根を豊満なお腹で押し退けながら去っていった。






「はーい、選手の皆さん!これから予選を始めますよ。えっと、1番から15番の方はステージに上がって下さーい」


 アマリエは、自分のゼッケンを見る。


 ――15番。


 ステージに上がったアマリエは、観客の多さに圧倒されながら、係員に指示されたテーブル席に座った。


「なんだ、あのひょろひょろのガキちょは…?」


「あんなガリガリで出るって、本気かよ」


「おい! ここは、タダ飯を貰う場所じゃねぇぞ! 勘違いしてるなら出ていけー!」


 貧困層の子供が紛れ込んだと思った観客から、野次が飛んできた。


「そうだ! とっとと、失せやがれ!」


 観客の心のない言葉に、アマリエは思わず下を向いてキュッと唇をかみしめた。


 ――その時。

 

「なにも気にするこったねぇぞ!」


「そうさ! いつも通りで行きな!」


 耳馴染みのある声に、アマリエは顔を上げた。


(――店主さん! 女将さん!)


 二人は、アマリエに向かって手を振っていた。

 その後ろには、横一列に並ぶ――腕っぷしの強そうな常連客たちの姿もあった。


「あの子を、馬鹿にしてると痛い目に合うぜ」


 頭一つ抜きんでいる強面の店主を筆頭に、常連客が威嚇するように周囲を見回す。

 すると野次を飛ばした観客が、皆一様に黙りこんだ。


(――そうね、いつも通りにすればいいわ!……皆ありがとう)


 心強い味方たちに背中を押されて、アマリエは笑顔になる。



 そんな会場の様子を、特別席で見ていた現タルーデ街長は、係員に向かってクイッと顎をしゃくった。


「か、観客の皆さん! 品のない野次は絶対にやめてください!」


 街長の無言の圧力に、係員は冷や汗を拭いながら慌てて注意喚起した。

 

 そして――

 会場がやっと落ち着くと、ステージに熱々の山盛りポッシュドフライが運ばれてきた。


「――準備はいいですか。それでは予選スタートです!」


 係員の掛け声とともに、

 カーン、と銅鑼(どら)が高々と鳴り響いた。


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