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6話 優しい味


 “コン、コン”


 控えめなノックの音が、アマリエの意識を揺り起こした。

 半ば夢うつつのまま、アマリエは勢いよく、ベッドから跳ね起きる。

 

 ぼんやりした視界で、狭い室内を見回すと――

ここが“タルーデの街の宿屋”だと、ようやく思い出した。


 すると昨日の出来事が――次々と脳裏に蘇った。


 イオロスの村で、実の姉に殺されかけたこと。

 そこを、主神の遣いである神獣に救われて、『世界の危機』を告げられたこと。

 さらに街に着くなり、酔っ払いに絡まれ、謎の男ネクタリウスに助けられたこと。


 一日に起こったとは思えない出来事の連続で、頭が追いつかないのも当然だった。


(…全部、悪い夢だったら…よかったのに…)


「――お客さん!」


 ドア越しに呼ぶ声がして、アマリエはハッとした。

 

 ――そうだ、ノックで起こされたのだった。


 髪や服を整える間もなく、アマリエは慌ててベッドから降り、ドアをわずかに開ける。

 隙間から覗くと、そこには腕っ節の強そうな厳つい店主が立っていた。


「…あの…何か?」


 迫力のある顔に思わず、アマリエはやや身構えながら、おずおずと尋ねると――

 店主の表情がふっと崩れ、目が弓なりに下がった。


「あぁ!よかった!」


「?」


 予想外の反応に、アマリエは首を傾げる。


「いやね、お客さんが朝食も食べず1日中部屋にこもりっきりだったもんですから…その、心配になりましてね」


 店主は、つるりとした頭を搔きながら、バツが悪そうに言う。

 アマリエは意味が分からず、店主の背後にある窓に目を向けた。

 

 ――空は、なんと夕焼け色に染まっていた。


「へ?も、もう、夕方!?」


「へぃ、そうです…それで夕食はどうしま…」


 “きゅるるるる~~” 


 店主の言葉を遮ったのは、アマリエのお腹だった。


「…た…食べます」


 羞恥と空腹に負け、アマリエは小さく答えるしかなかった。



   ◇ ◇ ◇



「はいよ!朝から何も食べてなかっただろ。消化にいい泥鴨(どろかも)の雑炊を作ったみたよ」


 恰幅のいい女将は朗らかな声と共に、ドン!と土鍋をテーブルの上に置いた。


「ありがとうございます」


 アマリエは小さく頭を下げて、木の器に雑炊をよそった。


「ふぅ、ふぅ」


 立ち上る湯気に息を吹きかけて、一口すする。

 黄金のスープに泥鴨の濃厚な肉汁が溶け込み、やさしい甘みがじわっと口の中に広がった。


「! 美味しいです!」


「そうかい! そりゃあ、よかった!!」


 アマリエがホクホク顔で言うと、女将はカラッと明るく笑った。


「泥鴨なのに、泥臭さや苦味が全然しませんね」


 【泥鴨(どろかも)】はその名の通り、多くの沼地に生息している。

 市民でも簡単に手に入れられるお財布にもやさしい鶏肉だが、泥臭さや肉の硬さからあまり好まれるような食材ではない。

 神殿でも『安い』という理由からよく出されていたが、味は正直…褒められたものではなかった。

 

 ところが、この雑炊にはクセがまったく無かった。

 出汁(だし)は胃にやさしく、肉はホロホロとほぐれ、長粒の米は一粒ずつ形を残したまま、サラサラと喉に通る。

 

「…ああ、エクの葉と一緒に煮ているからね」


「エクの葉?…食用ではないですよね?」


 【エクの葉】は、地方によって皿代わりや食材を包んで蒸し焼きにする時に使われている。

 だが、一般的に食用として食べられるものではない。


「ああ。でも、えぐみを取るのには丁度いいのさ」


 女将は、アマリエにざっくりと調理法を教える。


「おーい!くっちゃべってないでそろそろ仕事してくれよ」


 店主が、厨房から顔を出して呼ぶ。


「はいはい――じゃあ、またね」


 女将は、笑いながら戻っていった。


 アマリエは、再び雑炊にスプーンを落とし、ゆっくりと味わう。

 すると、別席から客たちが――ひそひそと話す声が耳に入った。


「…でさ、砂嵐が発生して、ガウロ砂漠は、今通れねぇんだと」


「それじゃ、“オアシス”に行けねぇってことか…?」


(ガウロ砂漠…)


 アマリエは、心の中で呟く。


 【ガウロ砂漠】には、『オアシス』と呼ばれる大きな賭博場がある。

 一攫千金を夢見る客が集まり、劇場や娯楽施設も豊富な賑やかな街だ。


「お前ってやつは、まだ懲りてねぇのか? 賭け事はやめとけって」


「で、でもよ!」


「真面目に働くのが一番だって…」


「そうさ。ああいうのは――金持ちの“道楽”なんだよ」


 いつの間にか、話に加わっていた女将を、

 店主は「またか…」と呆れたように見遣る。

 

 そんな店主と目が合い――アマリエは思わず苦笑した。


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