7話 王子の思案
「この度のイオロス遠征部隊の被害状況についてですが…――」
副団長の淡々とした報告は続いているが、
ヴォルグはその内容を上の空で聞いていた。
(アマリエ=ヴィヴィオルドの一件が故意によるものだとしたら…イレーネはどうして実の妹を…)
イレーネに随従していた騎士たちに話を聞いてみたところ皆一様に、『足場が崩れて彼女は谷底に落ちた』と一語一句違えずに証言した。
だが地盤が脆い場所で使うには――
地の魔法『地割れ』は明らかに不適切だ。
そこを追求しようと考えたが、裏があるなら不用意に触れるのは得策ではない判断し、ヴォルグは深追いを避けた。
当のイレーネ本人は『自分のせいで妹が死んだ』という強い精神的ショックを受け、現在は床に伏せっている。
王都へ向かうまで、アマリエの代理として仕えさせている女神官の報告によれば、『食事も取らず、水しか口にしていない状態だ』という。
――ヴィヴィオルド姉妹は、仲が良い。
それは大神殿内でもよく知られた話だという。
聖女としての大役を担うイレーネを、妹のアマリエは常に側で支え、イレーネもまた彼女に絶対的な信頼を寄せていたと聞く。
(…皆の証言は、僕の疑念を打ち消す材料ばかりだ)
「団長…」
(……だが、釈然としない)
「ヴォルグ団長!」
業を煮やした副団長の声に、ヴォルグはようやく我に返った。
「もしや、ご気分が優れないのですか?」
「…いや、すまない」
「ご無理はなさらずに。…婚約者のイレーネ様があの状態では無理からぬことですから…」
副団長の気遣いの言葉に、ヴォルグは複雑な気持ちになった。
「…ああ。それで、門扉の確認は取れたのかい?」
「いえ。…それに関する報告は、現時点であがっておりません」
「…そうか。では、引き続き、発生源の調査をよろしく頼む」
「はっ!」
副団長が退出すると、室内は静けさを取り戻した。
アンデッドの大群は撤退したが、発生源が絶たれたわけではない。
そのため、ヴォルグが率いる『紅炎の魔道士団』は、王都への帰還を先延ばしにし、北の大都市【パルロト】の駐屯地に留まっていた。
◇ ◇ ◇
報告書に目を通していると、“ジジジッ”という不自然な雑音が走る。
ヴォルグは首元につけた楕円形のブローチ――通信魔道具に触れた。
『ー…あ…あ、聞こえますか?』
「エマ、久しぶりだね」
『はい!久しぶりです、ヴォルグ様』
「君から連絡とは珍しいね。どうかしたのかい?」
『……実は、ユーバトの石板に測定不可が起きまして…』
「測定不可か…」
一瞬、“ある考え”が頭をよぎる。
「…どんな?」
『現在は通常通り機能しているのですが。
…ただ、ある人の鑑定に限って…測定不可が立て続けに発生しまして』
「なるほど」
ヴォルグは椅子に深く背を預け、天井を見上げながら思案する。
――エマは、魔道院時代の学友だった。
同じ師のもとで、研究に携わった旧知の仲である。
極めて優秀な研究者だったが、師との折り合いが悪く、今は地方で鑑定士を務めながら、古代魔法の研究を続けている。
ユーバトの石板――その改造と測定機構の開発は、エマとヴォルグは共同研究だった。とはいえ、実質的な功績の大半は、エマのものだ。
だが石板の所有権は師にあり、その成果もすべてを師の名の下に収められた。
師自身、石板を扱いきれないことは自覚しており、現在はエマの管理に委ねている状態だ。
――いずれ立場は逆転する、想像に難くない。
「…その『ある人物』というのは?」
『お名前は、マリエさん。光属性に適正を持った治癒士で…ユーバトの石板が使えなかったため、古典な鑑定法に切り替えたところ…上級治癒魔法を無詠唱で行使できました』
「そう」
『正直、冒険者ギルドに留めておくのは惜しい人材だと思います。神殿から声が掛かっても不思議ではありませんし』
「…そうだね」
ヴォルグは静かに頷いた。
神殿内でも、上級治癒魔法を扱える者は少ない。
まして無詠唱となれば、指で数えるほどだ。
神殿の上層部が、喉から手が出るほど欲しい逸材だろう。
不定期で、危険な依頼しか舞い込まない冒険者よりも神官になった方が――本人にも良いはずだ。
(大神官が喜ぶ話だ。最近…神官達の“力の質”が落ちていると聞くし)
王族と神殿は、切っても切れない関係にある。
イレーネとの婚約も、神殿上層部の意向を汲んだ結果だ。
(これも…機嫌取りに使える)
清廉潔白な父王は神殿に媚を売るようなやり方を毛嫌いしているが、ヴォルクは違う。
変に軋轢を生むより――うまく共存していくことが国の為になるなら、自分が下手に出るくらいなんてこともない。
(それに…)
今回の魔物の発生について、その存在が何か関係しているかもしれない。
ユーバトの石板の異変、発生した時期も、場所も――あまりに近い。
両者が偶然と切り捨てるには、どうにも引っ掛かりが残る。
この手の話に関しては、討伐隊のなかで判断を任せる立場にあるのは、他ならぬヴォルグ自身だった。
「今ちょうど近くに来ていてね。…近々そっちに行くよ」
『…ホントですか?』
エマは驚いたように聞き返した。
――ヴォルグの思惑など知る由もない。
『では、お待ちしてます』
ヴォルグは、静かに頷く。
そして通信を切ると、椅子から立ち上がった。
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