6話 それぞれの責務
ネクタリウスは、フードを少し押し上げ、高台から荒れた大地を静かに見下ろしていた。
――見える限り、草木は一つも生えていない。
乾いた土と岩が転がり、焼け焦げた匂いだけが微かに残っていた。
ここは数日前、
突如現れたアンデッドの大群とロバルンレット王国の討伐隊が戦った場所だ。
今はアンデッドの姿はなく、討伐隊も引き上げた後である。
「ネクタリウス様」
ラウルは、後ろからネクタリウスに声を掛けた。
「イオロスの村人の話によると、あそこに見える北の森に暮らす猟師から、アンデッドの大群が村に向かっている、と連絡を受けたそうです」
ラウルは、辛うじて戦いから免れたイオロスの村外れにある森へ目を向けた。
「アンデッドの大群が撤退した理由はわかったのか?」
「…いえ。王国の討伐隊から話を聞けたらよかったのですが…」
ネクタリウス達がイオロスの村に着いた時には、すでに討伐隊は引き上げた後だった。
「…申し訳ありません」
「お前のせいではない。その件に関してはジークに任せることにしよう。とりあえず、私たちはその森の猟師に会うとするか」
「はい」
ネクタリウスとラウルは高台の斜面を降りて、荒れ地を歩き始めた。
「…この一件は、本当に魔剣と何か関係があるのでしょうか…」
ラウルが何気なく言った言葉に、前を歩いていたネクタリウスの歩調が僅かに乱れた。
「…今の現状では、決め手がない」
ネクタリウスは少し間を置いてから、静かに答えた。
ネクタリウスは【魔剣】を探している。
それは災厄をもたらす代物であり、ネクタリウスの管理下に置かれていたが、ある日忽然と消えてしまった。
もしも【魔剣】が世に放たれたなら、これから起こりうる“災い”はすべてネクタリウスの責任だ。
「そ、そうですよね」
ラウルは、己の口の軽さを呪った。
ネクタリウスの前で、この話は控えるべきだった。
「も、もしかしたら門扉が出現しただけかもしれませんし」
ラウルは、慌てて取り繕った。
【門扉】とは、魔物が住む異空間と繋がっている特異点のことだ。
――それは場所を選ばず、突発的に出現する。
事前に特定することは、今のところ不可能だ。
そのため、ロバルンレット王国では主要都市に駐在所を配置し、門扉が出現すれば直ちに魔物討伐隊を派遣できるように対策を取っていた。
「そういえば、瘴気が濃い場所―“穢れの地”では門扉の出現率が高いといわれていますよね」
「そうだな。門扉は瘴気を好む。とくに戦や災厄で荒れた土地は穢れが溜まりやすい。そういう場所ほど、門扉は開きやすいと言われている」
「な、なるほど…」
それから、しばらく重い空気が流れた。
二人は、無言で何もない荒れ地を進んでいく。
「……そう言えば、商隊から聞いたのですが、第一王子が率いる『紅炎の魔道士団』に加えて―今回は、聖女も派遣されたそうですよ。それほど穢れが深刻だと判断されたからでしょうか。
『今回の討伐はそれほど大規模なものだった』と商隊の間では話題になっていました」
ラウルはこの重い空気を払拭するように、ネクタリウスに説明した。
「…そうか」
ネクタリウスは、頷いた。
「聖女だけが穢れを浄化できるんですよね?」
「そうだ。聖女だけが主神の力を扱える」
「なぜ主神は聖女のみに浄化の力を与えるのでしょうか? この世界は穢れに満ちているのに…」
ラウルは、ずっと疑問に思っていたことをネクタリウスに尋ねた。
もしも多くの人間が神力を持っていれば、世界中の穢れはすぐに浄化できる。
しかし現状では【聖女】と呼ばれる稀有な存在しか、それは出来ない。
――その仕組みは、非効率的だと思う。
「確かにな。…だがな、実は、我々にも神力を宿せる『器』はあるのだぞ」
「え!本当ですか!?」
ネクタリウスの言葉に、ラウルは驚いて声を上げた。
「ああ…性別種族関係なく、誰もが神力を備えられる神器は持って生まれている。
だが、大抵の者は神器は覚醒せずに老いて死ぬのだ」
「…何故ですか?」
「それは…私にも分からない」
「そうですか…」
ラウルは、肩を落とした。
「ただ…聖女になる者は強靭な精神を持たなければ務まらないだろうな。自分の行動一つで世界の命運を左右することになるのだ。とても重い責務を背負わなければならない」
安易に聖女のような力が欲しいと思ったらラウルだったが、同じように『重い責務』を背負うネクタリウスの言葉に――考えを改めるのだった。
応援よろしくお願いします!!
気に入って頂けたらブックマーク、☆で作品を評価してくださると執筆の励みになります。




