7話 神々の語り手
「食べすぎたわ…」
アマリエは一階の食堂から部屋に戻るなり、ベッドに大の字で倒れ込んだ。
泥鴨の雑炊を、気づけば――五杯も平らげてしまい、胃が張り裂けそうなほど苦しい。
「うっ…少し、外の空気吸おう」
気持ち悪さに、顔を顰めながらアマリエは窓を開けた。
『…わるい、わるい神様は、
地上界に降り立って災厄をばら撒き始めたのさ』
どこか芝居がかったよく通る声が耳に入り、アマリエは窓の下へ視線を落とした。
向かいの建物の壁にもたれかかるように、継ぎ接ぎのロングコートに深紅のマフラーを巻いた奇抜な格好の男が座っていた。
その周りには、興味津々の様子で子供たちが集まっていた。
「“さいやく”って、なに?」
一人の子供が首を傾げた。
「んー、そうだね。君たちが一番怖いと思うものは何だい?」
男は、大袈裟に首を傾けて問い返すと、
「おばけ!」
「悪魔!」
「魔女!!」
「ちがうよ、母ちゃんだよ!」
最後の言葉に、周囲の大人たちまで、どっと笑い声をあげた。
「こほん」
男はわざとらしく、咳払いをし、
「…まぁ、母ちゃんも怖いけどね。
災厄というのは、流行り病とか天変地異とか、世界が滅びてしまうような…とてもよくないことなんだよ」
どうやら吟遊詩人らしい男は、“災厄の神”の物語を語っているようだった。
「心を痛めた『よい神様』は『わるい神様』を懲らしめるため、たくさんの神々を地上界に送った。
――それが『神々の戦い』さ。
雷火が雨のように降り、大地は赤々と焼け、海は荒れ狂い、大波がすべてをさらっていった…」
男の手振り身振りに合わせて、子供たちは息を吞んで――物語の中へ引き込まれていく。
「『わるい神様』は抗ったけれど、ついに捕らえられてしまった。
そして冥界と地上界の狭間にある『煉獄』に連れて行かれたんだ。
――そこは灼熱の岩蔣が川のように流れる、恐ろしい場所なんだよ」
子供達が固唾を飲むが、アマリエの場所からでも分かる。
「『わるい神様』は煉獄の牢に閉じ込められた。
君たちのように友達と遊ぶことも、好きなものを食べることもできず、眠ることも許されない。
…今でも、身を焼かれる苦痛に耐え続けているんだってさ」
――男が、パンッ!と手を鳴らす。
「はい! おしまい」
子供たちは夢から覚めたように瞬きをし、拍手を送った。
そして、地面に置かれていた帽子へと、硬貨を投げ入れていく。
「…『煉獄の炎は、悪しき魂を浄化するためであり、苦痛のみを与えるものではない』」
アマリエは神殿で教えられた聖句の一節を、窓辺で静かに読み上げた。
神殿では、罪を犯した者でも“一縷の救い”はあると教えられている。
子供向けの昔話では恐ろしく誇張されるのだが、本来の意味は『戒めと導き』のためのものだ。
――災厄の神は大罪を犯した。
本来なら魂の救済すら許されず、地獄に落とされてもおかしくなかった。
だが――主神は大罪を犯した“我が子”に対して、僅かでも『情』を持っていたのだろう。
だからこそ、『完全な地獄ではなく、煉獄に送った』のだと、アマリエは思った。
(……イレーネお姉様は、私に『情』なんて、あったのかしら)
自分が落ちていくのを、高笑いしながら見下ろしていた――姉の顔が脳裏をよぎった。
胸の奥に、黒く、重たい感情が生まれ、アマリエは小さく頭を振って振り払った。
(…ん?)
視線を感じて再び窓の下を見ると、
語り終わった男と目が合った。
その黒い瞳は、底なしの深淵のようで――心の奥を覗かれたような錯覚がした。
アマリエは、居心地の悪さをごまかすように、
小さな硬貨を取り出すと、軽く弧を描くように投げた。
男は帽子を外し、その硬貨を吸い込むように受け止めた。
「ありがとうございます」
男は、貴族のような優雅さで、胸に手を添え、仰々しいほど深い礼をした。
そして、ひらりと身を翻すと、人混みの中へすっと消えていく。
「……ちゃっかりしてるわね」
アマリエは、思わず苦笑する。
“外野”から、聞いただけの自分からも――
『代価を取っていく』
その強かさに――半ば呆れつつ、感心もした。
そして、
男が完全に姿を消した瞬間――
「ふ…所詮は、あれが選んだ人間だな」
風にかき消されるほどの声で、誰とも知れない声が呟いた。
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