1話 聖女の裏の顔
「聖女様、お疲れ様でございます。実に見事な祝詞でございました」
「…ありがとうございます」
大神官の賛辞に、聖女は薄いベールを捲り上げると控えめに微笑んだ。
緩く波立った金髪と、
やや伏せがちな紫水晶の瞳。
――儚げな雰囲気が漂う、美しい少女である。
聖女の素顔を見た途端、大神官の鼻の下がだらしなく伸びた。
しばらく熱意のこもった労いの言葉が続いた。
嫌な顔一つもせず、聖女は静かに聞き手に徹する。
するとそこへ、一人の女神官が間に入った。
「聖女様、そろそろお時間です」
「わかりました」
女神官に促されて、名残惜しそうにしている大神官を一人残し、聖女は大広間を後にした。
◇ ◇ ◇
「ったく、やってられないわ!!あの、うすら禿げじじい…!」
部屋の扉が閉まった瞬間、聖女は声を上げた。
頭のベールを勢いよく脱ぎ取り、床に叩きつける。
――その表情には、先程までの儚げさは微塵の欠片もない。
「イレーネお姉様! “聖女の法衣”をそんな粗末に扱っては駄目よ!」
女神官アマリエ=ヴィヴィオルドは、慌ててベールを拾い上げると洋服掛けに吊した。
アマリエはイレーネの実妹で、彼女付きの補佐神官であり、世話係でもある。
「それになんなの?…このダサい服…カビ臭いし…ホント最悪だわ!」
アマリエの言ったことを完全無視して、イレーネは衣装を脱ぎ捨てる。
そして、わざわざ踏みつけてから、長椅子に腰を下ろした。
「私の、出るところはあって引き締まった美しいボディラインが、野暮ったい布で完全に隠れてしまうし。
今度のお披露目には、いっそのこと夜会用のドレスを着ていこうかしら」
イレーネは真剣な顔で呟いた。
「イレーネお姉様。…これは天蚕と呼ばれる神界に住む蚕の糸で織られた衣装で、とても希少価値があるものなのよ」
アマリエは、拾い上げた衣装の埃を軽く払いながら、深くため息をついた。
「それに夜会のドレスって、イレーネお姉様ったら正気…?」
つい、思ったことが口をついた。
胸元と背中の、がっつり開いたドレスを着た聖女が、民衆の前に出るのは控えるべきだ。
そもそも露出を最小限まで抑えた衣装なのは、聖職者の“純潔さ”を強調するためだ。
――聖女といえば、神殿の顔。
そんな存在が、俗世に染まりきった服装をするのは好ましくない。
もし仮に――魔物討伐に赴く場合、騎士たちの士気は上がるかもしれないが、万が一にも怪我をしたらただでは済まない。
【聖女の法衣】は、古い代物でデザインはとてもシンプルではあるが、天蚕の糸で織られた布は羽毛のような軽さに関わらず、防御性が高い。
デザインの古さを除けば、文句なしの利便性の富んだ代物なのである。
「…あんた、私を馬鹿にしてるの?」
より一層低い声に、アマリエは顔を硬直させる。
「ま、まさか!私がイレーネお姉様を馬鹿にするなんて、ないわ!だって…私の自慢の姉だもの!」
そう言ったものの、イレーネの表情はさらに険しくなる。
アマリエが内心あたふたしていると、扉が叩かれた。
入室を促すと、水桶を持った女神官が部屋へ入る。
そして、イレーネの足元に水桶を静かに置いた。
「聖女様、おみ足を」
「…ええ、ありがとう」
イレーネは、アマリエに見せた醜悪そうな顔から――しおらしい聖女の顔へ、瞬時に切り替えた。
その速さに、アマリエは感心する。
(イレーネお姉様…まさに、演者ね)
イレーネは実妹であるアマリエ以外には、健気で、儚げな聖女を演じている。
丁寧に足を洗われて、自分好みのドレスに着替えたイレーネはすぐ上機嫌になった。
これから、祝杯と祭典の労いを兼ねた夜会へ出席するため、聖都に隣接する王都エルカトホークへ向かう。
その前に、王太子と昼食を取る予定が入っていた。
「アマリエ。今日は特別に、一緒の席につくことを許可するわ」
「…はい」
アマリエは、不承不承ながら返事をした。
――イレーネの魂胆など、分かりきっている。
王太子との仲睦まじい姿を見せつけて、羨ましがらせたいのだ。
イレーネはそういう性格の悪い――
いや、正直に言ってしまえば、性根がひん曲がっている。
――だが自分には拒否権が、ない。
アマリエは大人しく、イレーネと馬車に乗り込んだ。
応援よろしくお願いします!!
気に入って頂けたらブックマーク、☆で作品を評価してくださると執筆の励みになります。




